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TRIP!  作者: やまと
第一章
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異世界

第1章異世界



 ヘルゲさんとテオバルトさん、それと先ほど私と頭の中で会話をした眼鏡の男性に従い、私は黙って彼らの後を歩いていた。

 廊下は広くて長く、何度も曲がったり階段を上ったりを繰り返した。そして、ほかの部屋とは異なる扉の前で立ち止まった。他の部屋より豪奢な扉なのだ。お城の中といっても簡素な造りの部屋や扉が多いと思っていたが、ここだけは異質だった。

 その扉の前でテオバルトさんが何事かしゃべると、ゆっくりと扉が開かれた。

 そうして中を見ると、床にはフカフカの絨毯が敷き詰められている。

そして、その部屋の中央奥に豪勢な椅子とそこに座る絵画から飛び出したかのような人物が目に入った。

 私がそのまま突っ立っていると、軽く背中を押された。ヘルゲさんが中に入るように促している。私は一瞬竦んだ足をゆっくりと前に踏み出した。

分かる。この人はこのお城の中で一番偉い人だ。この人の一言で、この後私がどうなるのか決められてしまう。

 目の前の豪勢な椅子に座る人物に、恐る恐る目を向ける。そこに座る男性は驚くほどに美しかった。本当に絵画から抜け出たような、通った鼻筋に知性的な瞳、長い睫、流れるような滑らかな肩につくかという長さの金髪、まさに王子様といった風貌だ。私が黙って彼の顔を眺めていると、今度は眼鏡の男性に頭を強く押さえつけられた。頭を下げろということらしい。

やはり間違いなく彼が”一番偉い人”なのだ。

「――――」

 その“王子様”は、話す声も綺麗なようで耳に心地よい。そんなことを考えていると、足音が近づいてきて、突然顎を掴まれ上を向かされた。

 見上げた視界に椅子に座っていた筈の彼が目の前に居て、その綺麗な顔が飛び込む。

「――――、――――?」

「あ、あの…」

 何か私に向かってしゃべっているようだけど、なんて言っているのかさっぱりわからない。それに上を向かされてるけど、相手の身長が高すぎるせいで首が痛い。放してほしい。

「―――」

「――」

 王子様が、眼鏡の男性に何事か話すと、先ほどと同じように彼の指が私のおでこに当てられた。

『このお方、尋ねる。お前、何者』

 やはり頭の中に話しかけられた。片言だけど、聞きなれた言語にひどく安心する。

『私はただの一般人です。急にこの世界に来ちゃって、私も困ってます』

「―――――」

 眼鏡の男性が私の言葉を、王子様に通訳している。王子様は不審げな顔をして首を傾げ、言葉をつづけた。それをまた、眼鏡の男性が私に通訳する。

『お前、カルテスのスパイ、違うか』

「カルテス?」

 突然スパイ容疑をかけられ、思わず言葉が口に出る。王子様の眉間にしわが寄り、その表情が一層険しくなった。私はそれを見て一歩後退る。

 もしかしてどこかのスパイかと思われてて、それで暴行されたり牢屋に入れられたりしてたの?

『答えろ』

『スパイじゃないです!違います!私も何にもわからないんです。なんでここにいるのか・・・』

 眼鏡の男性はおでこから指先を離すと、王子様に向き合い話し始めた。王子様も彼の言葉に何度か頷いて、険しかった表情を緩めた。そしてもう一度私に向き直る。今度はどこか困ったような表情だ。そして徐に私の頭を撫で始めた。

「え…っ!な、なん…」

「―――――――」

 言ってることは分からないけど、同情されているのはなんとなく分かる。どうやら、私が異世界に来てしまったことを信じて憐れんでくれているらしい。でも、どうにもこうやって頭を撫でられていると、まるで子ども扱いされているようでなんだか居心地が悪い。この王子様も他の男性陣同様に身長がすごく高くて、私に合わせて屈んでくれるものだから余計に悪い。

 私が戸惑っていると、再び眼鏡の男性の手が私に触れる。

『疑う、悪かった。お前、言うこと信じる。子ども、暴力振るった。心から詫びる、と仰っている』

 どうやらこの城の最高権力者が、私に暴力を加えたこと(他の兵士みたいな人がやったけど)を上司として謝罪してくれているようだ。もう暴力は振るわれる心配はないようだからそれにはホッとした。

それにしてもだ。この男性の言いようと、王子様のこの態度、さっきはヘルゲさんも私の頭を撫でてたし…、もしかしてこの人たち私のこと未成年だと思ってる?

 訂正しておこうかと思ったけど、すでに眼鏡の男性は側を離れてしまいそれは叶わなかった。王子様も私の頭を撫でるのをやめ、豪奢な椅子へと戻りそこへ腰かけた。そして何事かをテオバルトさんに向かって命令したようで、それに対して彼が短く返事をした。

 そして、テオバルトさんとヘルゲさんが近づいてきて、私は背中を押され軽く頭を下げさせられると、そのまま部屋を出るように促された。


 扉が閉められ眼鏡の男性も一緒に廊下に出る。するとまた額に指があてられる。

『怪我は応急処置した。後で、ちゃんと直す。とりあえず、お前、話、詳しく聞く。別の部屋、行く』

 眼鏡の男性はそう言って歩き出そうとした。同じようにテオバルトさんとヘルゲさんもそれに続いていく。私は彼らの敵ではないと判断されたようで、私のことを詳しく聞くといっている。話を聞いてもらえば元の世界に戻る方法も分かるかもしれない。それに、妹のことも分からないままなのだ。私は黙って彼らの後についていった。

 そして先ほどの王子様の部屋より、もっと簡素な応接間のような場所に連れてこられた。部屋の中を見回していると、ヘルゲさんがソファに座るように促してくれる。それに従い座ると、隣に眼鏡の男性が、横の一人掛けソファにヘルゲさんが、向かいのソファにテオバルトさんが座り込んだ。

 眼鏡の男性が私の額に触ろうとしたとき、私は思い出したように声を出した。その声に男性の手が止まる。

「あ、あの…、私、あきら。アキラ、アキラ」

 自分を指さし何度も名前を繰り返す。

「ヘルゲ、テオバルト」

 同じように、二人を示しながら名前を言う。最後に眼鏡の男性に向き首をかしげて見せる。“あなたの名前を教えてください”の意は果たして伝わっただろうか。男性は一度、面倒くさそうな顔をして、しぶしぶ名前を教えてくれた。

「ルネリアン」

 一言だけ、短く答えてくれた。だけど、聞きなれない言語故に一度でしっかり聞き取れるはずもない。

「ル…レルア?」

「ルネリアン」

 私が困って名前を呼んでみると、ヘルゲさんが言い直してくれた。

「ルレリアン…」

「ルネリアン、ルネリアン」

「ル、ルネリアン」

「――!―――!」

 何度か目に正しい発音ができたようで、ヘルゲさんが親指を立てて笑いかけてくれた。さっきからそうだけど、ヘルゲさんてすごく優しい。何もわからない世界で一人ぼっちで心細い私の気持ちを、理解してくれているように感じてしまう。

 言葉も何も分からない世界だからこそ、相手の名前ひとつわかっただけでも、心が落ち着くのだ。私は改めて眼鏡の男性こと、ルネリアンさんに向き直った。

 彼はまた私の額に指を当てる。

『お前がここに来た、状況、説明しろ』

 そうして私はしばらく彼と頭の中での会話、念話のようなものを行った。基本的にはルネリアンさんの質問に私が答えていく形だ。もともと私がいた世界からどうやってここに来たのか、目的はあるのかなど。私は一つ一つ答えていき、結局どうして、どうやってここに来たのかわからない、ということは相手に伝わったようで、それを聞いたルネリアンさんはとても面倒くさそうな顔をした。

 この人、結構ハッキリした性格なのかもしれない。

『あの、私もこの世界のこととか知りたいんですけど…』

 私がそう伝えると、案の定嫌そうな顔をされた。なんだかんだと面倒くさそうにしながらも、ルネリアンさんは簡単にこの世界のことを説明してくれた。


 この異世界には1つの大陸が7つの国に分かれている。そのうちのヨルン国と呼ばれる国がここらしい。この世界の人々は私と同じ普通の人間らしいけど、北欧とかそのあたりの堀の深い顔をしてる。私のようなアジア系の顔立ちはいないことや、見慣れない服装、聞いたことのない言語を話している私を見て、他国のスパイか何かと怪しんでいたらしい。森の中で発見された私はすぐさま捉えられて、今に至るというわけだ。

 この念話についても聞いてみると、何でも“魔術師なら誰でも出来る”らしい。そこまで聞いて私はあまりにおかしな顔をしていたんだろう、ルネリアンさんに睨まれた。だって私のいた世界では、ちょっとこの人大丈夫かなって心配されるようなことを言うんだもの。

どうやらこの世界では皆魔法が使えるらしい。

 信じられないという顔をしていた私に、ルネリアンさんはそう言った。ただ、一般の人は本当に簡単な魔法しか使えなくて、もともと強大な魔力を持つ人や魔術師として修業を積んだ人だけが、彼のように念話を使ったり他の高等魔術を使えるらしい…、と、念話は相手の思念を読み取るので、言語が違っても多少理解ができるとか、だから片言に聞こえるとか、彼から聞いた言葉をそのまま頭に刷り込む。あまりに現実離れした内容と聞きなれない単語に思考がついていけなくなりそう。とりあえず、ルネリアンさんが“魔術師”であることは分かった。

『お前をスパイとして捕まえた、それしょうがない。ただし、暴力ふるった事、詫びる』

 私がルネリアンさんの説明についていこうと頭を回転させていると、そう言って突然頭を下げられた。すると、それに続いてテオバルトさんとヘルゲさんも同じように頭を下げる。

「え、え、あの」

『お前、子ども。あの騎士、暴力はやりすぎだ。あとで処罰』

 やっぱり。ルネリアンさんの言葉を聞いて納得がいく。先ほどヘルゲさんや王子様が頭を撫でてくれた時の感覚は、どうも子どもをあやしているのに近かった。私は彼らから未成年だと思われている。

『あの、私、もう子供じゃないです』

『・・・?』

『私、もう24歳になります。一応私の世界では成人してます』

 もしかしたらこの世界では24歳はまだ子供に分類されるのかもしれないということを考慮し、彼に伝える。私の言葉を聞いて彼は目を見開いた。

『まさか!お前、24!?信じられない。てっきり14、5かと』

「そ、そこまで驚かなくても…」

 ルネリアンさんの驚きように、私は少しショックを受けた。そんなに私は童顔だろうか。身長で言えば彼らの方がはるかに高いから、そんな彼らに比べれば私はチビに見えるだろうけど、さすがに元いた世界で中学生に間違われることはなかった。まあ、私の世界でもアジア系の面立ちは若く見られやすいから、そう言った理由もあるのかもしれない。

 驚いているルネリアンさんにヘルゲさんが話しかけ、ルネリアンさんは彼に何かを説明している。それを聞いたヘルゲさんと、会話には参加していなかったテオバルトさん二人が、これまた驚いた顔で私を見つめてきた。どうやら私の年齢を二人に教えたらしい。

 そんなに子どもに見えますか…。確かに化粧っ気は全然ないけど。

 ちょっと失礼な態度を取り続ける、三人の注意をそらすべく私はルネリアンさんに尋ねた。

『あの、私この世界に妹ときちゃったんです。妹も一緒に森にいたはずなんですけど、どこにいるんですか?』

 この世界に一緒に飛ばされてきたはずの歩は、あの牢屋にはいなかった。だけど、ここに捉えられる直前まで私たちは一緒にいたのだ。きっと別の場所に捉えられて、まだ身柄を拘束されているのかもしれない。それなら早く助け出さなければ。

 私の言葉に彼は再び眉間にしわを寄せた。

『妹?』

『はい、あゆみっていう名前で、髪が長くて、色白で…』

 私が言い終わらないうちにルネリアンさんは額から指を外した。私の説明を聞く気はないということだろうか。それでは困る、と私はルネリアンさんの手につかまろうとするが、あえなく避けられてしまう。仕方なく再び話しかけられるのを待ち、おとなしくソファに座ると、テオバルトさんとヘルゲさんと話し出した。

 そして、話を終えたルネリアンさんは再び私に触れた。

『あ、妹のこと、分かりますか!?』

『…お前の妹、知らない。そんなことよりも、お前の今後、どうするか』

 そんなことじゃない。大事なことだ。私は彼に何か知っていないかと詰め寄るも、だんまりで何も答える気はないらしい。先ほどの反応を見ると、きっと何か知っているんだろうけど、答える気のない彼に何もできない。

『お前、ここ来た方法。私たちも分からない』

『っていうと…』

『今のところ、帰る手立て、ない』

 ルネリアンさんの言葉に、一気に絶望の文字が頭に浮かぶ。帰れない、妹の居場所も分からない、牢屋に閉じ込められるということはないにしても、この先自分はどうなってしまうのか分からない。その不安でいっぱいになる。

『お前、素性不明。私たち、この世界の簡単なこと、教える。けど、他のこと教えられない。お前を外部に知らせるわけいかない。取り敢えず王都、連れていく。陛下に会わせる』

『・・・・・・・・・・え』

『お前の顔、服装、目立つ。支度させる。ここで待て』

『え、ちょっ、王都って?陛下って?』

 ルネリアンさんは必要事項だけ述べると席を立ち部屋を出ていこうとした。私は慌ててそれについていこうとするが、ソファに座りなおされる。ヘルゲさんが大丈夫というように頭を一撫でして、テオバルトさんとともに部屋を後にした。私は一人、広い部屋に取り残された。

 会うって何?陛下って、王様ってこと?ここは、この国は王制なの?それより私、この先どうなるの。元の世界に帰れるの?歩は、歩は一体どこにいるの。

 頭の中で疑問がいくつも浮かんでぐるぐる回る。どれだけ考えても、少ない情報と混乱する頭ではなにもまとまらない。しばらくそうしていると、部屋の扉がノックされた。

「は、はい!」

「―――――――」

 声がして扉が開かれる。そこには長身の綺麗な女性が立っていた。煌めく金髪に白い肌、クリッとしたアイスブルーの瞳に長い睫が影を作っている。格好からするとどうやらメイドさんのようだ。

「お人形さんみたい…」

「――――」

 何事か告げられ、その人が抱えていた衣服が差し出された。どうやらこれに着替えろということらしい。ルネリアンさんが言ってたように、この世界では私の服装はかなり異質なようだ。

それを取り敢えず受け取ってみるも、それはワンピースタイプのドレスで、よく洋画の歴史ものなんかで出てくる、舞踏会とかに来ていくようなそんなデザインだ。華美なものではなくどちらかというとすごくシンプルなものだけど、まったくそんなドレス来たことない私には着方が分からない。

 私は綺麗なメイドさんにジェスチャーを交えながら、これの着方を教えてほしい旨を伝えた。訝しげな表情をしながらも、どうやら私の意が伝わったらしく、メイドさんは着替えを手伝ってくれた。着替え終わるとメイドさんはそそくさと部屋を出て行ってしまった。それから間髪入れず、ヘルゲさんたちが戻ってきた。

「――――」

 ヘルゲさんが何か話しかけてきて、私の頭の上に頭巾のようなものが被せられる。顎の下でリボンで結ばれ少し顔が隠れた。そして私はまた背を押され、部屋を出るように促される。

 そのまま外に連れ出されると、テオバルトさん、ヘルゲさん、ルネリアンさんとともに用意されていた馬車に乗り込んだ。

 どうやらこれで王都に行くらしい。というか、てっきりここはお城だと思っていたのに、お城じゃなかったということか。それにさっきあった王子様みたいなあの人はここで一番偉い人じゃなかったのか。

 まったく状況が理解できないまま、私は馬車に揺られながら王都と呼ばれるところを目指すことになった。






なかなか話が進まない

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