腐ったりんごジュース
ごめんなさい。全く意味のない小説です。
「飲める?」
「飲めない」
「どうして?」
「だって腐ってるもの!」
姉が眼前に突き出してきたコップを、私は頑なに拒絶している。
中身は腐ったりんごジュース。
発酵してどろどろの固体化現象が進行中。
なお、発酵のしすぎで逆に香は良くなっている所存であります、隊長殿!
野性味溢れる迷彩色の衣服を着用した、軍総司令部の隊長に敬礼を捧げる映画のワンシーンを脳内作成し終える前に、姉が現実へと引き戻してくれた。
「でも、こうすればどうかな?」
姉は冷凍庫を勢いよく開けて、中から氷を3個鷲掴み。
大胆にもグラスにポイっポイっポイっしてやがるぜ。
「さあ、飲みんしゃい」
「飲めない。てか、冷えただけじゃん」
冷静な私。冷たい反応。浮かべた冷笑。
「それでは、こんなのはどう?」
次に、姉が手にかけたのは冷蔵庫の取っ手である。
勢いよく戸を開け、側面の整理棚に無造作に置かれた飲みかけのペットボトルに手をかける。
私は、覚えている。
あれは昨日、父さんがポンジュースと間違えて買って帰ってきたやつだ。
果汁わずか3パーセント。
「そぅれー、みっくす!!!」
言って姉は、ペットボトルを真っ逆さまにして、中身を流し込む。
この時点で、ジュースの色は黄土色。なんと。角度を変えれば、泥水にも見えるね。
「いっき、一気!!!」
「飲めない。混ぜただけじゃん」
むしろ、グロテスクが増しているよ、マイシスター。
悲しいかな、描写が追い付かないよ。
「ここで、逆転発想!!! ジュースの方、温めますか?」
言と動を同時並行で行う姉は積極的ねー。
そこは見習うところかもぉ。
でも、時と場合を考えて。
ほぅら、チーンとか唸ってないで、レンジもなんとか言いなさーい。
「出来たぞ、ホット。さぁ、あったかいうちに」
「飲めない。猫舌だよ、私」
裏目、そう裏目に出ている。
これまで、彼女が取ってきた手段は法に則っているがために、限界があるのよ、どうしても。
「さー、ここでクイズです」
「姉上、いきなりぶっ飛んでしまいましたよ。何がなんだかさっぱりです」
「第一問、私が持っているコップの大きさはどれくらいでしょう? わかりやすく描写しなさい!!!」
「そんな無理だよ、触れたら駄目な部分だもん、そこは」
「続いて、第二問」
「ねぇ、正解は? さっきの正解は?」
「私とあんた。キャラが壊れているのはどっちでしょう?」
「これって、私が判断してもいいの?」
もちろん、そんなことは認められていない。
だから、判断はこの仲良し姉妹のやり取りを目撃してくださった第三者の冷静な判断を仰がなければならない。
そう、たとえば、読者さん、とかね。
ちなみに、私は姉の時雨。
腰まで伸びる優雅な黒髪で、猫のような鋭い眼。
剣道三段のちょっぴり強気な女の子。
スタイル抜群、容姿端麗ってみんなから言われてるけど、本当のところはわかんない、や。
――恋かぁ、してみたいなぁ。
「なに、地の文を乗っ取ってんのよ、お姉ちゃん! しかも厚かましく、アピールしてるし、この卑怯者。あっ、私は結兎、よろしくね。お金ならたくさん持ってるから、遊ぶ金くらいは出してあげるよ。君はいくら欲しい? あっ、ごめん。単位は億から始めて、ね」
「……この、金の亡者め」
「へーんだ。お姉ちゃんの真似しただけですよーだ」
……………アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハhhhhhhhhhhhhh。
「やっぱり、私達って――」
「――似たもの姉妹だね」
太陽が頂に達し、全ての大地に対して平等に照りつけるとき、二人がいた台所は、優しい黄金色に包まれていた。
その中心には、姉妹の笑顔と腐ったりんごジュース。
先に予告した読者投票の敗者は、それを飲み干さなければならないのだが、それまで、しばし憩いの時を二人は笑って過ごしていた。