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遭遇

私は理科や数学といった知識に明るくないため、作中に出てくる公式や法則などは間違っている可能性があります。ご了承ください。もしも間違いを見つけました場合、ご指摘していただければ幸いです。

〈それじゃ早速今後についての話し合いに移るとするが……、その前に移動しようぜ。死体に囲まれてちゃ気分が萎える〉

 ヴィーノの言葉ももっともだったので、私はゆっくりと立ち上がり、湖に沿って右へと進んだ。あまり水から離れたくないが故の選択だが、ヴィーノにはそれがお気に召さなかったらしい。すぐに不満そうな声が聞こえてきた。

〈まだるっこしいな。とっとと森ん中入っちまえよ〉

「でも水が無いと……」

〈川ぐらいあるっての。ほら、茂みに入った入った〉

 この湖の側にいたくないのか、ヴィーノはやけに急かしてくる。ここで押し問答していても仕方ないので、私は少しばかり湖の縁際を歩いてから近くの茂みに足を踏み入れた。茂みといっても枝や腰ぐらいまである草が折り重なってできたものなので、歩きにくいというほどではない。

「ゴブリンの住処に続いていたりしないといいけど」

〈あいつらの巣へは斜め右に進まない限り着かねぇよ〉

 確信を孕んだ言葉に安堵の息を吐き、そこでふと疑問が浮かんだ。後に回そうかと思ったが、回す意味が無いと思い直し、私は口を開いた。

「ねぇ」

〈ん?〉

「ヴィーノはこの森に……、この世界に詳しいの?」

〈何でそんなこと聞くんだ?〉

「当たり前のように話してたから」

 ゴブリンと遭遇した時、彼はすぐに茂みの揺れを魔物だと判断し、彼らが姿を現すと同時に名前と特徴を伝えてきた。ゴブリンが放った火の玉の名前も知っており、巣の在処も殆ど断言していた。現代以外の世界を知らない者には、どれも知り得るはずのない知識ばかりだ。

 私を異世界に飛ばしたぐらいだから、私がいた現代以外の世界を知っていたのかもしれない。もしかしたら何かしらの方法を使い、その場で情報を得たのかもしれない。或いは他から仕入れた知識を適当に使っただけかもしれない。どれも可能性が高いが、正直どれであろうと構わない。問題はその情報が正しいかどうかだ。

 彼にとってどうかは知らないが、私からしてみれば未知の存在が蠢く世界だ。それらに関する情報は、ある意味お金よりも貴重なものになってくる。尋ねた情報が間違っていたせいで窮地に陥りました、なんて結果は御免だ。

「もし詳しいのなら頼りたいけど、そうじゃないのなら他の方法で情報を仕入れる必要が出てくるから、念のために」

 そう言い終わった途端、微かな笑い声が聞こえてきた。ヴィーノの笑いのツボはよく分からない。今までの流れに笑う理由があったとは思えないのだが。

「ヴィーノ?」

〈あー、うん、悪い。で、この森、ひいてはこの世界に対して詳しいか、だったよな〉

「そう」

〈答えはYESだ。俺はこの世界の"理"を知っている〉

 彼の口から出てきた聞き慣れない『理』という言葉に、私は歩きながら首を捻った。

〈"理"ってのはその世界の道理とか常識みたいなもんだ。場所によって違うものもあれば、世界全てに共通しているものもある。いい例が魔物の有無とか、一度死んだものは蘇らないとかか。お前がいた世界じゃ魔物なんて存在しないのが常識だった。だがこの世界では魔物が生活の一部に組み込まれている。ついでにあいつらが使っていた術、お前たちの言う魔法みたいなものも当たり前に存在する。だが人を蘇らせる術はない。ここらへんはあの世界と同じだな。そして俺は、この世界の条理……理を全て把握している。それこそ真理と呼ばれるような深淵まで〉

 ヴィーノの言葉はあまりに広大で、私は唖然とするしかなかった。全ての常識、真理を知っていると豪語できる人は、そしてその言葉に信憑性を持たせられる人は一体何人いることだろうか。

「流石は悪魔……と言うべきなのかな」

〈よせよ、照れるじゃねぇか〉

 声はふざけていたが、その中に微かな照れが窺えて、本心が見えたような気がした私は静かに微笑んだ。

「なら、大抵のことは教えてもらえると思っていいんだね?」

〈まぁな。答えられる範囲でなら教えてやるよ〉

「じゃあ最初の質問」

〈おう〉

「この森はどこに続いているの?」

 言われるがままに進むことに不満があるわけでも、ヴィーノが危険な道を選んでいるともあまり思っていないが、知っているといないとでは不安の度合いが違う。懸念事項は一つでも減らしておきたい。

〈この森は国境が近くてな。このまま進んだ先にある小川に沿って東……、右に進むとこの国の首都に、左に進むと国境に辿り着くようになってる。あの湖から南に行くと別の国境に行ける。国境を越えてもいいが、身分証が必要になってくるから、街に入りたいなら右に進むのが妥当だろうな。この森に住み着きたいなら小川付近を拠点にすればいい。それぞれの地名は行き先が決まってから教えてやるよ〉

 彼の口からすらすらと出てきた情報に、私は目を丸くした。左右も分からないのに的確な答えを紡ぐ様は、まるでこの森を上から見ているみたいだ。

〈あの湖と、周囲に生えている草木を見れば誰だって分かることだ。一々驚いてんじゃねぇぞ〉

「私には分からないもの」

〈なーに当たり前のこと言ってんだ。お前が分かったら逆に驚くわ。さっき言ったろ、俺はこの世界の理を知っているって。これはそれの極々一部に過ぎねぇよ〉

 持ったいる知識をきちんと使えるのは凄いと思うのだが、悪魔の間ではそれが当たり前なのだろうか。そう考えていると、微かだが水の流れる音が聞こえてきた。恐らく彼が言っていた小川の音だろう。

〈そういやよ〉

「何?」

〈耒は音の伝達速度について知ってるか?〉

 何の脈絡もない質問に私は面食らい、歩みを止めてしまった。戸惑いによる沈黙が下りる中、川のせせらぎだけが鼓膜を震わせる。

「し、らないけど」

〈そいじゃ説明すんぞ。まず伝達速度は気温できまる。求めるのに必要な公式は(331.5+0.61t)m/sだ。ちなみに"t"は気温な。んで、この森の気温を二十三度だと仮定した場合、速度は345.53m/sとなる。つまりお前が聞いているのは約三百五十メートル先にある川の音ってわけだ。ここまではいいか?〉

 いきなり理科の授業が始まったことに戸惑いつつも、一応頷いておく。三百五十メートルなんて想像しにくいが、目安ができたのはありがたい。

〈まぁ、確かに距離の目安はついたが、俺がこの話をしたのはそのためじゃねぇぞ〉

 だが続いて放たれた言葉に私は更に困惑してしまう。こんな森の中で音の伝達速度について知識を備える理由が、大体の距離を知る以外にあるのだろうか。

〈さっき、約三百五十メートル先に川があるって言ったよな。三百五十メートルは徒歩五分ぐらいの距離だ。だがここから小川に着くためには、少なくとも十分は歩かなきゃならない。距離にすると約八百メートルだ。ズレにしちゃでかすぎる。何でか分かるか?〉

 急に話を振られ、私は慌てて首を横に振った。何が何だか分からない。そもそも何故こんな話になったのか。

〈一つ目。前提が間違っているが故に、先程出した三百五十メートルという数字が間違っていた。二つ目。徒歩一分あたりの時間が間違っていた。三つ目。公式や計算が根本的に間違っていた。考えられるのはこれらのうちどれかだ。ついてきてるか?〉

 確認の言葉に、私は首肯することで返事した。歩くことは既に放棄し、近くにある飛び出た根に腰かけている。彼の話は長く続きそうだ。

〈まず一つ目だが、俺が前提として出した二十三度という数字は、人間が過ごしやすい温度を想定して出したものだ。この森は年中人が過ごしやすい気温になってるから、想定値との差は二度程。三百五十という数値を大幅に上回ることはない。次に二つ目。徒歩一分で進める距離は約八十メートルとして計算したが、個体差はあれど、現代での徒歩表記は大抵がこれを使用している。無論、俺もそうだ。だからこれも違う。最後、三つ目は有り得ない。俺の知識が間違ってるってことは、そのままこの世界の誤りに繋がるからな。そこで行き着くのが四つ目の〉

 そこまで言って、ヴィーノは唐突に黙り込んだ。妙に張り詰めた空気が彼から発せられている。何かあるのかと私も辺りを見回してみたが、ゴブリンの時みたいな感覚は抱かなかった。一体どうしたのかと尋ねようとした瞬間。

〈前に跳べ!〉

 緊迫した指示が放たれた。私は手をバネにし、脚で地面を思い切り蹴って前に跳ぶ。刹那、私が座っていた場所が鋭い音と共に弾け飛んだ。強風が背中を襲い、バランスを崩してしまう。咄嗟に手をついたので顔面を打ち付ける羽目にはならなかったが、勢いのままに二、三度前転してしまった。すぐさま立ち上がり、背後を振り返る。だがそこには抉れた地面があるだけだった。ところどころ煙が上がっているから、爆弾か何かかもしれない。或いは獣用の罠を引っ掛けてしまったか。

〈獣向けの罠にしちゃ殺傷能力高過ぎだろ。条件が一定時間座ることだったとしても、発動までの時間が長いんじゃ罠の意味がない。獣相手の罠は、標的に気付かれないよう即座に捕らえるか、急所を的確に撃ち抜くかのどちらかだ。これはどっかからの襲撃と見た方がいいぜ〉

 襲撃という言葉にゴブリンを思い出す。彼らは火の玉を使っていた。これもそんな術によるものなのか。それにしては焦げている範囲が小さい気がする。

〈ゴブリンなんかじゃねぇ。この正確さは人間の……っと、次が来るぞ! 前方斜め五十度。広範囲の術だ。属性は炎……と氷!〉

 ヴィーノの言葉が終わるやいなや、斜め上から火と氷の矢が大量に降り注いだ。隙間なく降ってくる矢に圧倒されるも、すぐ我に返り、後ろへと飛び退く。十本程が私の足元に刺さり、地面が弾けた。残りの矢もそのまま地面に刺さるだろうとその場を逃げ出したが、爆発音は聞こえない。不思議に思って振り向くと、百近い矢追いかけてくるのが見えた。木を避けながら走る速度を上げるが振り切れない。何本かは木に当たったみたいだが微々たるものだ。

〈追尾型か? それとも操作型か? どっちにしろ人間相手の技にしちゃえげつないっつの〉

 ヴィーノの言葉はもっともだが、今の私は人間という枠から外れているように思うのだけれど、それでも人間なのだろうか。元が人間だからいいのか。そう考えている間に矢が私の前に回り込んできた。

〈くだらねぇこと考える前に避けやがれ!〉

 叱責にも似た指示だったが、それがよかったのだろう。私の体は素直に動いていた。左右から迫る矢の下を潜るように左に転がり、すぐさま体勢を立て直して走る。背後で何本か地面に刺さる音が聞こえた。肩越しに後ろを見やると、やはり私を追ってきている。回り込むために軌道を変えているのもあった。矢は木を燃やしたり凍らせたりしながら、再び私の目の前に迫る。背後の矢も徐々に近付いてきていた。私は少し速度を落とし、前後から迫る矢をぎりぎりまで引き付けた。後少しで触れるというところで、今度は右の木の後ろに転がり込む。激しい音と閃光が辺りに広がり、相殺できたことを悟った。

〈はっはぁ! 耒のくせにやるじゃねぇか!〉

「私のくせに、って何」

 走り回ったせいか、はたまた普段しないような無茶をしたせいか、息が少し荒い。だが休憩をしている暇はない。矢はまだ十五本程残っている。私は逃げるために矢の軌道を確認したが、どの矢もこちらを向いてはいなかった。今までは私が息を整える間もなく、数本が私を追ってきていたのに。

〈あの様子を見るに、十中八九操作型だな。大方、耒の予想外な行動に戸惑って、こちらを見失ったんだろうよ〉

「なら見つかっていないうちに逃げないと」

〈その前に、あの矢を糧にしちまおうぜ〉

 またも紡がれた『糧』という語の意味を尋ねる前に、ヴィーノが言葉を続けた。

〈相手の生命力や、そこから生まれた技なんかを吸収して、自分のものとする。それが『糧にする』ってことだ。ゴブリンの【炎球ファイア】を吸い込んだり、触れただけで死なせたりしたのを覚えてるだろ? あれのことだよ〉

 ヴィーノの言葉にその時のことを思い出す。左目が燃えるように熱くなり、手から暖かい何かが伝わってきていた。あれが『糧にする』という行為の感覚なのだろうか。

〈そうだ。よく覚えてたな〉

「でもやり方は……」

〈そんなもん教えてやるに決まってんだろ。そうだな。手始めに血を思い浮かべろ。血管の中を流れている状態でだ〉

 私ははやる気持ちを抑えて目を閉じ、言われた通りに自分の体の中を流れる血液を脳裏に浮かべた。全身を駆け巡る血。なくなったら生きていけないもの。赤黒くて力強い、常に脈打つ川のような。

〈そいつは万物に宿っている流れだ。どんな物にもある力の奔流。そいつを引き寄せ、中に取り込む〉

 ヴィーノの声のせいか、はたまた彼が手伝ってくれているのか、私の脳裏に浮かんでいた血液の流れが、段々と光の流れに変わっていく。光は私の体から地面に流れ、木々に移り、また私へと戻ってきた。流れを確かめているうちに、少しずつだが左目に熱が集まってくる。

〈その感覚を抱いたまま、目を開けろ〉

 どの感覚か分からなかったが、それでも目を開ける。暗闇に慣れたせいか、薄暗いはずの森が眩しく見える。少しして目が光に対応してきた時、真っ先に視界に入ってきたのは私を射らんとする十五本の矢だった。

〈臆するなよ。あれはお前の体に流れているものと同じものだ。それが塊になったにすぎない〉

 落ち着いた声に私の心は凪いでいく。私はゆっくりと両手を上げ、掌を矢に向けた。私の手と腕の周りに紫色の霧みたいなものがかかっている。瞬間、ぼんやりとだがどうすればいいのか分かった気がした。

 先頭にある火の矢が私の手に触れた。刹那、矢の形を為していた火が紫色の霧に絡め取られ、私の中に取り込まれていく。ゴブリンの時みたいな温かさはなかったけれど、私の中へと入り込んでくるのはしっかりと分かった。

 矢は角度を変え、背後に回り込もうとしてきた。私はその場で右に回り、逸れた矢に次々と触れていく。霧が矢を絡めるのを確認しながら、左側から迫ってきた矢を腕を薙ぐことで退けた。紫色の霧が飛び散り、矢に纏わりつく。私が腕を引くと、霧は矢を絡め取ったまま私の下に戻ってきた。必然的に矢は私と一体化していく。最後まで残った氷の矢が私の中に取り込まれるのを見届け、私は体の力を抜いた。

〈おー、もうそこまでできんのか〉

「そこまでって……。何となくで動いただけなんだけど」

〈それでいい。その『何となく』ってのが大事なんだ。何も分からない時は本能に頼るのが一番だからな〉

 先程の行動が本能によるものかは分からないが、勘や第六感のようなものが働いたのは確かだ。

〈だから、そいつが本能だっつうの。お前って妙に鈍いよな〉

「そんなことない」

〈いーや、鈍いね。俺が中にいることに気付かない時点でアウトだ〉

「あんなの、分かる人の方が少ないよ」

 緊張が解けた反動か、ヴィーノとの軽口の応酬が始まる。正直くだらない話だったが、お陰で気は休まった。だがそれも束の間。不意に悪寒が背筋を走った。私は瞬時に立ち上がり、辺りに気を配る。こちらに来てからほんの数時間しか経っていないのに、もう体が順応しはじめているのだと、頭の隅で思った。瞬間、三メートル程先に黒ずくめの人物が現れる。体格からして男性だろう。全身をすっきりとした服で固め、口元を布で覆っている様は忍者を彷彿とさせた。細身なのに遠目からでも鍛えられているとわかる体つきは、何も言わずとも手練れであることを教えていた。

 音も気配もなく、まるで最初からそこにいたかのように姿を見せたその人は、値踏みするかのようにこちらを眺めている。探っていることを隠そうともしない視線に、自然と眉間に皺が寄った。

〈あいつ、暗殺者アサシンだな。操現術を使えるなんて珍しい奴だ〉

 独り言に近い呟きに、聞き返そうとした途端、何かが投げられた音がした。反射で左に跳び、視線を黒ずくめの人に向けた。

〈【二属矢デュアルアロー】の次は【捕縛アレスト】か。中々の腕前じゃねぇの〉

 ヴィーノの言葉からするに、あの人は私を捕まえようとしているらしい。それにしては方法が物騒だ。炎と氷の矢でぼろぼろにしてから捕らえられるぐらいなら、いっそ一思いに殺された方がマシである。

〈おいおい、死のうとすんなよ。ここで死んだら元の世界に戻るなんて夢のまた夢になるぞ〉

「分かってる」

〈ならいいけどよ〉

 ヴィーノと会話しながらも、意識は黒ずくめさんから逸らさない。彼は無言で私を見つめている。機を窺っているというよりは、見極めようとしていると形容するべき眼差しからは、困惑と警戒が見て取れた。沈黙が流れる。双方とも次の動きへ移れずにいる中、先に痺れを切らしたのは私の方だった。

「このような行為に至った理由を教えてもらえませんか。何一つ分からぬまま、攻撃を避け続けるのはあまりに不毛です」

 思ったままを伝えたが、返事はない。捕獲対象に理由を教えるはずもないかと諦めた時、黒ずくめさんが僅かに動いた。

「答える前に尋ねたい。貴様は人間か」

 言葉だけ見れば無礼千万な話だ。だがそんな問いが来たことに私は驚いた。この人は私が普通の人間ではないと考え、攻撃を仕掛けてきたというのだ。

「『そうだ』と言ったら?」

「非を詫びてここから去る」

「では『いいえ』と答えたら?」

「種族を聞く」

「そうですか……」

 何とも無茶苦茶な話である。律儀に答えてくれるのはありがたいが、どちらも微妙な選択だ。

 恐らく今の私はまともな人間ではない。しかし種族は分からない。悪魔……ではない気がする。そもそも悪魔は種族となりうるのだろうか。なら人間だと答えればいいのだろうが、嘘を吐くのは気がひける。こんな時に何をと自分でも思うが、根っからの性分はどうしようもないのだ。私はしばし考え、やっと答えを決めた。

「正直に申しますと、私は自身がどのような位置にいるのか分かりません。ですから貴方の質問に明確な答えを返すことはできないでしょう」

 私の返答がどのような結果となるかは分からないが、これ以上の答えは見付からなかった。黒ずくめさんは黙って私を見たまま動かない。何事もなく終わってくれないだろうか。

「そうか、なら三つ目の答えだ」

 あれでは駄目だったかと思った時、黒ずくめさんの口からそんな言葉が漏れた。その手には金属の重りが付いた縄が握られている。

「上司の元へ案内する」

 黒ずくめさんの目に宿るのは確かな闘気。ヴィーノの愉しそうな笑い声を聞きながら、これから訪れるであろう攻撃に備えるべく身構えた。

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