姉妹
歩に連れてこられた部屋は豪華なもので、置かれたテーブルや椅子は細かい細工が施されている。足元は細かい図柄の織り込まれたこれまた高そうな絨毯が一面に敷かれている。廊下と違ってここには高そうな調度品が何点か飾られている。どうやら応接間のようなところらしい。
私たちに続いてテオバルトさんとルネリアンさんが入ってくる。ヘルゲさんは一緒には来ないで扉の外で待っているようだ。
促されるままに置かれた豪華な椅子に腰かける。テオバルトさんたちは中に入ってきたものの、扉のすぐそばに立ったままだ。少しして王様たちも同じ室内に入ってきた。慌てて立ち上がり、彼らが向かいの椅子に腰かけると、私も座るように促される。
「おねえちゃん、こっちの言葉が分からないみたいだから私が通訳するね。あと、まず簡単なことだけ私から説明しちゃうね」
そう言って歩が話を切り出した。王様たちは黙っている。
「え、う、うん…」
私と違ってなぜか落ち着いている妹に戸惑いながら、黙って話を聞くことにした。
「まず、単刀直入に言うと、私、もともとこの世界の人間だったみたい」
「・・・・・・は?」
あまりに突拍子もない歩の言葉に、思わず素っ頓狂な声が出る。歩は構わず話をつづけた。
「本当はこの国のお姫様だったんだって、私。笑っちゃうよねー。いきなり知らない森に来たと思ったらなんかよく分かんない兵士に取り押さえられちゃって、おねえちゃんと引き離されてさー。一回ここに連れてこられてなんか女の人に体を調べられたら、“まさか、貴方様はあの時のプリンセス”とかなんとか言いだしてさ」
何を言ってるんだこの子は。きっとこんな世界に来てしまって混乱してるのかもしれない。だからよくわからないこと吹き込まれてそのまま信じてしまったんだ。私は自分に言い聞かせ、妹の話す言葉を一度さえぎる。
「ちょっと待って。何言われたのか知らないけど、そんな嘘みたいな話あるわけないでしょ。騙されちゃダメ。だって私たち小さいころからずっと一緒に暮らしてきたじゃない。元の世界にはお父さんもお母さんもいるでしょ?」
私の言葉に少し寂しげな表情をする歩。
「確かにそうなんだけど…。でも、この人たちが言ってること、たぶん信じられることなんだと思うの」
そう言った歩は先ほどまでの語り口とは違い、やけに真剣だった。
「私、ずっと前から気になってた。自分のこの容姿がお父さんにもお母さんにも似てないってこと。純日本人の両親の子なのに、こんなハーフっぽい顔してて、おねえちゃんとも似てないし」
「そ、それは、別に親と似てない子供だって世の中にはたくさんいる…」
「それに、おねえちゃんだって薄々気づいてるでしょ?私の周りで起こる変なことは、この世界と何か関係があったんだって」
「・・・・・・」
歩の言葉に何も言えなかった。歩の言う通りだった。
小さいころから歩の周りで起きてた不可思議な現象と、先ほどルネリアンさんに聞いた“この世界では皆魔法が使える”という話、そして先ほど王様たちと並んで椅子に座っていた妹の姿を見て、再会の喜びとともにこの世界に来てしまった理由がぼんやりと頭に浮かんだ。
妹はこの世界と何らかの関係があるんじゃないかと。だけどまさか、この世界の、この国のお姫様なんて信じられない。だって、ずっと小さいころから一緒で、歩が赤ちゃんの頃だって知っているのだ。父も母も当然のように我が子として歩を育ててきた。歩がまさか私たちと血がつながらない、全く別の世界から来た子なんて、そんな話信じられるはずがない。
「おねえちゃん、私、国王様…私の本当のお父さんと初めて対面して感じたの。なんだかうまく説明できないんだけど、体中の血が熱くなるっていうか、この人は他人じゃないって」
「・・・・」
「はじめは私も、自分がこの国のお姫様って言われても信じなかったよ。でも、小さいころから身の回りに起きてたこととか、なぜかこの人たちの言葉がわかっちゃうこととか、やっぱり納得できる要素がいっぱいあるの。それと…」
そう言って歩は徐に自分のドレスの裾を捲り上げた。突然の行動に慌てふためく私に構わず、そのすらっと伸びた脹脛をさらけ出した。
「ちょ、ちょっと、こんなところでいきなり何やって…!」
「ここ、痣あるでしょ?」
そう言って指し示されたのは、脹脛の外側、くるぶしに近い当たりだ。
「え、ああ・・・」
そこには見慣れた痣がある。歩が赤ちゃんの頃からあるものだ。まるで蝶を思わせるかのような形の痣。歩がモデルの仕事をするのに、毎回ファンデーションで隠していたはずのそれが何だというのか。
「これ、王族にしか出ない痣なんだって」
「へ?」
これまた訳の分からないことを言う妹に驚きの声を上げる。歩が一言王様に声をかけると、王様は自分の手首を見せてくれた。そこには全く同じ形の痣があった。
「ね?この痣は王家の血を引くものにしか現れないらしいの。王妃様…お母さんは王家に嫁いできた貴族の娘らしいから無いみたいだけど、お父さんと、あと私の上にいるお兄さんにはあるみたいよ」
ああ、お姫様だけじゃなく、王子様もいるのか…。なんてどうでもいいことを考えてしまう。もう話についていくので精いっぱいだ。
「――――――――」
「あ…、はい」
私が疲れた顔をして痣を見ていると、王様が口を開いた。それに歩が頷く。
「ここからは国王様がお話ししてくれるってさ、私が通訳するから」
「・・・・うん」
そのあと聞かされた話はこうだった。
なんでも歩がまだ首も座らない頃、王宮の庭園で王妃様と王様と一緒に歩が日向ぼっこをしていたら突然大きな黒い空間が出現し、そこに歩が飲み込まれてしまったそうだ。すぐに歩を引き戻そうとするもどうにもならず、とっさに王様が歩に加護の魔法をかけたまではいいが、その空間はそのまま閉じてしまったらしい。
そうして黒い空間は二度と現れず、古い本を読んだり、高名な魔術師を呼び歩を連れ戻そうと試みるも失敗が続いた。打つ手はなく結局歩は死んだものとされていたらしい。王妃様はあまりのショックに体を壊し、それから数年床に伏せっていたという。そうして18年がたった頃、突然またこの世界にあの黒い空間が出現したらしい。これが私たちがこの世界に来たときのものだ。
王様は急いでその空間が現れた場所に兵士を送り、そこに歩がいないか調べさせたらしい。すると案の定、歩と思しき人物がそこに居て、歩は城に連れ帰り王族の証である痣の有無を確認された。そうして両親との18年ぶりの再会を果たしたという。
私はと言えば、同じく黒い空間から現れた正体不明の怪しいものとして捉えられた。歩を18年前に攫ったのも私なんじゃないかと疑われ、牢屋に閉じ込められていたらしい。
歩は王様にもう一人一緒にいた人間はあっちの世界の“自分の姉”だと説明していた。だけど私の容姿は、どうにも歩の“姉”の年齢には見えなかったことからなかなか牢屋から出してもらえず、歩の懸命な説得によりようやく私はあの牢屋から出されここまで連れてこられた。そして、あの王様に謁見した場所で、歩に確認させ私が本当に歩の言う“姉”かどうか確かめたらしい。そして今に至る。
要するに、歩は元いた世界に戻ってきて、私はそれに巻き添え食って連れてこられたということか。
あまりにショッキングな話の数々に、言葉が出ない。
こんな訳の分からない世界に連れてこられたことよりも、帰る方法が見つからないということよりも、歩と実は本当の姉妹じゃないというほうがショックだった。
「おねえちゃん…」
歩が心配げに私に声をかける。この世界で私が安心できる存在は、この歩だけなのに。この子が実は私の妹じゃなかったなんて。
私はその時どんな顔をしていたのか、歩はつらそうな表情をして私を抱きしめた。
「―――――、――――――――――――」
「あ…、国王様が言ってる。おねえちゃんのことはできる限り元の世界に戻れるように手を尽くすって」
「・・・・」
それって、私は元の世界に戻っても、歩は一緒には帰れないってこと?
いや、そもそも歩はもともとこの世界の人だから、帰るっていう表現はおかしいか。むしろ今いるここが、歩のいるべき場所ってこと?
そう考えていると知らず知らずに涙がこぼれた。それを見て歩がまたつらそうな顔をする。
「おねえちゃん、泣かないで。大丈夫、元の世界に必ず戻れるよ」
「そうじゃない…、そうじゃないの。だって歩は、一緒には帰れないんでしょ?」
「・・・私は…」
私の質問に言葉に詰まる歩。長年一緒に暮らしてきた私たち家族よりも、まだであって間もないこの人たちといることを選ぶというのか。私はそんなことを考えて首を振った。歩にしてみれば、本当にいるべき場所であり、血のつながった両親がここにいるのだ。それでも私は歩に私たちの世界に帰りたいと思ってほしいなんて、勝手なことを考えてしまう。
「私、育ててくれたお父さんとお母さん、おねえちゃんのことすっごい大好きだよ。でも、ここに来て、両親にあって、私はここに居なくちゃならないってそう思えるの」
「歩…」
「なんだか話が突然すぎて、私も分からないことがいっぱいあるけど、私にしか出来ないことがここにはあるの。だから、ごめんね、おねえちゃん。一緒には帰れない」
きっぱりと言って見せる歩は、どこかしっかりとして見えた。
「――――――――――。――――――――――――」
「・・・?」
王妃様が優しく何かを語り掛けてくる。それを聞いて歩がうんうんと、頷いている。
「私のこと、ここまで大切に育ててくれたあっちの世界の両親と、おねえちゃんに本当に感謝しますってさ」
「・・・・うん」
王妃様の言葉に複雑な気持ちになる。
さっき王様から聞いた話によれば、歩を亡くしたと思った王妃様は体を壊して数年間病床生活だったというのだ。失ったと思っていた大切な娘が帰ってきて、今はとても喜んでいるのだろう。それを考えると、妹を私たちの世界に連れ帰りたいという気持ちと、このままこの世界で暮らした方が妹やこの人たちの幸せなのかという考えとで混ぜこぜになって苦しい。
「―――――――――、――――――――――――――――」
「とりあえず、どっちにしろあっちの世界に戻る方法が見つからない限り、おねえちゃんも帰れないわけだし、それまではここで暮らしていかなきゃだからね。あっちの世界での私の大切な家族だから、ここでの暮らしは保証するって言ってる」
もう頭がパンクしそうな中、取り敢えずお礼を言って頭を下げる。それを歩が通訳して安心した様子の王様は笑って見せた。私も笑い返そうとするがうまくいかない。
疲れた、もう何も考えず休みたい。
まだ何か話している歩と王様の会話は、全くなんて言っているのか分からない。もうただの雑音にしか聞こえなかった。
歩が状況を素直に受け入れすぎな件。
ただ、彼女にも理由があるのです。