第六話 鑑(かがみ)の正体!?
我輩は辺りを見回した。いつも、露世は早くに登校してくる。
教室に来るといつも男友達と談笑しているのに、今日は露世の姿が見当たらない。
夜桜鑑は、本を読んでいて今日は大人しい。
平地に波瀾を起こすのも危ういので、我輩はいつも露世と一緒に登校してくる《《男友達》》の飴玉媛理に尋ねた。
「ねえ、飴ちゃん、露世はどうしたの?」
飴玉媛理を飴ちゃんと我輩は呼んでいる。露世も鑑も呼び捨てだが、飴玉媛理はちゃん付けで呼びたいくらい親しみを持っている。
露世と飴ちゃんは友達なので、我輩ともそれなりに仲が良い。
実は、飴ちゃんは百年続くお菓子会社の御曹司らしい。学校では目立つのが嫌で秘密にしているが、仲の良い露世がこっそり教えてくれたのだ。
「ああ、露世は風邪で休みだよ」
やはり、飴ちゃんは露世の事も知っていた。
「も、もしかして、我輩のがうつったのか?」
「明日には治るんじゃないかな。心配しすぎだよ」
「よ、良かった」
飴ちゃんは綿菓子のような微笑みを浮かべる。癒し系の男子だ。
「今日は、俺たちのグループに入りなよ。露世が休みだしな」
そう言って、飴ちゃんは飴玉をくれた。
それから、飴ちゃんたちのグループに入って、放課後まで飴を食べながらまったり過ごした。
その放課後。我輩と飴ちゃんは先生にお手伝いをお願いされて、教室で雑用をしていた。我輩と飴ちゃんはプリントをホッチキスで留めていく。
「飴ちゃんは、癒し系だから、その空気でみんな丸くできて特だよね」
「甘いよ、月野原さん。俺だって、ひとに言えない悩みがあるんだから」
「嘘だろ?」
我輩はおどけながら言った。
癒し系で、御曹司で、何も困ることなんて――!?
瞬間、我輩は瞠目した。
飴ちゃんは涙を流していた。
我輩は何を言ったらいいか分からず、口をパクパクさせていた。
男子が涙を流すなんて、よっぽどのことに違いない。
我輩は衝撃を受けて固まった。
その時、廊下で話し声がした。
その人物は、クラスメイトはみんな下校したと考えたのだろう。
だから、教室には誰もいないと安心して廊下で話しているのだろう。
「だ、誰だろね?」
我輩は、話題をそらすことを先決にした。
「さあ? じゃあ、覗いてみる?」
振り返ると、飴ちゃんは微笑んでいた。どうやら涙は止まったようだ。
飴ちゃんは、ドアの方へ近寄って行った。
我輩も、面白くなって飴ちゃんに続いた。ドアの隙間から、廊下の外を覗く。
そこにいたのは、鑑だった。
なんだ、鑑か。
我輩はいつも通りドアを開けて、鑑に声をかけようとした。
そんな我輩を、飴ちゃんが鋭い小声で止めた。
「待って、月野原さん! 様子が変だよ!」
「えっ?」
鑑の後ろには誰かが居た。
角度を変えてみると、それは鑑に跪いている大人だった。高校生の鑑に大の大人が跪いているのは、奇妙な構図だった。
「アイツは見つかったか?」
鑑が尋ねた。彼の従者は、頭をさらに下げる。
「いいえ、まだ探し出せておりません。申し訳ありません、鑑様」
鑑様? 鑑はどこかの御曹司なのか? この飴ちゃん同様、金持ちなのか?
我輩は、身を乗り出した。
「アイツが見つかったら僕が始末する」
「ッ!?」
鑑の口から出てきた物騒な言葉に我輩は戦慄した。
飴ちゃんが我輩の上側で震えているのが伝わってくる。
「ま、まさかとは思うけど」
飴ちゃんが小声で言った。
「どうしたの? まさかって?」
我輩も小声で返す。
「夜桜鑑は『デッドキス』なんじゃないか?」
「そ、そういえば。我輩も知ってる」
フォトリベを悪用した事件は大抵、デッドキスが起こしている事を我輩は既知していた。
だから、フォトリベなんて最近まで拒否していた。だから、デッドキスがどんな組織なのかもどうでもよかった。
鑑がそうなのか。まさか。でも、鑑は誰かを始末すると言った。
我輩はさらに身を乗り出した。
「うわっ、月野原さん!?」
「うおっ!?」
我輩がバランスを崩すと同時に、ピラミッドはもろくも崩れ落ちた。そして、反動で勢い良くドアが開いた。
足音が近寄ってきた。
我輩は恐る恐る目線を上げる。
「何をやっているのかな? 写影子?」
鑑が、我輩と飴ちゃんを見下ろしている。
「は、はは。お、鬼ごっこかな~?」
我輩は笑って誤魔化すしかない。
「へえ、鬼ごっこ? 立ち聞きじゃないのかな?」
鑑は、すうっと目を細めてクスクスと微笑んでいる。
「そ、そうそう。鑑がくれたこの魔法のカメラ、全然撮影できないからね」
「撮影できない?」
「そうだよ。今朝も、鑑がくれた魔法のカメラで撮ったら、特殊用紙が真っ黒な写真になって出てきたからね」
我輩は、胸ポケットから失敗した特殊写真を取り出すと鑑に渡した。
「ほらね?」
「へえ、これは面白い」
面白い? 我輩の失敗した特殊写真は高度なギャグではないが。
鑑の意図することが呑み込めなくて、我輩は首をかしげた。
鑑は、フフッと笑う。いつもの、怪しげなスマイルだ。
「もしかしたら、写影子の能力が目覚めたのかもしれないよ」
「能力? ま、まさか、我輩の視界に漂っている心霊現象の人魂がそうなの?」
「それは、心霊現象ではないよ。人魂でもないからね」
「心霊現象でも人魂でもなかったら何なの?」
我輩は目を瞬いて、鑑の動向を確かめようと努めた。
鑑は何を聞知しているのか。
「この世界には、フォトリベがあるよね」
「う、うん。あるね」
「フォトリベをする者が居たら、中には異質な者もいる」
「ッ!」
飴ちゃんが、瞠目している。
我輩はわけが分からないまま、鑑に視線を向ける。
「異質って?」
「フォトリベに関連して、特殊な能力を持つものだ」
「特殊な能力?」
「その人物は『特殊人物』と特称され、世界から特別視されている」
「特殊人物? まさか、我輩が?」
「そうだ。特殊人物は全員合わせて世界に数十人しかいない」
我輩の世界が華やいで見えた。
「我輩が特殊人物だったら、世界のトップスターにだってなれるよね? アイドルと結婚するのも夢じゃないような。そうでしょ?」
鑑は吹き出した。
「期待しない方が良いよ。特殊人物なんて、命を狙われてなんぼだから」
「笑っていうことかッ!」
「写影子の能力は、もう遅いかもしれないけど、口外しない方が良いよ」
「お、遅すぎるよ!」
ついこのあいだ、目が変だと騒いだばかりだ。
まさか、手遅れに――!
神経をすり減らしてしぼんでいるのに、鑑は事もなげに続けた。
「写影子の能力は、恐らく探偵の能力だ」
「探偵の能力?」
なんだ、それ。
「さっきも言ったように、世界にはフォトリベがあるよね?」
「うんあるよね」
「世界の答えが光のポイントとなって見えるのが探偵の能力だ」
「えっ? じゃあ、様々な色で光っていたのは、アレは光のポイント?」
「そういうことになるね」
鑑は満足そうに微笑んでいる。飴ちゃんもその事に驚いている。
「月野原さんってすごいひとだったんだね」
「いや~。でも、光のポイントが見えたからって、何が分かるのか」
飴ちゃんに褒められるとまんざらでもないが、何を喜ぶべきか思案に暮れるのが正直なところだ。探偵の能力なんて、ラノベでもあるまいし。
「光のポイントが見えたら、魔法のカメラで撮ってみると良いよ。面白いことが写っているかもしれないから」
「えっ? でも、今朝」
我輩は、魔法のカメラで無数に飛んでいる光のポイントを撮ろうとしたが、シャッターが切れなかったことを鑑に伝えた。
「それは、一度に被写体を沢山撮ろうとするからだよ。被写体は一個。でないと、特殊写真は撮れないからね」
「な、なるほど」
「それで、この辺で、光のポイントはあるかな?」と、鑑。
「教室の扉ひとつと廊下の窓一ヵ所と教室の窓一ヵ所がピンクに光っているよ」と、我輩はあっさりと答えた。
他の場所も探索すればわかるかもしれないが、この辺ならそれぐらいだ。
鑑の目が面白そうにひらめいた。
「へえ。試しに撮ってみてくれないかな。能力が発揮されるのは写影子だけだと思うから」
「じゃあ、早速」
我輩は、魔法のカメラを両手に持った。しかし、その両手を降ろした。
「……どうしたのかな?」
「我輩、デッドキスの鑑に協力なんてしたくない」
「つ、月野原さん!?」
飴ちゃんが驚いている。鑑も驚いている。
しかし、我輩の決意は変わらない。
そもそも、我輩がフォトリベを拒否していたのも、これが原因なのに。
だれが、協力なんて。
そっぽを向いた我輩に、鑑が怪しくフフッと笑った。
「今日は、一文字は休みだったよね?」
「露世が何か?」
「実は、一文字は風邪じゃないんだよ」
風邪じゃない?
それはどういう意味――えっ?
「まさか」
「そう。一文字は、僕が預かっている」
「なんだって!?」
鑑が、闇夜の桜色の笑みを浮かべた。
「僕の言うとおりにした方が、写影子の為だと思うけどね?」
やっと、我輩は鑑の目的が分かった。
我輩の事を詳細に調べたのも、我輩に魔法のカメラを与えたのも、このためだったのだ。
すべては、我輩に特殊写真を撮らせるためだったのだ。