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TRIP!  作者: やまと
第一章
3/9

異邦人 <2>

 消毒臭い。

 まず初めにそう思った。瞼をゆっくり開けると、目の前に白い天井が見える。

 なんだか同じようなことついさっきも体験した気がする。


 と、ここまで考えて私は飛び起きた。そうだ、さっきまで訳の分からない世界に、夢の中にいたはず。それならここは、現実の世界かも。

 そう思ったのも束の間、体中の痛みが先ほどまでの夢の続きだということを証明してくれた。いや、夢ではない。これが現実なのだ。

 周囲を改めて見回しても、やはり見覚えのない場所。どこか中世ヨーロッパを感じさせる室内、やはり石で出来ている壁。先ほどの部屋と違うのは、ここにベッドがあること。それにさっきの牢屋みたいな場所でなく、簡易ベッドのような場所で寝かされている。それにこの匂いからすると、ここは医務室のような場所なのかもしれない。

 辺りを見回しても私以外に人がいる気配はない。いつの間にか靴は脱がされ、服も見慣れないワンピースのようなものに着せ替えられていた。先ほどまではジーンズに隠れていたその足元をスカートを捲って見てみると、そこは手当てがされたのかガーゼや包帯が巻かれていた。

 さっきの男の人が連れてきてくれたのかな?それなら、あの人は悪い人じゃない?

 ベッドから降りると、カーテンで仕切られたそこから抜け出す。やはり室内を見回せても誰もいない。ペタペタと、冷たい床をはだしで歩き回る。大きな窓から外をのぞき込むと、先ほど“牢屋”から出されたときにとおってきた敷地が一望できた。その敷地の外は広大な森が広がっている。

 日本じゃない。まるで見たことのない景色。異国にしても時代錯誤な格好だ。一体私はどうしてしまったんだろう。


 つい昨日までは普通の日常を送っていたはずなのに。

 会社にいき、自宅へ帰り、月に1度実家に帰り、妹と両親と他愛ない話をして過ごす。そんな平凡な毎日を送っていたはず。

「お父さん、お母さん、歩…。会いたいよ…」

 まるで迷子の子供だ。気分的にはそんな感じだった。訳の分からない場所で、言葉のわからない人たちばかり、覚えのない暴力も振るわれる。なんでこんなことに…。

「いっ…」

そんなことを考えていると、突然頭が痛みだした。そうして、途切れ途切れに頭の中に映像が映る。

「……あゆみ…っ!」

 頭の中で再生された映像に思わず叫んだ。

どうして忘れていたのか。

 何故、自分がここにいるのか思い出した。これは夢じゃない。私はこの世界に飛ばされてきたんだ。まるでおとぎ話みたいな話だけど、これは現実だ。

 突然目の前に合わられた黒い空間に飲み込まれたと思ったら、深い森の中に居た。そこで先ほどの甲胄を着た男たちにとらえられ、気がついたらあの“牢屋”にいたんだ。

それと同時に、そばにいるはずの存在が居ないことが、溜まらなく心配になった。

この世界に来たのは私一人ではない。

 「あゆみ!」

 私と一緒にこの世界に来てしまった大事な妹がいない!

 もしも、さっきの私と同じような目にあっているとしたら…。想像するだけで幻暈がした。幼いころは体が弱くていつも私が面倒を見ていた。こんな訳の分からない世界で困って泣いてるはず。もしかしたらひどい暴力を受けているかもしれない。

 今すぐ私が助けなくちゃ!

 私は部屋を歩き回り、武器になるものを探す。膝が震えるけどそんなことは構っていられない。戸棚を探るけど、一向に武器になりそうなものは出てこない。

 居てもたってもいられず、私は仕方なくその場にあった枕を手に部屋を出ようとドアノブに手をかけた。すると、それは勝手に動いて扉が開かれる。

そして、青ざめた私の目の前には、屈強な男が立っていた。


 助けに行かなきゃいけないのに。

 そう思うのに足がすくんで動けなかった。

 目の前にいるのは、2mは超えているんじゃないかという大男、その人もやはり甲胄を身にまとっている。その顔には幾つかの傷があり、少し眉間にしわが寄っていて威圧感がある。その体つきもさっきの男性に比べて逞しく、私なんて一握りで潰されてしまいそうな体つきだ。蛇に睨まれた蛙のように、その場から動けなくなってしまった私に、ふと聞き覚えのある声がかけられた。

 その目の前の屈強な男性の後ろからひょっこりと覗かせた顔に、私は思わず縋りたくなった。

 「―――?」

 先ほど私にコミュニケーションをとろうとしてくれた男性だ。やはり他の騎士たちとは違いその表情や声音は柔らかく、私を安心させようとしてくれていることがわかった。微笑みながら私に近づいてくるその人に、切羽詰っている私は自分がどういう立場であるのかも分からないままに、駆け寄って懇願した。

「お願いします!妹と会わせてください!妹は無事なんですか!?」

「…!――?―――――」

 その人は突然の私の剣幕に驚いているようだった。もちろん言葉が通じているはずもなく、困ったように首をかしげる。それでも私はなんとか妹に会いたいともう一度伝えるがやはり結果は変わらない。

 私はたまらず男性の横をすり抜け部屋を飛び出そうとした。だけど、もう一人の屈強な男にその腕を掴まれ止められてしまう。

「――――」

 低く太い無機質な声で私に何かを言っているけど、やっぱりわからない。私はその手を振りほどこうとするもびくともしない。そのまま腕を引かれて私は部屋の中に連れ戻されてしまった。そうして扉が閉められる。

 歩…、歩…、無事でいて、お願い。

 散々泣いて目が痛いはずなのに、次から次へと涙が溢れてくる。泣いている私を落ち着かせようと背中を撫でてくれる男性に、抱えていた枕を取り上げられる。そうしてやはり先ほどと同じようにまたジェスチャーを交え、話しかけてきた。

「―ゲ、ヘ・ル・ゲ、ヘルゲ」

 何度も同じ言葉を繰り返しながら自分を指さしている。どうやら自分の名前を繰り返しているようだった。

「へ、ヘルゲ…」

「…っ!――!―――!」

 私が彼の名前を言ってみれば、彼は目を見開き嬉しそうにうなずいて見せた。そうして今度は私を指さし首をかしげる。どうやら私の名前を言えと言っているようだ。

「あ…、あきら、あ・き・ら、あきら」

 ヘルゲさんと同じように自分を指さしながら、ゆっくりと何度か繰り返す。

「アキラ!」

 ヘルゲさんはまた嬉しそうに微笑み、私の頭を撫でた。24歳にもなって頭を撫でられるなんて少し恥ずかしいが、ほんの少しでも意思疎通ができたことがたまらなく嬉しかった。

 そうして今度はもう一人の体格のいい男性を指さしている。男性は変わらず眉間にしわを寄せたままだが、ヘルゲさんは気にした様子はなく名前を繰り返す。

「テオバルト、テオバルト」

「テ…、てばりると?」

「テオバルト」

「テ、オバルト…」

「――――!」

 またも頭を撫でられる。チラリとテオバルトと呼ばれる人を伺うと、鋭い目つきで返され思わず肩をすくめた。それに気づいた様子のヘルゲさんが、優しく背中を撫でて安心させようとしてくれる。

 私はそんなヘルゲさんに、縋りついた。

「ヘルゲさん!お願いがあります。妹の、歩の居場所を教えてください!」

「―…?」

「あゆみ、あゆみ!」

「ア、ユーミ?」

 ヘルゲさんの言葉に大きくうなずく。だけど何のことだが分からないようで困った顔をするだけだ。私は辛抱溜まらずもう一度部屋を出ようとした。だけど、そこで再びテオバルトさんが立ちはだかってそれを邪魔された。

 この人を押しのけて出ていく勇気は私にはなく、結局その場で立ち止まるしかなかった。私は仕方なく引き返し、そして気がついて窓際に駆け寄った。少し下を覗き込めば、窓枠を伝って隣の部屋に行けそうなことに気付く。

「アキラ!」

私は急いで窓を開きその身を乗り出そうとしたところで、大声で名前を呼ばれ体ごと抱えられた。

そうして窓から離され床に下ろされる。私を抱え下ろしたのは怖い顔をしているテオバルトさんだ。その表情に足がすくんで動けない。

「―――、―――――――――!」

 何を言ってるのかは分からないけど、怒っているのは確かだ。逃げ出そうとしたことに腹を立てているのかもしれない。また、さっきの大槍を持った男のように、痛いことをされたらと考え、私は慌ててヘルゲさんに駆け寄ってその背に隠れた。

 その様子を見てヘルゲさんは驚いた表情の後、声を荒げて笑い出した。私はなぜ突然彼が笑い出したのかわからず、それでもテオバルトさんが怖くてそのまま彼にしがみついていた。

「―――っ、ハハハっ…っくくっ」

「―――――、―――――!」

「・・・っく、あっはははは、ひぃー、ひぃー、―――――」

「――――!」

 ヘルゲさんとテオバルトさんは何か言い合っているようで、テオバルトさんは今度はヘルゲさんに対して怒っているようだ。当然笑っていることに関してなんだろうけど。私としてはどうでもいいから早くこの場を離れて妹を探しに行きたかった。

 すると、突然ヘルゲさんが私に向き直って、しがみつく私を自分から離すと扉に向かって歩き出した。

「え?ヘルゲさん…」

 私が不安げに名前を呼ぶと、またにっこり微笑んで扉を開けて出ていこうとした。その様子に私は溜まらず彼の後を追い、その背になびくマントを掴んだ。それを見たヘルゲさんは今度は声を殺しながら笑っている。

 彼が今出て行ってしまったら、私はこの部屋にテオバルトさんと二人きりになる。そんなの怖すぎて耐えられない。

 私はこの部屋から出られない。だからヘルゲさんに出ていかないでほしい。そんな思いで彼を見つめると、彼は笑いながら自分の目じりに浮かぶ涙をふき取り、何事かをテオバルトさんに話しかけている。それにテオバルトさんが一言、二言話しかけ、ヘルゲさんはため息をついて私を見直した。

 そうして通じない言葉をかけ、私の両肩を軽く押しドアから離れさせると、自分はすばやく部屋から出てしまった。

「…!…っヘルゲさん!」

 私は慌ててドアに駆け寄るも、外からカギがかけられてしまったのかドアは開かなかった。

 どうしよう…。ヘルゲさんが行っちゃった。

 私は後ろからの突き刺さる視線が怖く振り向けずにいた。そのままテオバルトさんから離れるように戸棚の陰に隠れる。テオバルトさんは特に何をすることもなく壁に寄りかかり私が逃げないように監視しているようだった。

それからどれくらい時間がたったのか、ヘルゲさんが部屋に戻ってきた。私はすぐにヘルゲさんに駆け寄りその背に隠れる。そんな私の様子に、ヘルゲさんは何かテオバルトさんに尋ねるも、彼は短く答えただけでふたりの会話は終了した。

そうして戻ってきたヘルゲさんに続いて、もう一人、男性が部屋に入ってきた。二人の騎士の格好とは違い、ヨーロッパの貴族のような出で立ちの丸眼鏡をかけた男性だ。長身ではあるものの体つきも二人に比べるとやせ形でひょろりとしている。

その人は私を一瞥すると、テオバルトさんと何度か会話を交わし、そうして私にまた向き合った。

「―――――――?」

「・・・・?」

 やはり何を言われたのかわからない。何も答えない私に、眼鏡の男性は何か考えるしぐさをした後、徐に私の額に人差し指を当てた。私は後退ろうとするが、ヘルゲさんに止められる。心配げに彼を見るけど、彼はにっこり笑って頷く。

 私はヘルゲさんの態度を信じて、黙って従う。すると、突然頭の中に声が響いてきた。

『聞こえる、ないか』

「!!」

 私は驚いて目の前の眼鏡の男性を見上げた。頭の中に声が聞こえることも驚いたけど、その声が何を言っているのかが分かるのだ。日本語だ!

「き、聞こえる!」

 声を荒げる私に男性は黙ったままだ。その代り、もう一度頭の中に声が響く。

『声を出す、ない。頭しゃべる。それは、私わかる』

 どうやら、頭の中で喋れば、彼に通じるといっているらしい。だけど頭の中で喋るなんてどうすればいいのかわからない。取り敢えず、口に出さずに言いたいことを心の中で唱えてみる。

『わたし、妹を探しています』

『妹?』

 通じた!私の考えたことが、彼に伝わっているようだ。

やっと言葉が通じる人に出会えた。嬉しくて今にも飛び跳ねたくなる。私はこらえていくつもの言葉を思い浮かべる。

『私は別の世界からここに来ました。妹も一緒でした。どこにいますか』

『…別の世界…』

 男性はそれきり黙ってしまい、額から手を放してしまった。会話は終了ということだろうか。私は慌てて男性に駆け寄り、妹の居場所を聞き出そうとしたが、彼はもう私には見向きもしてくれずテオバルトさんと話している。

途端に言葉は通じなくなってしまった。

 結局聞きたいことは何も聞けていない。ここはどこなのか、妹はどこにいるのか。

 そんな私の様子にヘルゲさんが頭を優しくなでて慰めてくれている。


 話を終えたのか、眼鏡の男性とテオバルトさんは私に近づいてくると、表情を険しくした。そんな彼らの様子に、私は心の中で妹に謝った。

 

ごめんね。お姉ちゃん、助けに行けないかもしれない。





次は少し時系列が遡ります。

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