第十話 飴玉媛理と回復の飴
翌日。我輩は捜査協力のため、学校を休んでいいことになった。露世と鑑が授業のデータを取っておいてくれるというので、我輩は素直にお願いした。
ところ変わって、ここは四ツ葉の若竹県県警本部である。
真っ白な清潔感ある建物が美しい。
けれども、我輩が通された部屋に待っていたもの。
それは、大人が二人はいりそうな飼育ケースだった。その中にうごめいているのは、三十匹ほどのカラスたちだった。
「我輩、立ったまま気絶できそうなのだ……」
それを聞いた連辞が笑っていた。
「それで、写影子ちゃん。この中に、虹色の光のポイントを持つカラスはいるかな?」
「い、いるよ。じゃあ、撮るのだ……」
特殊写真に収めようとした我輩だったが、カラスたちの群れの中に紛れてしまい、すぐに虹色の光のポイントが分からなくなる。
「ああっ、これじゃあ、レイフォトに収められないのだ!」
「じゃあ、俺がカラスを捕まえて、違う飼育ケースに入れるから。虹色の光のポイントじゃなかったら、首を横に振ってくれ」
我輩は涙目だったが、素直に従った。それにしても、カラスをわしづかみにしていく連辞はかなりのつわものだ。
数十分間の格闘の末、連辞は虹色の光のポイントを持つカラスを捕まえた。
「それだよ!」
「おい、違う飼育ケースをこっちにくれ」
「は、はい」
連辞の指示に、部下はすぐに飼育ケースの口を開いてカラスを入れた。
「さ、写影子ちゃん。レイフォトに収めて」
「う、うん」
我輩はすぐに、レイフォトに収めた。
すると、『五』の番号が浮かび上がった。
「『五』の番号になったのだ」
「よし、じゃあこのもう一枚の『五』の写真と一緒に破ってくれ」
「うん、分かった」
おそらく今回も、なぞなぞの出題だろう。
我輩は気楽な気持ちで、『五』の番号を二枚一緒にフォトリベした。
「えっ!?」
フォトリベした瞬間に変な感覚が襲ってきた。空間がぐにゃりとゆがんだのだ。
これってまさか、あの七色の教室と同じ――!
「写影子ちゃ――」
瞬間、連辞の声が途切れた。連辞も部下さんもいなくなった。
そして、我輩は一人だけ別の部屋にいた。
だだっ広い部屋だ。壁は油を混ぜたような虹色でギラギラしている。
壁には三百六十度等間隔で小窓が四つあった。
「な、なんだろ?」
我輩はこっそりと小窓を開けて中を覗いた。
中には、男が二人いて、自分の守護霊であり分身のシャドウを自慢しあっていた。
「俺のシャドウ。すごい鍛えまくったんだぜ?」
「俺のシャドウだって! すっげーだろ?」
と、柄のよろしくない二人組が話している。
我輩は露世の特殊写真を持っている。それをお守りのように抱きしめた。
とにかくここが何なのかわからない以上は、声を上げて助けを求めるのも危険だ。
「もうできないよ!」
我輩は後ろの小窓から悲鳴が聞こえてきたので、ぎくりとした。
後ろの小窓に駆け寄って、中を覗いた。
おいしそうなにおいがした。
中では、羽の生えた天使のような同じようなシャドウが複数いて、魔法で何かを出していた。
天使のシャドウは数十くらいいる。
そのどれもが甘い匂いのする丸い物体を魔法で出して、ツボの中を一杯にしていく。
「作っているのは、飴……えっ?」
つぶやいた瞬間、我輩に嫌な予感が襲ってきた。
飴という慣れ親しんだ、キーワード。そして、彼の優しい癒しのほほえみ。
そして、天使のシャドウの顔を見た瞬間、我輩は口を押えた。
それは、飴玉媛理の――飴ちゃんの顔に他ならなかったからだ。
「できないとはなんだ? もう少し作れるだろぉ?」
大人の話し声が聞こえてきて、我輩は右手のほうを向いた。
すると、汗をしたたらせてぐったりしている飴ちゃんの姿があった。
「飴ちゃ……」
思わず身を乗り出した我輩にかまわず、柄のよろしくない大人たちは話し出す。
「飴玉媛理、こいつが瀕死の人間を生き返らせる『回復の飴』を作れる能力があったなんてな」
「だから、飴玉媛理のシャドウをたくさん作らせて、こうやって毎日限界まで作らせているわけだ」
「でも、なんでこいつこんなに苦しそうなんだ?」
「自分のシャドウを作ると、本人も少し消耗する。こんなにシャドウを作って働かせたから、本人は滅茶苦茶しんどいんだろ?」
「なるほどなぁ。流石アニキ詳しいなぁ」
「ふっふっふ。これをフォトギルドショップで売れば、数十億の儲けだ」
どうやら、天使のシャドウは飴ちゃんのシャドウなのだ。
それを、飴ちゃんは数十体を操らされて何かを作らされていたようだ。
「もうできな……」
我輩は飴ちゃんのぐったりした様子にブチ切れていた。
「やめろォ――――――――――ッッッ!」
小窓の格子を握っていた我輩は、声を張り上げた。
すると、虹色の部屋はパンとはじけて、我輩はどこかの工場跡の薄暗い建物の中に放り出された。
「月野原さん……!」
制服姿の飴ちゃんはぐったりしてこちらに気づいた。顔には希望の光が浮かんでいた。けれども、我輩一人だけだと気づいた飴ちゃんの顔に絶望が浮かぶ。
「やめろ……?」
柄のよろしくない大人の一人がつぶやいた。
「それは誰に言っているのかな……?」
このときになって、我輩はようやく気付いた。
ここはどこかのアジトだということに。
そして、我輩と飴ちゃんは数十人の柄のよろしくない大人たちに囲まれていたのだった。




