第十六話 夜桜鑑の誤解と○○の逆襲
気を取り直したように、部屋一面をまた淡いシャンデリアの暖い光が色づけ始めた。
雷が遠のいていく。平穏を取り戻しいっそう明るく輝く部屋とは対照的に、我輩はパニックになっていた。
「ちょっと待つのだ!」
両手を軽く掲げて執事と鑑を静止させた。
「許しを請う必要はないよ。僕の姉を返してくれさえすればいいから」
「だから、お姉さんを返すって何のことなのだ?」
謝罪がなかったせいか、言い訳すらせずに、すっとぼけようとした――。
我輩はそんなつもりは毛頭なかったのだが、鑑の瞳にはそう映ったらしい。
鑑の目がピクリと引きつった。怒りを抑えるように鑑は目を伏せた。そして、まっすぐに我輩を睨めつけてきた。
「先ほどの最初のレイフォトは僕もチェック済みなんだ。他のレイフォトもね」
レイフォトをチェック済み? ならば、その内容は把握しているということだ。我輩は再び露世のスマホに目を落とした。
『①夜桜の姉は②デッドキスに③捕まって④いる』
どういうことだ。どうして、これが我輩に結び付くんだ?
「えっ、ちょっと待つのだ! 我輩、鑑が何を言っているのか――」
「デッドキスが写影子だってレイフォトのシャドウが言っていたんだよ!」
あ、な~るほど……。
読めてきた。
鑑も詩口写実のオススメのレイフォトを目の当たりにした。そういうことか。
頬を人差し指で掻きながら、ちらりと鑑を見やる。
「つ、つまり……。我輩がデッドキスだから、デッドキスに捕まっている姉を返せとそういうことなのかな?」
「察しが良いね。夜も長いことだし、ゆっくりと聞き出すのもいいかな?」
鑑は、何を思ったのか、ネクタイを緩めた。そして、上着のベストを脱ぎ始めた。
何故に脱ぐ!? それに、夜が長いってなんだ!?
嫌な予感を感じ取った我輩は、後ずさりした。
「ちょ!? ちょーっと待つのだ! うわっ!」
我輩は後ずさりしすぎて、ベッドにしりもちをついてしまった。
「写影子も乗り気なんだね? いいよ、いじめてあげる」
鑑が我輩へと手を伸ばしたとき、目の前にシールドができていた。
露世のシャドウのロゼが、目の前で電気の壁を作っていた。
「ロゼ! つきのはらによざくらをちかづけるな!」
「分かってる! 抜かりはない!」
「くっ!」
床を這うようにして我輩に近寄ってきたのは、露世だった。手にはフォトリベした後の二枚に破れた自分の特殊写真が握られてあった。
「露世も、ありがとうなのだ!」
「おまえ、あぶなっかしいんだよ……」
露世は、しびれ薬をかがされたらしい。まだろれつが回っていない。
鑑はというと、チリチリとしびれた指先を引っ込めて、自分の手を見つめていた。
そして、顔を上げて、露世へと目を細める。
「一文字、まだ動けたんだね……しびれ薬が効かないみたいだけど……」
鑑がポケットから小さなアルバムを取り出した。この中に特殊写真が入っているらしい。戦闘モードに入った鑑に我輩は焦燥を感じた。早く鑑を止めなければ!
「鑑聞いて!」
「……何かな?」
鑑は、特殊写真の入ったアルバムを眺めている。
「その! 我輩がデッドキスだと言っていた、レイフォトのシャドウは感情があったと思うんだけど!」
「……そうだね、あのシャドウは大笑いしていたよ」
「だ、だからね! 感情のあるレイフォトのシャドウは、人為的な作り物なのだ! 真実を言い表しているとは限らないのだ!」
「えっ……?」
鑑の表情に初めて戸惑いが生まれた。鑑が呆けたように顔を上げる。
我輩は、更に早口になった。
「だから、我輩はデッドキスではないし、鑑のお姉さんのことも知らないのだ!」
「でも、君は僕に姉がいることを知っていたじゃないか!」
「それは、光のポイントで知っただけなのだ!」
露世が、そばに落ちていた【一】の番号の入ったレイフォトに気付いた。そして、それをおぼつかないしびれた手で拾い上げるとフォトリベした。
すると、感情のない鑑の上半身だけのシャドウが出来上がった。
『【一】。勘違いして。イレイス!』
例によって、用が済んだシャドウは自らイレイスした。
さすがは、露世だ。レイフォトでフォローしてくれた。
「ほ、ほら、【一】勘違いして『【二】夜桜鑑は【三】月野原写影子を【四】問い詰めようとしている』やっぱり、鑑の勘違いなのだ!」
正気を取り戻したように、鑑が瞬きした。真実を告げるレイフォトのシャドウがそう言っているのだ。感情のないシャドウだから、真実を言っているのだ。
とんでもない間違いに気づいたのか、鑑は頭を抱えた。
「えっ、じゃあ、本当に僕の勘違い……?」
「そうなのだ!」
「そんな……!」
鑑が後ろを振り向いた。怒り心頭で、執事に向かって指を突き付けた。
「西条、どういうことだ! お前は全部真実のレイフォトだと言っていたじゃないか!」
「そんなことはどうでも良い!」
声を張り上げた執事の西条に、我輩はギョッとした。人のいい笑顔が消えて、悪そうに目をギラギラさせている執事は、まるで別人のようだった。
我輩たちはそれに驚いていたが、その隙を見て執事は自分のシャドウの特殊写真をフォトリベしていた。そのシャドウの執事は風神の格好をしていた。
「やれ!」
「うわっ!」
鑑が強い風にあおられて、顔を手で覆った。
「きゃあ!」
唐突に、我輩は突風に襲われて、ベッドの上でバウンドした。
「月野原ッ!」
「写影子!」
このシャドウは、執事西条の横に舞い降りて、彼に何かを手渡していた。
部屋の中のカーテンが風で揺れている。
そのまま、執事西条はシャドウに抱えられて突風をまき散らし、窓を割って外に逃げ出した。
「大丈夫、写影子!」
「月野原、大丈夫か!」
「大丈夫なのだ……って! 大魔王の秘宝のレイフォトがなくなっているのだ!」
「ロゼ、あいつを捕まえて四ツ葉に突き出せ!」
「相分かった!」
ロゼは、割れた窓から執事西条とシャドウを追い始めた。割れた窓から、夜気が冷たい風になって雨が吹き込んできていた。
シャンデリアが揺れて、影を揺らめかせている。だんだんとそれも落ち着き、部屋はまた静穏を取り戻した。
「月野原、無事か!」
「露世、ありがとうなのだ」
「写影子、僕が愚かだったよ。あんな奴を信じて、写影子を疑うだなんて!」
「いいよ。鑑の誤解がとけて良かったのだ」
「とにかく、夜桜は俺に謝れ」
「嫌だ」
「んだとこらァ!」
「と、とにかく誤解がとけて良かったのだ」
喧嘩している二人を静めながら、我輩は仲のいい三人に戻れたことを喜ぶのだった。
後で、四ツ葉が来て連辞たちにいろいろと事情聴取された。
そして、この日は露世と連辞で鑑の家に泊まって、修学旅行のように豪邸で楽しんだのだった。




