第二話 大魔王のレイフォトをフォトリベしよう!
詩口写実から、我輩は命からがら逃げてきた。いつものフォトグラン学院の高等部の一年一組に歩いてくると、ドアをくぐった。机の上にカバンをおろしていると、露世がやってきた。
「よう、月野原」
「おはよーなのだ」
「はよー」
挨拶が済むとすぐに、周りを見渡す。鑑の席には、既に鑑が座っている。
今朝のことが気がかりだった我輩は、すぐに鑑に会いに行った。
そんな我輩の後姿を露世がじっと見つめていることには気づかなかった。
「鑑、おはよ。元気?」
「おはよう。何かな、唐突に?」
鑑が本を閉じて我輩の方を向いた。一見しても、鑑の身に何かあったようには思えない。無傷どころか、いたって健康。鑑の茶髪はトリートメントまで効いてつやつやしている。
「どうしたの? そんなに見られると照れるんだけど」
「い、いや。鑑の家の方角でフォトファイトしている人がいたから、鑑かなと思ったのだ」
「いや、僕の家とは関係ないよ」
鑑は笑顔で言った。この平穏な一年一組の様子を見ても、テレビのニュースになったということはなさそうだった。じゃあ、あれは何だったのだろう? ただの、フォトファイト?
「そ、そう? ならよかった。また、事件に巻き込まれたのかと思って」
「事件に巻き込まれるのは写影子の方だと思うけどね」
それもそうなのだ。我輩の方がサーチファカルティを持っているので、事件に巻き込まれやすい。確かにそうだ。
じゃあ、あのレイフォトは、フォトリベしなくてもよさそうだ。どうせ大したことではないはずだ。
席に戻ってくると、肘をついた手に顔を乗せて、露世が我輩の方をじっとりと見ていた。
「な、なに?」
「……なんか、仲良くなってるよな、お前ら」
「そんなことないよ!」
我輩は露世だけなのだ。露世一筋、頑固に貫いてますのだ。
そう言いたかったが、露世に告白する勇気はなかった。
クラスメイトの前で公開処刑される勇気もなかった。
この日は、何も起こることなく平和に放課後まで過ぎていった。
放課後は、実習室に集まるのが日課になっている。
これは、先生非公認の部活動――フォトリベ部なのだ。
だから、例によって、放課後に我輩たちは実習室に向かったのだった。
「今日は連辞は休みだね」
「四ツ葉の仕事が忙しいんだとよ」
連辞は、最近多忙だ。だから、学業もおろそかになっているらしい。もっとも、必要のない学業ではあるが。
「では、秘宝のレイフォトを……!」
我輩は秘宝のレイフォトを取り出して、机の上にバァンと置いた。
大魔王の無表情の顔が映っている。おそらくこれは本物だろう。
「すごいね」
「大魔王の秘宝か……!」
「三人で山分けなのだ」
「いや、夜桜は金持ちだからいらんだろ?」
「このレイフォトは僕の屋敷で撮ったものだろ? 分け前はあって当然!」
「最低なのだ! がめつい奴って嫌いなのだー!」
閉じた口のそばから我輩の声が聞こえて我輩はギョッとした。
鑑がショックを受けたような顔になっている。
「わ、我輩、何も言ってないのだ!」
すると、露世が口元を隠していることに気付いて、鑑がハッと我に返った。
「一文字、写影子の口真似するな!」
「月野原の気持ちを代弁しただけだ! やるか!」
「上等だよ! フォトファイトで勝負しよう!」
「ちょっと待つのだ! 秘宝のレイフォトをフォトリベしてからにするのだ!」
我輩が二人の間に割り込むと、二人はおとなしくなった。
露世が、あることに気付いて、「アレ?」と声を出した。
「でも、鍵は?」
「我輩の父が取り返してくれたのだ!」
我輩は鍵を見せてポケットに戻した。
「ああ、昨日、四ツ葉に西条が捕まったってニュースになってたな」
「親父さんすごいな」
我輩は褒められてまんざらでもない。
そのまま、レイフォトを手に取って宣言した。
「じゃあ、フォトリベしてみるのだ」
見る見るうちに煙が渦巻いて、大魔王のシャドウが出来上がった。
「おおお、無表情なのだ!」
「これは本物じゃないか!」
我輩と露世は大いに盛り上がって、大魔王の次の言葉を待った。
『この、レイフォトはハズレ! イレイス!』
あっさりと大魔王のシャドウは消えた。
我輩たちはしんと静まり返った。今は夕暮れどきだ。
自習室の外からカラスの鳴き声が聞こえる。
我輩はハッと我に返った。
「えっ? 大魔王のシャドウはなんて言ったのだ?」
「ハズレ?」
「ハズレって……」
「えええええええ! なんじゃそりゃあ!」
「ハズレって、アイスのくじかッ……!」
ずびしっと露世が消えた大魔王の方に突っ込みを入れている。
「「「そんなんアリかーッ!」」」
我輩たちは、脱力してその場でしなしなになった。
宝くじが全部外れた気分だった。




