謁見
馬車に揺られて丸二日、途中、宿で一泊したのち王都と呼ばれる場所にたどり着いた。馬車の中では特に何を話すでもなく、ただ通り過ぎる景色を眺めていた。すごく退屈だった。だけど、王都に近づくにつれ、畑や緑ばかりの景色が、次第に家並に変わり、中心地につくころには活気の溢れるザ・城下町といった景色になった。
この街について確信した。どうやらこの世界の人は基本的に高身長らしい。女性であっても170㎝以上の人がほとんどで、まだ幼さの残る子達でも160㎝程ある。どうりで155㎝の私が子ども扱いされるわけだ。まるでこの世界の人にしてみたら私は小人みたいなものだ。
馬車に揺られて城下町を通り過ぎ、大きな塀と門に阻まれた場所にたどり着く。門の前には何人かの兵士と思しき人がいて、通せんぼしている。数分門の前で止まっていると、馬車は再び動き出し、どうやら門の中へと入っていくようだった。
馬車から降りるよう促されると、そこに広がるのは広大な敷地と、先ほど見たお城よりはるかに大きい、立派なお城があった。それに先ほどの城に比べ華やかさがある。ここが王宮なのかな。そのあまりに美しく立派な佇まいに覆わず口を開けて見上げていると、テオバルトさんに歩き出すように促された。私は彼らに従い、宮殿らしきお城の中に入っていった。
そして、待合室のような部屋で一度待たされると、10分ほどして他の兵士がやってきた。連れられて私たちはまたその部屋を後にする。
廊下を見回して思う。
それにしても造りはかなり立派だけど、やっぱりなんだかどこかシンプルだ。王様がいるってことは王宮なんだろうけど、イメージではもっと壺や絵画などの調度品が飾られ、キラキラの装飾品とかで煌びやかな内装なのかと思っていた。そんなことを考えながら辺りを見回していると、ルネリアンさんに触れられ注意された。
『あまり見回すな。不審、思われる』
『は、はいっ!』
ルネリアンさんの言葉に、私は一度頭巾の位置を直し、顔が隠れるようにした。
そのまま長いこと歩かされ、再奥と思われる部屋に案内された。豪華な扉が開かれ、そこは広い空間と赤い絨毯が広がっていた。その先に続く階段の頂上にはこれまた豪華な椅子が4つほど鎮座している。だけどそこには誰もいない。
私が不思議に思っていると、中に一緒に通されたテオバルトさんらはその場に跪き頭を下げた。私が戸惑っていると、ヘルゲさんが真似をするようジェスチャーしてきた。私もそれに倣う。
そのまま待っていると誰かの声が掛かり、何人かの足音がして止まった。気配から階段の頂上にある椅子に座ったようだ。テオバルトさんらは依然として頭を下げたままだから、気にはなるが私も頭は下げたままだ。
「――――、――――――」
頭の上の方から声が掛かる。その声に、テオバルトさんらが顔を上げた。それに倣って私も続いて見上げる。目の前には豪華な椅子に座る貫禄のある男性と、年輩だけど優しそうで綺麗な女性がいた。
様子からすると、この男性が王様で、その隣の椅子に座る人がお妃様といったところだろうか。どちらの人物も、威厳はあるが雰囲気は優しげだ。
「―――――――、―――――――――――」
王様、らしい人が何か話し出した。ルネリアンさんはすぐさま私の額に触れ、通訳してくれる。
『この方が国王陛下、隣にいらっしゃる、王妃様だ。“この世界、ようこそ、手荒な事をした、詫びる”と仰せだ』
『・・・・はぁ』
どうやら私の情報はもうすでに王様の元へ伝わっていたようだ。私は黙って話を聞く。
「―――――――――――――――、―――――――――――――――――――――――」
『お前の元の世界への戻り方、我らには分からない。ただ、お前この世界で最低限生活できるよう図る、仰ってくださっている』
続けられたルネリアンさんの通訳に、私は一度聞き入れながらも次の瞬間うろたえた。
「そ、それってもう元の世界には戻れないってことですか!」
とっさに日本語で言葉にすると、突然声を荒げた私に周りの兵士たちが帯刀していた剣の柄に手を添える。それを見て私は固まった。
「――――――」
王様は手で兵士の動きを制すそぶりを見せ、言葉をつづけた。
「――――――――――――――――――――――――――、――――――――――」
『“現状で、お前がここに来た方法、分からない。我らも戻る方法、検討する。その間、ここで暮らす他ない”』
『そ、そんな…』
帰る方法が分からない、さらに検討はするが本当に帰る方法が見つかるのかも怪しいその言いぶりに項垂れた。そんな私に王様は優しく声をかけてくれた。
「――――――――――、―――――――――――――――――――――」
『“我ら、このようなこと、初めての経験。お前、さぞ不安だろう。出来る限り、お前が困らぬよう、協力する”』
不安でいっぱいの私に優しく語り掛ける王様。どうやらこの王様はすごく人徳のある人らしい。得体のしれない私にここでの生活を約束してくれているのだ。でも、そんなとんとん拍子に話が上手くいくのもなんだかおかしい。素直に受け入れられない。
しゃべっていいものか分からないので、まずはルネリアンさんに語り掛ける。
『あの、一つ王様に聞いてもいいですか』
『なんだ』
『妹のことです』
私の言葉にルネリアンさんはまたか、という顔をしながらも渋々王様に伝えてくれたようだ。分からない異世界の言葉を私は黙って聞く。ルネリアンさんの言葉に王様は一瞬表情を硬くし、何か思案する様子を見せた後、後ろに控えていた兵士に声をかけた。その兵士が脇の通路から去っていく。
私は黙ってそのやり取りを見て、それから数分もしないうちに一人の女性が連れてこられた。何故かその顔はベールで被われて見えない。
華やかなドレスをまとって、王様たちと同じ階段の頂上に立っていることから王族であることがうかがえる。そして置かれていた椅子の一つに腰かけた。そこまでの様子を見て、私は驚きに目を見開いた。
分かる。全く顔は見えないし、見たこともないドレスを着ていて体型も誤魔化されてしまっているが、あれは間違いない。
歩だ!
「歩!!」
私は感情のままに立ち上がり、彼女に近づこうとすると腕を強くつかまれその場にとどまらされた。テオバルトさんとヘルゲさんが少し焦ったように私を抑えている。王族に突然近寄ろうとした私に、慌てたんだろうけど、私はその手を振りほどいてそれでも近づこうとした。
「あゆみ!あゆみ!」
声をかけそばに駆け寄ろうともがくけど、押さえつける力には到底かなわなかった。
私が名前を繰り返すと、その椅子に座っていた女性は徐に立ち上がり、その顔を覆っていたベールを捲り上げた。その様子に周りの兵士や、テオバルトさんたちも驚く。
「おねえちゃん!?」
そして女性から発せられた言葉は、間違えようもなく聞きなれた声で、聞きなれた単語だった。やはり、間違いなかった。
そこにはドレスを身にまとってまるでお姫様のようになった妹がいた。
その、お姫様のような女性、歩はドレスなど構わず、お姫様らしからぬ急ぎ足で階段を降りると、私に駆け寄ってきて抱き着いた。
私たちの様子を見て驚いたテオバルトさんとヘルゲさんが押さえつけていた手を離す。
「おねえちゃん!おねえちゃん!もー、どこいたの、心配したよー!!!なんか突然わけわかんない世界に来たと思ったら、おねえちゃんいなくなっちゃうんだもん!」
そう言いながら歩は大泣きしながら私を強く抱きしめてくる。同じく私も歩の無事な姿に安心して涙を流した。
「私も…、心配してたんだから。もうっ、よかった…、歩が無事で…」
「うん、うん、うん!」
再会を喜び抱き合っていると、階段の上から声がかけられた。私ははっとして身を固くすると、王様はこちらを見て何事かを話している。
それに気づいた歩は王様を振り返り、言葉を返した。
ん?
どいうこと?
もう頭がいっぱいいっぱいだ。歩がどうして王様と同じ場所に居たのか、こんなドレスを着ているのか、私と一緒に来たはずだったのに離れ離れになってしまったのか、分からないことだらけで、聞きたいことは山ほどある。だけど、その前に…。
「あ、歩。今、なんて?」
「え、おねえちゃん、分かんないの?」
「へ?」
「―――――――、―――――――――」
「―――――――――――――」
戸惑っている私を置いて、王様と妹は会話をつづけた。
どういこと!?なんで妹はこの世界の言葉を話しているの!?
歩は馬鹿ではない、が、別に勉強ができる方でもなかったはずだ。この世界に来てからまだそれほど時間がたっていないはずなのに、彼らの言葉を理解し、話すことなんて出来るはずがない。私が驚いていると、歩は再び私に向き直った。
「おねえちゃん、言葉が分からないの?」
歩の言葉に無言でうなずく。
「うそ!なんでだろう。私は普通に日本語に聞こえるよ?」
いやいや、全然日本語に聞こえませんよ。
「ってことは…、歩ははじめからこの世界の人たちの言葉が分かるの?」
「うん」
さも当然のように言ってのける妹に、私は不安になった。そして、なんとなく今回の騒動の理由が頭に浮かび始めた。
「――――――――、―――――――――――――」
王様がもう一度歩に何かを話しかけ、歩はそれに頷いて見せた。
「取り敢えず、ここじゃあれだから場所変えようって」
「え、え、ちょっと待って。王様と普通に話してるし、さっき歩ってばあそこの椅子に座ってたけど、一体どういう経緯でそんな事になったの?」
「んー…」
歩は少し考えるそぶりを見せるが、すぐにそれもやめた。
「話すと長いから取り敢えず場所変えよ!」
そう言って手を握られ扉の方に向かって歩き出す。そんな私たちの様子にテオバルトさんらも驚いたまま固まってしまっている。
王様たちも立ち上がり、場所を移動するようだった。テオバルトさんらは王様に何か話しかけられ、それに頭を下げ返事をすると私たちの後を追って部屋を出てきた。
そして歩に連れられるままに訪れた部屋は、これまた華やかな部屋だった。
そこで私はとんでもない事実を聞かされることとなる。