プロローグ
──我が身が朽ちようとも、我を賭して刃を刻め
それが祖父である野崎土愚馬の言い付けであり、格言だった。
僕はそれを意味として理解せず、十年以上の月日を過ごした。
だが、祖父の最期を遂げる日に思い知ったのだ。
業火の如く打ち振るえ、洪水の如く大地を包み、疾風の如く駆け抜け、荒土の如く雄大で凄まじい。そんな人だと記憶している。
そんな彼は笑顔を見せ、この世を去った。
一冊のエロ本を両手に抱いて。
「……。──んなわけあるかっ」
祖父の残したそのエロ本一冊を地面に叩きつけて一言吐く。それは男性一人に女性多数というハーレムものだった。
そんなものを後生大事にしていたのか。なんでもっといろいろと教えてくれなかったんだ……格闘術を。
祖父は様々な格闘術を極めたカリスマ武闘師だった。
なのに……あんなエロ本なんかに……。
「じぃちゃんの、バッキャロオオオォォォォオオーーーーッ!!」
展望台、木でできた手すりを叩きつけて嘆く。
あえて遺言は遺すことなかった祖父は、エロ本なんかに笑顔を作って逝ったのだ。
孫として、こんなに不覚なことはあるか。
なんでエロ本なんだ……まだ武闘に関しての書物だったなら、様になっていたはずだ。
「エロ本なんて様になんねーよ……バカやろ……っ」
「──見つけた」
「……あ?」
涙目になりながら背後から聞こえた声に振り向くと、そこには私立校だと思われる制服を着た、ライトグリーン色の短髪をした女の子が立っていた。
「シミュレーション・スタンバイ」
何か言い始めて首にぶら下げていたネックレスを左手、胸ポケットから取り出したネックレスを右手に持った。
「オペレーションドグマ・スタート」
何か聞き覚えのある単語を言った気がしたのは気のせいか、両のペンダントを手首だけ使って回転させる。
なんだろうか。最近どこにでも居る、“中二病”なのだろうか。
「アークファクト・レディーズ」
わけがわからない。
なんなのだろうか、この子は。
何がしたいのか、わからない。
「……は?」
光ってる?
ペンダントが螺旋に渦巻いて水色と黄色に輝き、女の子の足元に意味不明な文字が羅列した円状の……所謂魔法陣みたいなものが徐々に大きくなって目測半径1メートル弱にまで広がった。
「嘘……だろ…?」
段々と意識が薄れてゆく中、中二病な彼女の行動は曖昧なものに見えて夢を見てる感覚になる。
全身関節技を決められ、その次の日筋肉痛になったこと。
傷はできないけれど、痛みだけは骨折程度に痛む業をキメられたこと。
特訓と表して、高いアイスを買いにパシらされたこと。
技を極める目標という名のエロ本狩りに丸1日付き合わされたこと。
道場破りの服を逆に破いてM男にしてしまったこと。
キャバクラに行っていたことがバレて門下生(僕)にはやし立てられて逆ギレ起こして腹パンしてきたこと。
そんな思い出が……どーでもいいけど、忘れたくない思い出が走馬灯のように脳内を駆け巡る。
「……これで、いいんですよね。──せんせい」
そんな言葉を最後に耳にして、体が崩れながら視界がブラックアウトした。