第十二話 夜戦
二日目。
再び目が覚めたのは、夜明け前のこと。
枕もとの時計に視線を移すと、午前4時。
まだ早い時間だとは思いつつも夜間の戦闘がどんなものかを確認したい事もあり、さっそく二日目となるSWOにログインする。
ゲームの世界に降り立つと、シェルンの街は思ったより活気づいていた。
未だ夜間帯だが、広場や主な通りにはかがり火が焚かれ明るく照らされている。
プレイヤーも昼間に比べれば少数だが存在しているし、露店も幾つかは営業しているようだ。
西門から外に出ると、明かりが無いためか広場よりは薄暗い。
しかし、リアルほど闇が深くもなかった。
不思議に思い空を仰ぐ。
星影がかすむほどの鮮やかな満月。
夜空に散りばめられた星たちも現実世界に比べれば明らかに数が多い。
これなら夜間の戦闘も不可能ではないだろう。
「……」
辺りは静寂に包まれている。
(この時間帯ではまだ馬車は動き出していないか……)
夜が明けるまであの手段は使えないらしい。
まあ、予想していたことなので落胆はないが……
「召喚」
頭を切り替えて、召喚を開始する。
そして、顕現した召喚兵士を付き従えて、ヘルンの森へと向かった。
いつもの道のりを十分ほど歩くと、入り口付近に人影を発見する。
(……数は……二人か)
相手側はまだ此方に気付いていない様子だ。
「――殲滅しろ」
同時に、召喚兵士が黒い影となって盗賊に詰め寄る。
接近する敵の気配を察したのか。盗賊が驚愕の表情で振り向いた。
「な、敵襲だ!」
「う、ああぁぁ!」
夜の森に響き渡る悲鳴と斬撃。
「……」
俺は戦闘を遠くから観察していた。
参戦しないのは夜間帯であることで同士討ちを嫌ったこともあるが、それよりも夜間の戦闘というものを知りたかったことの方が大きい。
戦闘は終始、優勢に進んだ。
奇襲が成功したこともあるが、それ以上に武器のリーチ差が影響している。
盗賊の武器はタガー。
森の中での戦闘なら、振り回しやすく最適と言っていい武器だ。
しかし、今回は開けている森の入り口での戦闘。
攻撃力とリーチが活かせるサーベルの方が優位な状況だった。
戦闘は佳境へと移り変わる。
胴を召喚兵士が斬りつけたことで、盗賊のHPが半分を割り込んだ。
敵の頭上で赤く光るHP
そこで勝てないことを悟り、せめて一矢報いようと思ったのだろうか。
盗賊のがむしゃらに振り回した一撃。
奇跡的に盾とサーベルの隙間を縫って入ったその一撃は、八割はあった召喚兵士のHPを半分近く削りとる。
「――なッ!」
信じられない光景に思わず目を見張る。
昼間の戦闘では、例えクリティカルヒットを受けてもこれほどのダメージは入らなかった。
(……夜間の戦闘は敵味方問わずにダメージが増加するのだろうか?)
結局、敵のラッキーヒットはそれだけで戦闘は終了した。
『Passive Skill【夜目】を獲得しました』
『Passive Skill【夜襲】を獲得しました』
レベル:25
種族:ハーフ(人族×ドワーフ)
HP(体力):396
MP(魔力):10
STR(筋力):62(+4)
END(耐久):71(+1)
DEX(器用):62(+8)
MND(精神):50
INT(知力):51
Skill
Specific Skill(固有スキル)
種族適性(歩兵系統、銃兵系統)
個人適性(騎兵系統)
Passive Skill
【一刀両断Lv,1】
【縦陣Lv,1】
【奇襲Lv,3】
【挟撃Lv,3】
【夜目LV,1】
夜間帯でも敵を発見しやすくなる。
【夜襲Lv,1】
夜間帯での奇襲時にダメージ量が増加。
【夜目】に関してはスキルの説明文の通り、心なしか先ほどより視界が明瞭になった感じがする。
夜間帯の戦闘を繰り返していれば、【夜襲】同様に【夜目】のスキルもレベルアップして、そのうち昼間のような戦闘が可能となるかも知れない。
ふと東の空を見ると、朝日が顔を出し始めている。
一旦シェルンの街に帰還し、夜が明け行商人の馬車が動き始めたと同時に、昨日と同じ要領で経験値を稼ぐことにした。
シェルン城 訓練所
「なに!?もうレベルが30になっただと!?」
「ええ、中々に大変でしたが」
午前中いっぱいを経験値稼ぎに費やした結果、遂にレベルが30の大台を突破した。
「特にこの午前中が一番苦労しましたよ」
盗賊とレベル差が開き、相対的に経験値が少なくなったのも苦労した理由の一つ。
だが、それ以上に問題だったのが――
「昨日に比べて盗賊が出現しなくなりましたから」
昨日までは一時間にごとに十人単位で湧き出ていたのに、今日に関しては半分ほどの人数と頻度でしかあられなくなっていた。
最初は、倒し過ぎて盗賊に警戒でもされたのかと思ったが、その割に出てくる敵は相変わらず無警戒。それに噂になるにしても昨日の今日だ。噂が広がるには早すぎる。
そう考えると盗賊の絶対数が減少しているとしか思えない。
「なにが原因でしょう?」
「……」
数泊の沈黙。
ブッケル曹長は、ゆっくりと口を開いた。
「……もしかすると、あの来訪者の拠点荒らしが原因かもしれないな」
「来訪者?拠点荒らし?」
「私が担当している新人召喚士官の一人に、盗賊アジトを襲撃し回っている者がいるのだよ」
「……本当ですか、それ?」
俄かには信じ難い。
馬車を襲撃してきた盗賊の数からいって、その拠点ともなると十人、いや二十人はゆうにいただろう。多いところでは三十人以上というのも有り得ない数字ではない。
何より盗賊達も拠点周辺は特に警戒を厳にしていたはず。そうなると奇襲が難しい以上、最終的にものをいうのは数だ。サービス開始から日数も経っていない現時点では、盗賊との間に圧倒的なステータス差など存在しないのだから。
「本人の自己申告だが、まず間違いない筈だぞ?少なくとも一晩でレベルを二十以上も上げてきたのは事実だったからな」
「レベルを二十も!?」
「なぜ貴様が驚く……貴様も変わらないレベルではないか……」
――だからこそ、驚いているんだ。
俺は敵を釣りだして奇襲し、護衛といった実質的な味方と挟撃することで、戦力差を埋め効率よく経験値を稼ぐことが出来た。
それゆえ、俺とそのプレイヤーでは、そもそも難易度が比較にならない。
しかも、その条件下で一日ではなく一晩だ。僅かな時間のログアウトも惜しんでレベリングしたからこそ理解できる。
俺以上に短期間でのレベリングなど、想像を絶するような困難であることを――
「その来訪者は今どこに?」
「今頃はヴェルツェルに向かっているころだろう」
「……ヴェルツェル?」
「駅馬車で一時間ぐらいの距離にある隣街のことだ」
隣街……もう次の街へと旅立ったプレイヤーが存在するのか。
「ヴェルツェルの街は、ゲルハイム帝国との最前線にほど近く、シェルン周辺より強力な敵が多い。盗賊にも軍人崩れが紛れていて弓や銃を使用してくる」
「これまでの様に近接戦闘だけの敵ではなくなるのか……」
これまで一度だけ、奇襲に弓矢を使用されたことがあるが、それ以外はほとんどダガーによる近接戦だった。
壁役に射撃能力も持つ敵が常にパーティー単位で襲ってくるとなると、戦闘難易度もこれまでとは桁違いになるだろう。
「貴様のそのレベルならヴェルツェルでもやっていけるはずだ。シェルンでのレベル上げに限界を感じているようなら、向かってみてはどうだ?」
「……そうですね」
トップランカーを目指すつもりなら怖気づいてはいられない。
「分かりました。ヴェルツェルへの道のりを教えて頂けませんか?」





