第八話 教室の鍵?
美術室は、美術部の部活動が終わった後で無人だ。
飴ちゃん、鑑に続いて、我輩も美術室の中に足を踏み入れる。
「えーと、赤いチョーク」
美術室の黒板も電子黒板だ。だから、チョークは現在は使われてない。
全員、実物はテレビや歴史の授業などで知っている。だから、迷わないはずだ。
飴ちゃんが「あっ」と、声を上げた。
「パステルの中に入っているよ」
我輩と鑑は、それぞれの位置から飴ちゃんの方に駆け寄る。
飴ちゃんは戸棚の引き出しの中からパステルを取り出した。
その中に、赤いチョークが紛れていた。
「これが何を表しているかだけど?」
鑑が我輩を一瞥した。我輩は頷いた。
「うん、この赤いチョークがピンク色に発光しているね」
「そうなの?」
我輩の答えに鑑が不思議がっている。鑑は発光しているように見えないのだろう。けれど、我輩は嘘を言ってない。事実のみを正確に伝えている。
「じゃあ、撮ってみたらどうかな?」
飴ちゃんは楽しそうにそう言った。
我輩も鑑が露世を返すと約束してあるので、気楽なものだ。
「じゃあ、撮ってみる」
自分の唇を舐めて、ファインダーを覗き込む。
そして、フラッシュを焚く。
機械音がして、暫くすると魔法のカメラから一枚の特殊写真が出てきた。
「また、真っ黒だ」
「待ってくれ。また、何か浮き上がってきたよ?」
あぶり出し絵のように浮かび上がったもの。
それは、また先ほどと同じ鑑の特殊写真だ。
「これって、ピンクの発光体を撮ると、鑑の特殊写真になるのかな?」
「さあ? じゃあ、こないだ撮った時は、紫の発光体だったから、違うものを示しているのかな?」
我輩と飴ちゃんは唸った。
「とにかく、その僕の特殊写真をフォトリベしてみて?」と、鑑。
「う、うん」
我輩は、無心を心掛けてフォトリベした。
すると、先ほどと同じ上半身だけの鑑のシャドウが空中で模った。
『茂名先生のデスク』
感情のない鑑のシャドウが答えた。
「えっ、茂名先生って美術の?」
尋ねた我輩を無視して、鑑のシャドウはテープを流すように先を続ける。
『二番目の引き出し。消去!』
鑑のシャドウは用が済んだようで、またしても自ら消滅した。
我輩たちは面食らうばかりだ。
「えーっ!? 消えたけど!?」
「今度は、なぞなぞじゃなかったね」
「茂名先生の二番目の引き出しってここかな?」
鑑は引き出しを開けている。
「勝手に見ちゃだめだよ」
我輩に構わず、鑑は引き出しの中から鍵を取り出す。
「これが入っていたけど?」
「鍵?」我輩と飴ちゃんは瞬きした。
「美術室の準備室の鍵だよね?」と、鑑はそらんじた。
「えっ? な、なんで分かるの?」
この着地点に来たとき、鑑が笑壺に入ったように大笑いし始めた。
正体を現した悪役とは、少し違う雰囲気だ。どういうことだ?
不思議がる我輩と飴ちゃんに、鑑がネタばらしを始めた。
「実は、これは全て僕が仕組んだものなんだよ」
「えっ? そ、そうなの?」
飴ちゃんが驚いている。
我輩も驚きを隠せない。
「鑑が光のポイントを操って謎を仕込んだとでも言うの?」
「フフッ。僕は、デッドキスではないよ。写影子と飴玉が何を勘違いしたのか知らないけど」
我輩と飴ちゃんは顔を見合わせた。
でも、始末しろ的な物騒なことを言っていたような?
我輩が物言いたげに鑑を窺っていると、彼は悪びた風もなく続けた。
「一文字は、今日は本当に風邪で休みだよ。三毛野先生がそう仰っていたよ」
「な、なんだぁ」
「夜桜君にすっかり騙されたよ」
我輩たちは脱力して笑い始めた。
「僕はね、写影子の能力を試したかったんだ」
試すとは、鑑は人騒がせだ。
我輩は疲れたように笑うしかない。
鑑はにこにこしながら続ける。
「この特殊写真のシャドウは『真実に導く影』と言われている」
「真実に導く影……」
「なぞなぞやオリエンテーリングで断片的に導いて真実を教えてくれる、まさに壁に耳あり障子に目ありなシャドウだ。光のポイントは、人工的に作れるものもあれば、自然にできていくものもあるみたいだ。しかし、それを見れるのも探偵の能力を持つ者だけだ」
察するに探偵の能力は珍しいようだ。
「それにしても、あの鍵を僕がそっと引き出しに忍ばせてきっかけを作ってみたら、自動で光のポイントができて見事に辿ることができたのは収穫が大きかった」
「じゃあ、鑑を模ったシャドウは?」
「あのシャドウは夜桜君の姿を模っているから、夜桜君の事を示しているのかも」と、飴ちゃん。
「なーるほど。ふーん、それで、この鍵で教室に戻ってゴールってわけだ」
鑑の手によって、全ては巧妙に仕組まれていたのか。
な~んだ。
しかし、鑑は奇妙な顔をした。
「えっ? 教室?」
「うん。この鍵に一年一組のタグが付いているから」
キーホルダーの『一年一組』の文字を見せると、鑑の顔が真剣みを帯びた。
「どういうことだ?」
「えっ? 何が?」
我輩はすっかり、帰宅モードだ。
早く帰ってお菓子を食べながら課題を片づけたい。
しかし、鑑は深刻な顔をして我輩に言った。
「僕がこの引き出しに忍ばせたのは、美術の準備室の鍵だ」
「間違えたんじゃないかな~?」
飴ちゃんは笑っている。しかし、鑑は頭を振った。
「間違えてないよ。たしかに、美術の準備室の鍵を入れておいたんだ」
「えっ?」
飴ちゃんの笑い顔が固まる。
鑑が忍ばせたのが美術の準備室の鍵で、入っていたのは一年一組の教室の鍵?
「じゃあ、これはすり替えられたのかな?」と、飴ちゃん。
「何のために?」と、我輩。
我輩たちは押し黙った。
それは、すり替えた人でなければ分からないことだ。
答える者がいない美術室に、夕闇が押し迫る。
寂しい校舎の外から、カラスの鳴き声がひっそりと我輩の耳に届いていた。