帰還
一話前半と後半を統合しました。
雲一つなく、太陽がさんさんと照りつけている中、舗装された地面をガラガラと音をたてながら進む馬車がある。客は一人だ。
「今日は熱いなあ・・・。」
馬車に乗っている客の女性が呟いた。
腰まで届く黒い髪、綺麗に澄んだアイスブルーの瞳、可愛いと言えば可愛いし、美しいと言えば美しい顔。
心底もてるであろう顔をしていた。
「あと少しのでホルンに着きますよ。それまでの辛抱です。」
誰に言ったでもない独り言に荷台の男は笑った。
アルテア王国の首都、ホルン。
水の名産地で水の都と呼ばれるその場所は夏であっても涼しい。
それは街中に張り巡らされた水路の水が、魔法機械によって常に冷やされているからだ。
「ホルンの水飲みたいなあ。」
女性は水をのみながら呟く。
「見えてきたよ。」
しばらくぼうっとしていると荷台の男が唐突に言った。
馬車から顔を出すと、大きな城壁、水がはっているであろう堀が見える。
「ずいぶん大きくなりましたね。」
「なんだ。知らないのかい?嬢ちゃん。
八年前の事件があってから宰相さんが急に軍備を固めたんだよ。
今じゃ騎士団も軍隊になっちまったんだよ。」
男は慣れたような口調で喋る。
「事件の後、国を出てしまったので。」
「良く出国できたね。」
「はい。運が良かったんですよ。」
女性は男の言葉に笑顔を見せる。
「そういや嬢ちゃん。名前は?」
「私ですか?」
女性は少し躊躇ったように見えた。だがそれも一瞬。
「ミアです。ミア・クラウゼスと言います。」
ミリア・デル・エクセリアであった女性、ミア・クラウゼスは先程と同じ笑みを見せた。
ホルン・中央通り。
ホルン中央にそびえ立つ大時計塔を中心に、十字(ラテン十字)状に軒が続いている。もちろん、これ以外にも道は存在している。
ホルン中心には大時計塔を所有するアルテアで唯一つの超エリート校、魔法士育成学園『白百合』がある。この学園には試験に落ちなければ、相当な貧乏でなければほとんどが入ることができる。貴族の有無ももちろんない。
南には、トルカ公国へと続く南大門を有するアルテア街道。東には、教国グロリアへと続く東大門を有するグロリア街道。西には、ティルディア帝国へと続く西大門を有するノルキア街道。北には、アルテア王国の政治の中心地、アルテア王城が、それぞれホルンを象徴するように建っている。
そして現在。馬車と別れたミアは、南大門からホルンの中心地、大時計塔を見上げていた。もうすぐ12時に差し掛かろうとしていた。
その時、ミアのお腹がグウという悲鳴をあげる。
「どこかでお昼、摂らないとね。」
ミアはどこか悲しげに、そして懐かしむように、呟いた。
この国で魔法戦闘を職業とする仕事は主に二つある。
一つは元騎士団、現アルテア王国軍だ。
軍隊の構成員には、学園高等部の生徒全員が所属。それ以外、卒業生と、学園に入れなかった優秀な魔法士が、難関の入軍試験を突破している。学園の生徒は卒業後、改めて入軍試験を突破しなければならない、ということだ。
そのため数多くの優秀な人材が所属しているエリート集団になっている。
王都の巡回やホルン近郊に出現する魔獣の討伐、反乱分子の鎮圧など、国のための仕事を行っている。
もう一つは世界各地に存在するギルドだ。
ホルンでは、軍に入れなかった、或いは入らなかった、優劣ある幅広い人材が所属している。
毎日のように舞い込ん来る個人の依頼が主な仕事で、国民個人のための仕事が多い。
午後一時。昼食の後、ミアは入軍試験を受けるため、王城内、アルテア王国軍駐屯地にいた。
ミアは、先ほど見かけた忌々しい指名手配犯リストに、ミリアの名前がなく驚いた。
約束を守ってくれたんだと、心のなかで素直に感謝した。
受験生が集まる広場には、八年前とほとんど変わらない制服姿の軍人達が、受験生たちを整列させている。
ミアは、エリートも型なしだと思い、苦笑する。
これで軍に入れば、正真正銘の帰還だった。