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TRIP!  作者: やまと
第一章
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異邦人

 頭ははっきりしてるのに、なんだか瞼が重くてなかなか目が開かない。それに体も重い気がする。

 あれ、わたし寝てたんだっけ?でも、布団の感じがしない。むしろ背中がごつごつして痛いような。それに冷たい。少し饐えたような匂いもする。

 おかしい。ここは私の部屋じゃない。それならここは一体どこ?私なんで寝てるの?

 起きなきゃ…。







TRIP!








第1章 異邦人



 重い瞼を無理やりこじ開けると、見慣れない天井に瞬きを繰り返した。はじめはぼやけていた視界も徐々にハッキリしてくる。

 石…――

 視界にうつる天井を見て、率直な感想が頭に浮かんだ。

どう見ても天井は石で出来ており、自分の部屋とは似ても似つかない。状況を把握するために周囲を見回そうと体を起こす。

すると突如走った背中の痛みに思わず体を固くした。背中だけではない、背中の痛みに体を丸めると、四肢にも痛みが走る。私は慌てて履いていたジーンズを捲り上げるとその下にできている切り傷やら打ち身と思われる痣を見て驚いた。

 全く身に覚えがない傷が体に出来ている。この様子だと背中の痛みも同じような傷だろう。混乱する頭はそのままに周囲を見回した。

 周りの壁も天井同様に石で出来ている。石を積み上げて作られたもので、お城のお堀の石垣を思わせる。こんな場所身に覚えはない。よくファンタジーの映画とか、西洋の昔のお城であるような造りだ。

訳が分からない状況に少しでも情報を得ようとさらに周囲を見回す。薄暗い部屋の中で光源となっている明かりが差し込む方を振り返り血の気が引いた。

そこには、明かりは差し込むものの人の出入りをしっかりと防いでいる鉄格子があった。

「な、なにこれ…」

そこはどう見ても牢屋と呼ばれるもので、今まさに自分はそこにいるのだ。よろよろと立ち上がりながら格子に歩み寄る。無駄とわかってはいるものの、一応格子を掴み揺すってみた。案の定びくともしない。

「ゆめ?私寝ぼけてるのかな」

あまりに現実離れした状況に、ふと思い浮かぶ。以前も現実だと思い込んでいた世界を、目が覚めてそれが夢だったと気づいたことがあった。その可能性が高い。

大きく脈打つ心臓を落ち着かせながら、そう納得した。体の痛みや肌で感じる床の石や格子の冷たさは嫌にリアルだけど、これらもきっと全て夢なのだ。

ただ、いくら夢だとはいってもこのままの状況でいるわけにもいかない。格子の脇に小さく作られた扉に触れる。取っ手を掴み、左右前後に動かしてみるがもちろん動かない。

「鍵がかかってる…。夢のくせに融通きかないのかな」

呟いていると明かりの洩れる通路から人の気配がした。夢だと思ってはいても、しらずに体に力が入る。明かりに照らされた人影が見え、それが徐々に近づいてきていた。

私は格子から手を放すと、そのまま静かに後ずさり奥の壁際に背をつけた。

やがて足音がすぐ傍までやってくると、明かりに照らされた人が現れた。その人物を見て思わず息をのむ。

大きい…。

格子の前で立ち止まった人物は、2mはあろうかという大男だった。それに、男の格好はどう見ても甲胄を着込んだ騎士。その手には立派な大槍まで握られている。まるで中世ヨーロッパの世界に迷い込んでしまったかのような感覚になる。男の表情は逆光で暗くてよく見えない。

これは夢、夢、夢…。

先ほどより早く脈打つ心臓を落ち着けるように頭の中で同じ言葉を繰り返す。私はただその目の前に立つ人物から目を離せず立ち尽くした。

 すると何もできず固まっている私に目の前の人物から声が発せられた。

「――――。―――――」

「・・・・・・・・・え」

 男の言葉に私の頭は真っ白になった。

 分からないのだ。目の前の男が話している言葉は、全く聞いたことのない言語だった。だけどその口調から男が怒っているような雰囲気はうかがえた。混乱する頭でその雰囲気を感じ取り、思わず涙が出そうになった。

 大槍を持った大男から自分は怒られている。いくら夢だとは言っても、全くわけのわからない状況で、痛む体で、こんな牢屋のような場所に居て、大男から怒られているともなれば泣きたくもなる。

 だけどこのままではきっと夢は覚めそうにない。何か行動を起こさなければ。

私はそう思い恐る恐る口を開いた。

「あ、あ、あの、わたしなんで此処にいるんですか?あなたはどちら様ですか、あと、ここは何処ですか?」

 声がふるえ、途中裏返ったりしながらも、質問をいくつか繰り出すと男の反応を待った。すると男は徐に手に持った槍を地面に振り下ろした。カンッと石の床を叩く音が空間に響き渡る。それに続いて男の怒号が響く。

「――――!!―――、――――!」

「っ、や、やだ。な、なに!?」

 男は怒鳴りながら扉の鍵を開けると槍を持ったまま中に侵入してきた。私は慌てて男から離れるために部屋の隅へと逃げる。だけど男は構わず、追い詰め私の両腕をひねりあげた。

「い、痛い!やだっ…、はなして!」

 あまりの痛さに脂汗が噴き出る。頬を涙が幾筋も伝う。男は構うことなくその両腕に何重にもロープを巻き付け縛り上げた。胴体にもそのロープを巻き付けられ、その余った紐を持ち手に、私の体を引きずりながら牢屋のような部屋から出た。

「―――、―――!」

 すぐ目の前に並ぶと、廊下の明かりで男の表情がよく見える。相変わらず男は怒っているようで、その表情は険しく私を睨み付けている。その横に視線をずらせば明かりに照らされ光る大槍が目に入る。叫びたい気持ちとは裏腹に、喉は震えて鳴くことはできなかった。

どこかに連れて行こうとしているらしく、体に巻かれたロープを強く引かれ、その痛みに顔を歪めながら私は黙ってついていった。


 薄暗い廊下の両脇には先ほど自分がいたような造りの、まさに“牢屋”と呼ぶのがしっくりくるだろう部屋がいくつもあった。そのまま目の前に現れた階段の前に、今自分を引いている男と同じような騎士の格好をした男二人が立っていた。出入り口を監視しているような二人に、男が声をかけ間を通り抜けて行った。私を引く男同様にこの二人も異様に身長が高い。震える足でなんとか階段を上りきると、生暖かい風が頬を撫でて、先ほどの薄暗さに慣れた目がまぶしいと感じる。外に出たようだった。

まぶしさで一瞬閉じた目を開くと、目の前に合わられた光景にこの日何度目か分からない驚きと戸惑いを覚えた。

 眼前に広がるのはまさにヨーロッパのお城と言えるような大きな建物だった。そうして庭と呼ぶのか、広い敷地内には騎士の格好をした男たちが幾人もおり、それぞれ警備を任されているのか、点在して直立しあたりを見回している。

 驚き固まっている私を、男はロープで強く引き歩き出すように促した。それに従い、そのまま城の入り口と思われる大きな扉の前に立たされた。門兵と思われる騎士に男が一言二言話しかけると、扉は開かれその中に連れていかれた。


 中に入ってみると、外観は城かと思ったが、内装は華美なものは一切なく、造りは立派であるものの殺風景なものだった。中にも同様の騎士たちが点在しており、甲胄をつけていない格好の男たちもいる。

 ここでも私は夢だと言い聞かせていた。

 いや、本当は先ほど腕をひねりあげられた時の痛みの感覚から、夢だという可能性は限りなく低いと思ったけど、そうでも思わないとこのまま気絶してしまいそうだった。

 いくら夢だとしても、ここまでリアルなお城をイメージすることなんてできない。テレビやインターネット等から無意識のうちに自分の中に、こういう映像が刷り込まれていたかもしれないけど、あまりにリアルでしっかりとした感覚がある。それでも、夢ではないとは思いたくなかった。


 いくつもの階段を上り、幾度か廊下をまがったところで一つの大きな扉の前に立たされた。男が声をかけると、扉が開かれ目の前にある大きな執務用と思われる机が目に入った。

 そのまま男に引かれ、それに従い続くが、徐にそのまま床に突き飛ばされた。

「ひゃっ!」

 顔からつんのめりそうになり、とっさに体をひねったせいで肩を強く打ち付けた。あまりの痛みにその場に蹲りこらえていると、その背を強く踏みつけられ、一瞬息ができなくなる。

「―――、――――?」

 男は私を踏みつけながら、何事かを叫んでいる。この部屋には別にもう一人男がいたらしく、私の目の前にその足が見える。私を踏みつけている男に何か話しかけている。

「―――、――――、―――――――」

「…。―――、――――?」

「―――、―――――」

「――――――――、――――――」

「――――――――――」

 幾度か言葉を交わすと、私を踏みつけていた男は一度強く私を踏みつけ、その足を退けると部屋を去って行った。扉のしまる音を聞いて、私はまた身を固くした。目の前に見える足。どうやらこの男も甲胄を着ている様子だ。当然騎士のはず。

 さっきの男の私に対する仕打ちを考えれば、この男からも同様の制裁が、もしかしたらもっと酷いことをされるかもしれない。ご、拷問とか…。

 こわい、こわい、こわい、助けて、夢なら早く覚めて!

 床に伏せったまま動かずにいると、目の前の足が動いた。膝を曲げしゃがみこんだ様子に、私は思わず目を瞑った。少し上を除けば、その顔が見えてしまう。どんな怖い顔をしてるか分からない。身に覚えのない傷も、痣も、きっとさっきの男やこの騎士のような男たちにやられたもののはずだ。

 また自分が何か言葉を発すれば、痛いことをされるかもしれない。

 私が身を固くし、震えていると、思いのほかやわらかい声音が聞こえた。

「―――――?」

 相変わらず何の言葉を言ってるのかは分からないけど、あまりに優しい声に思わずその声の主を見上げた。

 そこにはさっきの男と同じ格好をしているけど、表情は穏やかな男が私を見下ろしていた。その顔は、この騎士の格好やお城にピッタリな北欧人と思しき造形だ。言葉が通じないはずである。

その男は私の顔見て一瞬驚いた表情をした後に、なんだか面白そうに私の頬をつつきだした。

「―――!っハハハ!」

 どうやら笑われているらしいことはわかった。あまりに私の顔が面白いのかそのまま数分男はニヤニヤと私の顔を眺めまわした。その間、私はロープで縛りあげられ、伏せったままだ。一通り眺めて満足したのか男は一度ため息をつくと、私の腕を引っ張り上げその場に立たせた。立たされ初めて気がついたけど、この男もやっぱり大きい。

「…っ!?」

 私が驚いて後退ると、男はにっこりと微笑みながら近づいてくる。また突き飛ばされて踏みつけられるのか、はたまた殴られるのか、もう私の頭の中は暴力から逃げることしか思い浮かばなかった。もつれる足で男に背を向け、広い部屋の中を走り部屋の隅に逃げる。そんなことをしても、逃げ場などないので無駄なことだとは分かっているのに。

 男が近づいて来れば、私は別の場所へ逃げ、また男がこちらに近づいては私が逃げる。そんな堂々巡りを男は楽しんでいるのか、私を追いかけるのにその足はすごくゆっくりで、まるで楽しんでいるかのようだ。

 心身ともに疲れ果てた私は、部屋の隅に逃げるとそこに蹲って諦めた。体の何処も彼処も痛い。それに緊張しすぎてすごく疲れた。

 もうどうにでもなればいい。そう思ったそばから、なんで自分がこんな目にあっているのかわからず、悔しくて涙があふれ出た。

 甲胄のカシャン、カシャンと擦れる音が近づき、男が私の目の前で止まった。そうして先ほどと同じように腕を引かれ立たされる。もう私は逃げようとはせずに、黙って従った。

 男が一歩近づき、私はいよいよ覚悟を決め、強く目を瞑る。

 だけどいつになっても体に痛みは加えられず、きつく縛り上げられていた胴体と腕のロープが解かれてた。

「…どうして?」

 男の行動に私が驚いて尋ねると、目の前の男は何かに驚いたような表情をした後、困った顔をした。

「―――、―――――」

 独り言のようだが、何かに困っている様子だった。私の方が、現状が分からず困っているというのに。男は少し考え込んで短い言葉でジェスチャーを交えながらしゃべりだした。

「―――」

「・・・?」

「―――、っ?」

 ジェスチャーに加え、一語ずつ区切ってはくれているのだけど、やっぱり全く分からない。私が困った表情をしていると、また男は悩み始めた。その様子に私は少し緊張の糸を解いた。どうやら先ほどの槍を持った男とは違い、この人は私とコミュニケーションをとろうとしてくれている。ロープもほどいてくれたし、乱暴をする様子もない。

 少しは、安心できるかな…。

 そう思ったとたん、一期に体の力が抜け、私は立っていられなくなりその場に倒れこんだ。悩んでいた男が驚いて私に駆け寄って声をかけているようだけど、それもだんだん遠くで聞こえるようになり、そこで私は意識を手放した。



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