不審者 ヨルンside
晶一人称で進んできた話ですが、ここではヨルンsideの視点です。
時系列的には第一章の頭からです。晶視点では意味不明な点が多いので補足。
その日、テオバルトとヘルゲはいつものように宮殿内を見回り、自分たちの直属の上司で王宮騎士団の総責任者である、この国の皇太子であるユーリッツの元へ向かっていた。この日も近衛師団団長・副団長としての責務を終え、何事もなかったことを報告するためである。基本的には近衛師団である二人は、宮殿内、王族の警備を主としているが、城下町での発生した事件や事案、その他国内に駐留する領主や王宮騎士団員からの情報もすべて彼らに報告され、最終的にユーリッツへと伝えられるのだ。
皇太子であるユーリッツは王族でありながら剣の才に優れ、自ら指揮をとり王宮騎士団を纏めている。テオバルトやヘルゲより若いながら上に立つものとしての威厳や良識が備わっている。これも国王陛下の人柄あってこその事と、テオバルトは感じている。
ヨルン国現国王であるレオポルトは、国民を第一に考える良き王である。その身分に奢ることなく、国の繁栄と民の幸せを願う心優しき王だ。そんな国王にテオバルトは忠誠を誓い、近衛師団に入ることを決断した。その王の子である皇太子も、しっかり父親の志を継いでいる。幸せな国に自らは生まれたのだと、テオバルトはそう感じた。
「何考えてんだよ。遠い眼して」
「別になんでもない」
テオバルトが考えに耽っていると、隣を歩いていたヘルゲが話しかけてくる。団長、副団長の関係であり、年の差もある彼らだが、王宮騎士団に入団した時期を同じくした同期であり、公式な場以外では基本的に気安い仲である。
「ふーん、好きな女の事でも考えてたかと思ったぜ」
「そんな者はいない。お前は本当に色恋事が好きだな。貴婦人との茶会ではさぞ話が弾みそうだな」
「馬鹿言いなさんな。貴婦人と茶会を楽しむくらいならさっさと部屋に連れ込むさ」
「…お前な…」
ヘルゲの大胆な発言にテオバルトはこめかみを抑える。その武術の才も人柄も良いところはあるし、戦場では最も信頼の置ける奴ではあるが、どうにも軟派な性格で女と見たらすぐに口説きだす癖がある。
過去に何度も宮中の貴婦人やら年若い侍女に手を出し問題を起こしている。それらをテオバルトがなんとか収めるのが常だ。何度となく注意しているものの一向に直る気配はない。というより直す気がないのか。生粋の女好きにほとほと困っていた。
心から愛する女でも出来れば、こいつも変わるものだろうか…。
女癖以外は基本的に良い奴であるので、無下にもできず、テオバルトはいつも頭を悩ませていた。
二人で長い廊下を歩き、目的の部屋まであと少しというところで、突如不思議な感覚に襲われた。
肌がピリピリし緊張感に襲われる。その感覚は一瞬で消えたが、二人は顔を見合わせ表情を険しくした。
「今の、とんでもねえな」
ヘルゲの言葉にテオバルトも黙って肯定する。
この世界の人間は皆生まれながらに魔力を持ち、その体内で魔力を生成し大なり小なり魔法を使える。二人も同様に魔力を持っているがそれはほんのわずかで、ごく一般的な魔法しか使えない。しかし、少しでもその身に魔力を宿していると、周りの魔力に体が共鳴することがある。
それがたった今起こったのだ。わずかな魔力しか持たない二人でも感じ取ることができる強大な魔力を肌で感じた。この国のどこかでとてつもなく強大な魔法が使われた可能性がある。
「急ぐぞ」
「ああ」
テオバルトの言葉にヘルゲも頷き、二人は目的の部屋へ走って向かった。
扉の前に来るとノックをするが、相手の返事を得ないまま扉を開いた。通常であれば不敬極まりない行動であるが、今は一刻を争う。
「殿下、失礼いたします」
開いた扉の先には、この国の皇太子であり二人の上司のユーリッツが大窓から外の景色を眺めていた。
「お前たちも気づいているな」
「はっ」
先ほどの強大な魔力のことを言っているであろうユーリッツに短く返事をする。
「あれほどの強大な魔力を感じることはほとんどない。だが過去に一度同じことがあった」
「…どういうことでしょうか」
ユーリッツの言葉にテオバルトが問いかける。ユーリッツは外の景色から二人の部下に向き直る。
「“門が開いた”ようだ」
「!?」
ユーリッツの言葉に二人は驚いて顔を見合わせた。
国民であれば誰でも知っている。この国には18年前、ユーリッツの妹である“アリシア”と呼ばれる姫がいた。しかし、まだ1歳にも満たないころ、突如として現れた謎の黒い空間に吸い込まれ行方知れずとなってしまったのだ。国中の魔術師総出であの黒い空間のことを調べたものの、何もわからず手立てもなく、国王達は姫を諦めるしかなかった。その謎の黒い空間のことは暗に、“門”と呼ばれるようになった。それが、開いたという。
「そ、それでは…、姫様が!」
「分からない。強大な魔力を感じたのはほんの一瞬だった。すぐに閉じてしまったらしい。だが、可能性はある。私の、大切なアリシアが、この国に帰ってきているかもしれない」
ユーリッツは拳を握り二人を見つめる。
「父上も今のことは気づいているはずだ。ルネリアンに早急に魔力の発現場所を特定させろ。我らは急いでそちらへ向かうぞ」
「はっ!」
ユーリッツの言葉に二人は返事をし、すぐに部屋を後にした。
王宮専属の魔術師であるルネリアンに、皇太子からの命を告げるとその場所はすぐに探し当てられた。この王都からは早馬でも丸1日かかる場所だ。
「遠いな。それに場所が場所だ。もし魔力の発現場所がテオドア領の森ならば、あそこには獰猛なオオカミが多く生息していて危険だ。それにカルテスとの国境ともそう遠くはない。姫様がいらっしゃるならばすぐに救出に向かわなければ」
テオバルトの言葉にルネリアンはすぐに返答した。
「それならば、砦に駐留している魔術師に私から連絡を取っておきます。そちらから現場に向かった方が早いでしょう。姫様の捜索と安全確保も命じておきます」
「頼む。ヘルゲ、急いで殿下に報告しここを発つ準備をしろ」
「おう」
テオバルトの言葉にヘルゲはすぐさま部屋を後にした。
テオバルトもルネリアンに連絡を頼むと出立の準備のためにその場を離れた。
そしてユーリッツとヘルゲ、少数の近衛師団員を引き連れ、テオドア領の砦へと早馬で丸一日走り続けた。
砦につくなりユーリッツは、砦を任されていた騎士長に取り次ぎ、情報を確認した。どうやら、姫と思しき人物が見つかり、馬車で王宮へと連れられたという。
話を聞いたユーリッツはその場にひざから崩れ落ちた。
「そうか!・・・・いたか、アリシアが!私の可愛い妹姫が!」
まだ姫だと確定したわけではないはずだが、ユーリッツは構わず喜び涙した。すれ違いになった形でその顔を見れなかったことは残念だが、生きていることが分かっただけでたまらなく嬉しかった。
「それではすぐに我らも王宮へ戻る。後はまかせたぞ」
寝ずに丸一に馬を飛ばしてきたにもかかわらず、またすぐさま引き返そうとするユーリッツに、テオバルトが声をかけようとした。さすがに馬を休ませなければ帰るに帰れない。あせるユーリッツをどうやってなだめようかと考えていると、先ほどの騎士長から待ったをかけられる。
「お、お待ちください殿下。もう一つ報告事項がございます」
「…?なんだ」
騎士長の緊迫した面持ちに、ユーリッツが振り返り尋ねる。
「そ、それが、門から現れたのは姫様らしき人物だけではありませんでした」
「なんだと?」
その言葉にユーリッツもその場で話を聞いていたテオバルトとヘルゲも表情を険しくした。
「見たことのない衣服と、聞いたことのない言葉を話す娘がおりました。それにこの国では見かけない風貌をしておりまして」
「魔術師か?」
「分かりません。魔力は全く感じられませんが、得体が知れないので今は地下牢に入れております」
「その者が門を作り出したのか?」
「分かりません。何を聞いても訳の分からない言葉を使うばかりで…。ですが、もしかしたらあの娘が、過去にも同じ手で姫様を攫ったのかもしれません」
騎士長の言葉にたちまちユーリッツの表情が固くなる。大事な大事な妹姫を奪った犯人かもしれないという騎士長の言葉に、忽ち怒りが沸き起こる。しかし、現状ではまだその者が犯人と決まったわけではない。ユーリッツは怒りをどうにか沈め、騎士長に命を出した。
「その者を連れてこい。私が見定める。もしやカルテスのスパイで、ヨルンの姫を亡き者にしようと18年前の事件を企てた可能性がある」
「し、しかし、それは危険では?もし得体のしれない魔術を使ったりしたら…」
騎士長の言葉にテオバルトも同意を告げる。
「あ、なら先にオレが確認しますよ。殿下は一度執務室でお待ちください。先にオレがその者を確認して危険がなさそうであれば殿下の元へお連れします」
「そうだな、それがいい」
ヘルゲが提案すると、それにテオバルトも同意した。ユーリッツも納得し彼は執務室で、彼を護衛するテオバルトも同じ場所へ向かった。ヘルゲは別室に案内され、その不審者が連れてこられるのを待った。
そして10分ほどして連れてこられた者の姿を見て、彼は驚いたのだった。