第四話 黒幕の手中
遅刻で先生からお目玉を食らった。課題が倍増になり、我輩は休み時間もタブレットとにらめっこすることになった。
「露世、助けてほしいのだ~」
「うん、うん。分かった」
「……?」
隣を見ると、露世は誰かにスマホで電話していた。
我輩に気づいた露世は、慌てて通話を切った。
「月野原、悪ィ!」
そう言って席を立つと、教室を飛び出して行った。
何事だろうと思い、我輩は露世の後をつけた。
露世は一年二組の教室の前でそわそわしている。
「どうしたんだろう……?」
「何がかな?」
「うわぁ!」
こっそり後を付けてきた手前、いきなり背後から声を掛けられて、我輩は強かに驚いた。心臓をドキドキさせながら振り返ると、鑑が我輩に微笑みかけていた。
「どうしたの? 写影子?」
「い、いや、あの……!」
「何? 写影子?」
鑑が楽しそうに聞いてきた。
露世がアヤシイと相談しても良いのだろうか。
今一番アヤシイのは我輩の方なのに。
「そ、その……。鑑って、お姉さんがいるの?」
返答に困った我輩は、話を無理やりに切り替えていた。
「えっ……?」
鑑の顔から笑みが消えた。
鑑の異変に気付かずに、我輩は更に続けた。
「鑑が大切にしているのは、鑑のお姉さんなのかなと思って」
今日我輩は、レイフォトのシャドウに正解するまで、ずっと粘っていたのだ。
何問か不正解になったのちに、『鑑が、命を懸けて守りたいのは鑑の姉』だと答えて、やっと正解した。
この時になって、鑑には一人の姉がいるらしいことがやっと分かった。鑑の口から姉のことは一言たりとも出てきたことがないのにだ。
しかし、我輩の口から彼の姉のことが出た途端、鑑は我輩の方に鋭い目を向けた。
「……それが何かな?」
「えっ?」
「写影子には関係がないことだと思うけど?」
つんけんどんに答えられるとは思わなかった我輩は、口をあたふたさせた。
まずいことに触れてしまったのだろうか。触れられたくないことだったのだろうか。
「い、いや、その……」
「もしかして、写影子に関係あるのかな?」
我輩は目をぱちくりさせた。我輩に関係あるって何だろう?
なんだか、終着点が違うところに向かっていないか?
「えっ、あの……」
「だとしたら、写影子が一番よく知っているんじゃないかな?」
鑑がようやくにっこりと笑った。
しかし、鑑の答えは回答になっていない。禅問答のような奇妙な答えに我輩はどう返したらいいのか返答に困った。
その時、露世の弾んだ声が聞こえた。
「こいつに連絡を取ればいいんだな!」
露世の会話が聞こえてきて、我輩は鑑の問いに答えずに、声の方を振り向いた。
「うん、そうよ」
「サンキュ!」
露世がスマホに何かを打ち込んでいる。
露世が喋っている相手を見つけた我輩は、ギクリとした。喉から心臓が飛び出そうになったらしく、喉が妙に張り付いて痛い。我輩は、喉の塊を飲み込んだ。
「じゃあね、露世。またね!」
「じゃあな、写実!」
露世が会っていたのは、詩口写実だった。
しかも、親しげに話している。我輩のことは、いつも『月野原』だ。
それなのに、詩口写実は『写実』と、名前で呼んでいる。
露世が振り返って教室に帰ろうとしたとき、我輩と目が合った。
露世は吃驚したような顔つきになった。気まずそうに嘆息した後に、そのまま我輩を無視して教室に入ろうとする。
「どうしてなのだ!?」
我輩は声を張り上げた。クラスメイトがギョッとしたように注目している。露世は困ったように振り返った。
「……何がだよ?」
「昨日、詩口写実に気を付けて欲しいと言ったのに、露世は我輩の忠告を無視したんだね!」
「……そのこと? 月野原の方こそ、人の後を付けるだなんて悪趣味だな」
露世はそのまま、ふてくされたように教室に入って、ドカッと自分の席に着いた。
裏切られた。我輩はそう決めつけて、露世に失望して涙を流していた。
よく考えれば、露世がしたことは、大したことではないかもしれない。
でも、彼女は、我輩をシャドウだと決めつけたレイフォトを我輩に手渡したのだ。
彼女に悪意がなければ、そんなことをするはずがない。
あの時、両親が失踪した後だったので、我輩は弱り目に祟り目だった。
その為、喪失感が青白く鮮烈に色づいていた。
それに加えて、今回は露世への嫉妬心が加わり、我輩の気持ちがぐちゃぐちゃにかき乱されてしまった。
詩口写実は、一体我輩に何がしたいというのだろう。
我輩が、詩口写実のシャドウだと認めて、我輩に、敗北してほしいのだろうか。
負けを認めなければ、我輩から露世を奪うとでも宣するつもりなのだろうか。
先生が授業に来るまで、我輩はそこに突っ立っていた。
我輩の気持ちなんて、踏みつぶされた虫けらのようだった。
露世の気持ちなんて、何があったのかなんて、慮る余裕もなかった。
鑑は、我輩のさめざめと涙を流す姿を注視していた。下手に慰めようとはしなかった。
このとき、我輩が黒幕の手中にいることを知る由もなかったのだ。




