王子
また先に活動報告を(笑
神暦289年、8月17日、午前11時、正門前。
「わたくし、今回ミア大尉のお世話を致します。
セシリア・オールストン少尉です。」
オルガが言っていた二人のうちの一人だ。
青い眼と青っぽい髪に三つ編み、そしてメガネ、いかにも真面目そうな雰囲気を醸し出していた。オルガに聞いた所、年は22歳だそうだ。
「よろしく。もう一人は?」
「アルサラムで合流する予定です。現在彼は任務中ですので。」
「そう。」
ミアはその言葉に納得する。
そこに、ガラガラと音を立てながら、一つの馬車がやってくる。豪奢な装飾が施された眩しい馬車だ。ドアも付いている。
馬車の音が二人の前で停まる。
荷台に乗っていた従者がドアの所まで行き、恭しく扉を開ける。
中から出てきたのは、明らかに10歳よりも下であろう少年だった。
「頭を下げい。」
その言葉に、セシリアは慌てて頭を下げる。ミアはその言葉に唖然としている。
「我を誰と心得る、はよ頭を下げい。」
少年は唖然としているミアにもう一度同じことを言う。
ミアはその言葉に、慌てて頭を下げる。
といっても、ミアは相手がどのような人物か、全く分からなかった。
当然、セシリアの方は誰か分かっている。
「我はバルトルト・フォウ・アルテアートじゃ。
二人共、護衛を頼むぞ?」
「「はっ。」」
アルテアートとは、アルテア王国の王族の名前だ。だが、王族は八年前、確かに全員が死んだはずだ。仮に生きていたとしても、ミアにとってはそれはありえないことだった。
ミアは動揺を隠し、うまく返事をした。
バルトルトの脇には御守り役であろう老人が立っている。
「殿下のお世話させてもらっています。アーデルベルト・バルヒェットと申します。」
黒いスーツに白髪、いかにもな格好だった。
「馬車へお乗り下さい。すぐに出発いたしますので。」
従者が二人へ馬車に乗るよう促す。
「うむ、我と同席できるとは、光栄なことと思え。」
バルトルトは胸を張りながら馬車の中に戻っていく。
ミアとセシリア、アーデルベルトはその後に続いた。
馬車の中は外よりも質素だった。だが派手であるのには変わりはない。
「大尉、これからの予定をご説明いたします。」
セシリアは唐突に言い出す。
「予定って、アルサラムに行って帰ってくるだけではないの?」
「我々の目的は王子の国内外の視察の護衛です。
アルサラムまでの道のりで、いくつかの街に寄ります。
そのため、アルサラムまでは一、二週間程の予定です。」
これは本当に面倒くさそうだなあと、ミアは思う。
「その後、アルサラムに一週間滞在し、ホルンへと向かう予定です。」
「我と行動できるなど、お主らは幸運じゃのう。」
ミアにとって、幸運かどうかも、時間についても、二の次だった。
もしこのバルトルトという少年が本当に王子なら、ミアの目的が何歩か進む可能性がある。
「はい、王子のために、精一杯頑張らさせていただきます。」
目的のためとはいえ、バルトルトは一国の王子だ。面倒くさいとは思っていても、ミアは与えられた仕事はきちんとする主義なのだ。
ミアは心を切り替え緊張感持ち、任務を行うことを決意した。
「お主等、名は何という?」
「ミア・クラウゼス大尉ですです。」
「セシリア・オールストン少尉です。」
まだ名を名乗っていたなかった二人はバルトルトの言葉に答える。
「失礼ですが、一つお聞きしたいことがあります。」
ミアは真剣な眼差しでバルトルトのことを見つめる。
「許す。申せ。」
「バルトルト様は、自分のお父上の事を御存知ですか?」
「大尉?」
セシリアはミアの言葉を疑問に思ったようだ。だがミアはそれを無視する。
「父のことは知らぬ。会ったことすらない。
宰相は家族は皆事故で死んだと言っておった。」
「そうですか。」
ミアはあろうことなら出生のことを聞ことしたが、この様子なら知らなさそうだと思い、口を閉じる。
「大尉、何故そのようなことを?」
「少し気になっただけよ。気にしなくてもいいわ。」
だが、その後もミアは何かを考えこむようにして俯いている。
「見えてきましたよ。」
そうしている間に、従者が最初の街が見えたことを伝える。
「おお、ようやくか。」
バルトルトはよろこぶようにして、目を輝かせて小窓から前を覗きこむ。
「おお、凄いのお、他の街はこんな風になっておるのか。」
先程からだいぶ大人びたように感じていたが、やはり子供なのだなとミアは思った。
「ようこそ。炭鉱街バルドへ。」という大きな看板が門の隣に立っている。
王国唯一の炭鉱都市だ。
「私達のこと、しっかりと見守っていて下さい。」
「了解しました。大尉行きましょう。」
「ええ。」
ミアは宿(街で一番大きいやつだ)の受付を済ませると、すぐにセシリアたちの側に行く。
そしてアーデルベルトの言葉とともに宿の外へと出た。
お昼時ということもあってつなぎを着た男たちが通りを闊歩している。
通りにある酒場を軽く覗くと、どこも殆どの席が埋まっているように見えた。
「あれは何じゃ?」
バルトルトは通りの目立たない所、一つの路地を指さす。
そこには、布切れ一枚しか身に纏っていないバルトルトと同じ年くらいの子供が暗い顔で座っている。
「あれは浮浪者ですな。」
「浮浪者?」
「はい。税金を払わない非国民です。」
「何故払わないのじゃ?」
「それは・・・。」
「彼らにはお金が無いんですよ。」
バルトルトの質問に言い淀んだアーデルベルトの代わりにミアが答える。
アーデルベルトにとっては、あまりこの国の闇というものを知られたくはなかったのだ。
「少し話をしても良いかのう。」
「はい。なにかあれば、私がお守りしますから。」
「ミア殿、あまり勝手なことは・・・。」
「責任は私が取ります。」
ミアはアーデルベルトに続きを言わせないよう、力づくで話を通した。
「大尉。子供に暴力を振るわないでくださいね。」
「そこまで大人げないことはしないわ。」
セシリアの言葉にミアは苦笑する。
「行くぞ。ミア。」
「はい。」
バルトルトの隣にミアが並び歩く。
「二人だけでは危険ですぞ。」
その後にアーデルベルトとセシリアが続く。
「一体何をしておるのじゃ?」
路地の所で、先ほど見ていた子供に話しかける。
アーデルベルトとセシリアは通りの方から路地の方を覗いていた。
「何?貴族?」
だがその子供は質問に質問を重ねる。
「ん、我か?
何を隠そう、我は・・・。」
「バルトルト・クラウゼス。私の子供ですよ。
殿下、あまりご自分の名は口になされぬよう。」
バルトルトの言葉を無理やり打ち切り、代わりにミアが答える。
そして直ぐ様バルトルトに耳打ちする。
「ん?うむ、分かった。
お主、名はなんという。」
疑問には思ったようだが、素直にミアの言うことを聞く。守られている、という自覚があるからだ。
「・・・。」
「どうした?」
バルトルトの言葉にだんまりを決め込む。
ミアにとってはそうでもなかったが、それは一瞬の隙だった。
バルトルトが子供に一歩踏み出した瞬間、子供は急に立ち上がり、バルトルトの方へ走る。
ぶつかった瞬間反転、路地の深い所へと逃げていったのだ。
バルトルトは反動でその場に倒れこむ。だが地面に付く前に、ミアがバルトルトを支えた。
「ぶ、無礼者!」
「セシリア!彼を頼みます!」
「え?た、大尉は?」
「子供を追います。」
バルトルトの言葉が宙を舞う中、ミアはセシリアにバルトルトを任せ、子供を追いかけて行く。
「すぐ戻ってきますから!」
ミアはそう言うと、路地の闇の中に消えていった。