第一話 月野原写影子(つきのはらしゃえこ)
「車麩さんは、サボりですか?」
先生の声に、我輩は車麩君の席を探した。先生の視線の先に、車麩君の席があった。
彼は、確かにそこに着席《《している》》。
しかし、隣の席の女子は呆れたように笑っている。それが、本物の車麩君でないことが一目瞭然だったからだろう。我輩にも、それが偽物だと分かった。愛嬌のある、車麩君の仕業だ。彼は、どうやら、自分のシャドウを身代わりにしたようだ。
魔法のカメラで撮られた写真のことを特殊写真という。
そして、その特殊写真を破いて思念をそこから出すこと。そして、その思念を具現化させて偽物を作ることをフォトリベレーション。略してフォトリベと呼んでいる。
車麩君のフォトリベは失敗に終わっていた。ここにいる車麩君は、フォログラムのように透けているのだ。
つまり、先生の仰る通り授業をサボったのだ。
「消去!」
先生は消去の呪文を放った。完全に車麩君のシャドウが消える。
完璧にフォトリベできる者は世界でも少ないようだ。だから、不完全でも楽しめるフォトファイトという遊びが流行っているらしい。
でも、我輩はフォトリベとは距離を置いている。悪用されるフォトリベにうんざりしているからだ。
チャイムが気だるい音で響き渡る。
休み時間に入ったので、教室内はざわめきを増す。
一生懸命に電子黒板の情報をタブレットに入力している我輩に、露世が隣席から声をかけた。
「月野原、ちょっといいか?」
「何かな、露世」
我輩は、月野原写影子。
本日国の一般的な高校一年生の女子である。
我輩は、フォトグラン学院高等部の一年一組では、月野原と、名字で呼ばれている。
理由があって自分の名前が大嫌いなのだ。だから、写影子よりは月野原と呼ばれる現状に満足しているのだ。
一文字露世を我輩は自分の席から振り返った。
露世は、黒の気強い双眸で、こちらを勝気に眺めている。アッシュ系のショートヘアは彼に良く似合っている。彼の薄い唇がこちらに向かって緩い弧を描く。露世の美しい名前を口にするとき、我輩は憧憬の念に駆られるのだ。
「月野原は本当にフォトリベしたくないのか?」
「うん。我輩、フォトリベなんて百害あって一利なしだと思っているからね」
「じゃあ、特殊写真もいらないかァ……」
「露世の特殊写真!? ほ、欲しいのだ!」
「いや、俺が写ったものじゃなくて他人の写ったもの……って聞いてるか? 月野原?」
人間は撮影禁止アイテムに指定されている。撮影禁止アイテムとは、魔法のカメラで撮影を禁止されている対象物だ。他にも鍵や印鑑・身分証明書やお金などさまざまある。人間を撮影する場合本人の許可が出ない限り、いくら特殊写真を撮ろうとしても魔法のカメラが拒否する。他人を勝手に特殊写真に収めてはいけないという本日国の法律である。
つまり、露世の特殊写真なんて、本人が許可しなければ絶対にもらえないアイテムである。もっと言うと、我輩は露世が大好きなのだ。彼の優しいところが大好きなのだ。その、露世の特殊写真がもらえるなんて千載一遇のチャンスだ。
「な、何てことだ! 人生において断固拒否しているフォトリベなのに!」
しかし、露世の特殊写真のせいで、我輩はその世界に足を踏み入れようとしている。
嗚呼、なんという皮肉なんだろう!
「ま、まあいいか。じゃあ、俺自身の特殊写真をやるよ」
「うん! 我輩も我輩の特殊写真をあげるね!」
「えっ!」
露世は何故か驚いている。
我輩は、素直に露世の魔法のカメラを手に取る。
我輩は、魔法のカメラで特殊写真を一枚収めた。我輩の特殊写真は撮影できた。
写真には、黒髪のミディアムヘアで大きな瞳にふっくらとした唇の少女が写っている。制服は、ブレザーで赤と紺の縞々のリボン。折りスカートに紺の靴下。靴は革靴のローファー。我輩は、魔法のカメラから出てきた写真を露世に差し出した。
「はい、どうぞ!」
「あ、ああ。大事に保管するよ」
露世は我輩の特殊写真を受け取って、それを大事そうに胸ポケットにしまっている。
「ほら、俺の特殊写真」
「いいの!? ありがとう!」
この時の我輩は、露世から特殊写真をもらって現金に喜んでいた。
「くれぐれも、俺の写った特殊写真はフォトリベするなよ?」
「うん! 絶対にしないのだ!」
我輩はにやりとほくそ笑んだ。
絶対に、フォトリベするに決まっているのだ!
家に帰ったら、シャドウの露世と自宅デートなのだ!
フォトリベ大嫌いな我輩が、フォトリベ大好きになった瞬間だった。