桃花の思い出
第二回小説祭り参加作品
テーマ:桃
※参加作品一覧は後書きにあります
わたしは桃の花が嫌いだった。
いや、嫌いは言いすぎかもしれないけれど、少なくとも苦手だった。
わたしの家の庭には桃の木が生えている。
わたしがまだお母さんのお腹に居た頃、お父さんが買ってきたのだ。
桃には邪気を祓うと言われていて縁起が良いからと言っていた。
そんな風に心配してくれるのは嬉しいのだけれど、生まれた私に「桃子」と名付けるのはどうだろう?
あまりにも単純ではないだろうか。
もし生まれたのが男の子だったら「桃太郎」にしようかと思ってたと聞いた時は、流石に目まいがした。
心底女に生まれて良かったと、生まれて初めて思った出来事だった。
女子で「○子」という名前はお父さん達の世代だと多かったらしい。
でも今は少ない。
クラスでもわたし1人だけだし、学年でも3人しか居なかった。
そんな古風な桃子という名前が嫌いになったのは小学3年のときだった。
バカな男子が友達の女の子をイジメていたのだ。
わたしは怒った。
「何やってるの。やめなさいよ」
わたしは掃除のホウキを持って間に立ったのだ。
「てめえ、邪魔すんなよ」
「何言ってるの。どう見ても貴方が悪いでしょ」
「うるせえな。桃子なんてダッセー名前付けやがって、お前の両親馬鹿だろ」
ショックだった。
自分でも少し名前に悩んでいたせいもあったし、その日の出来事がきっかけでわたしへのイジメが始まってしまったからだ。
殴られたり蹴られたり、服を汚されたり、教科書を破られたりとそんな毎日だった。
そのためにすっかり消極的な性格になってしまった。
もしまた同じようなことが有ったらと思うと、足がすくんでしまうのだ。
それから1年ほどでその男子とはクラスが別れ、イジメは自然と終わったけれど、どうしても自分の名前が好きじゃなくなってしまった。
イジメのことが思い浮かんだり、もし笑われたらって思ってしまい、自己紹介でも苗字の桜井しか言えなかったり、友達からも苗字で呼ぶよう頼んでいた。
そんな私に転機が訪れたのは高校2年の時だった。
文化祭の実行委員に選ばれたのだ。
クラスから男女2名が選ばれるようになっていて、もう1人は松山大樹君だった。
松山君は体育大会でも活躍してた運動神経の良い人だ。
何事も前向きに頑張ろうとする、わたしとは逆のタイプだと思う。
先に松山君が実行委員に立候補した後、女子は誰も立候補しなかった。
文化祭までの3週間、何度も居残りになるのが嫌だったのだろう。
松山君が周りを見渡すと目が合ってしまった。
「なあ、桜井、やってみないか?」
こう言われてしまったら優柔不断なわたしには断れなかった。
それからクラスの出し物を決めることになった。
たこ焼き屋・お化け屋敷・喫茶店などいくつかの案が出たが、最多票で決まったのはクレープ屋さん。
当然その意見を出したのは女子だった。
確かにクレープは美味しいし、簡単に作れそうに見える。
でもあの薄いクレープを破らずに包むのはなかなか難しいと思うのだけど……。
かなり練習することになるかもしれないなと思った。
文化祭の実行委員会でクレープ屋さんは無事に認められた。
その後、松山君と準備をどうするか話し合った。
松山君と挨拶以上の話をしたのはこれが初めてだったけれど、意外と気さくで話しやすい人だった。
いじめ以来男子に苦手意識があったけれど、松山君は上手く会話をリードしてくれた。
「なあ桜井、クレープ……というか焼き菓子って作ったことある?」
「クッキーくらいなら焼いたことあるけど」
「俺は全然経験ないよ」
「やっぱり練習しないとダメそうね」
「桜井んちだとマズイかな? 俺んちはあまり料理しないから出来るか分からないんだけど」
「あまり料理しないってお母さんは?」
「家共働きだからな。外食が多いなぁ」
「そうなんだ。わたしのとこはお母さんが作ってくれるから外食はたまに、かな」
「そっか。ちょっと羨ましいな」
松山君が不意に微笑むと、わたしは不思議と目が惹きつけられるのを感じた。
男子とこんなに沢山話したのどれ位ぶりだろう。
結局その日の打ち合わせで、次の土曜に買い出しに行ってクレープ作りを練習することに決まった。
場所は……わたしの家になってしまった。
金曜は気がついたら徹底的に掃除をしていた。
女子の友達だったら、ちょっと片付けるだけなのに。
男子に散らかった家を見られたら恥ずかしいしね。
土曜日の待ち合わせに行くと、松山君が既に来ていた。
あれ? わたし15分前に来たはずなのにな。
私服姿の松山君は、学校での制服姿とは大分印象が違っていた。
黒っぽいジャケットとジーパンを着ていた。
なんだかいつもより背が高く見えるような感じだった。
わたし、この格好で良かったのかな。
「桜井、そのワンピース似合ってるぞ」
「え? そ、そう? 良かったぁ。ありがと」
松山君もジャケットが格好いいと言いたかったけれど、わたしにはどうしても言えなかった。
人を褒めるって難しいなあ。
松山君はあらかじめ下調べをしていたらしく、買い物リストを用意していた。
うわ~、掃除だけして忘れてたよ。
何やってるんだろ、わたし。
松山君のお陰で無事に買い物が終わり、わたしの家まで案内した。
わたしが松山君をリードできるのはこれくらいかも。
と、思っていたんだけどクレープを作り始めてみると、わたしの独壇場だった。
松山君は全然料理をしたことがないらしく、危なっかしい手つきで卵を割ったり粉を混ぜたりしていた。
松山君がクレープを焼くと黒コゲになってしまい、わたしがタイミングを指示すると、ひっくり返そうとして破ってしまった。
この調子だと、どうやら焼くのはわたし専門になるかもしれない。
そんなこんなで夕方になると、片付けをして今日の練習は終わった。
クレープ作りはわたしはそれなりに形になったけれど、松山君はまだまだだった。どうしよう。
「う~ん、すまないけど、桜井、明日も練習して良いか?」
「クラスの皆にやり方説明するのは月曜だし、そうする?」
「このままじゃ俺が足を引っ張るからな。俺1人で練習してもたかが知れてるだろ。桜井先生、頼むよ」
「桜井先生って。じゃ、じゃあ明日また来てね。場所は大丈夫よね?」
「ああ、もう覚えたからな」
松山君が帰ってしまうと、1日の疲れがドッと押し寄せてきた。
男子とこんなに長く一緒に居たことなんて今までなかった。
知らないうちに緊張してたらしい。
わたしのこと、どう思っただろ。
変な子とか思われてないと良いな。
夕飯を食べていると、お母さんにひどくからかわれた。
松山君がわたしなんか相手にするはずないのに。
そしてぬるめのお風呂に入ってすぐに寝てしまった。
翌日の10時頃、松山君はやってきた。
今日は日曜なのでお父さんが居るんだけど、後で何か言われそう。
あらかじめお父さんには説明しておいたから、松山君には何も言わない……はずなんだけど。
松山君が作り始めたら、あれ? 昨日より上手くなってる。
手つきが全然違うんですけど。
わたしも抜かれないよう頑張らないと。
運動神経が違うってこういうことなんだなぁ。
松山君の話では、一晩寝ると昨日の練習で出来なかったことが出来るようになってることが有るらしい。
わたし、そんな覚えないって。
クレープは焼くのと包むのがやっぱり難しかった。
でも日曜の夕方にはお店の人みたいには出来ないけど、文化祭としてはOK程度にはできるようになったと思う。
「これなら2人とも何とかなりそうだな。明日は皆に説明して、文化祭まで練習してもらうか」
「うん、それで良いと思うよ」
「じゃあ、また明日な」
松山君が帰るって思ったら何だか寂しいような感じがして、わたしはとっさに言ってしまった。
「そういえば、松山君、外食多いって言ってたし、家で食べていかない?」
「え? 良いのか? 家の人に迷惑なんじゃ?」
「ちょっとお母さんに聞いてくるね。待ってて」
お母さんに聞くと二つ返事でOKしてくれた。
何だかお母さんの笑顔が妖しいんだけど、え、わたし早まったかも。
そういえば昨日夕飯のときお母さんには色々聞かれたし。
そして夕飯の席にはお父さんが居た。
お父さんの視線が痛い。
松山君も微妙に緊張してる。
わたし一人っ子だから、余計に心配なのかも。
「確か、松山君だったね。桃子とはどういう関係なんだい?」
ごほっ、危うく味噌汁を吹き出すところだった。
「お父さん、言ったでしょ。松山君は文化祭の実行委員だって。ただそれだけの関係よ!」
何だか松山君がショックを受けているような、お父さんの発言のせいよね。
まったくお父さんには言っておかないと。
「第一、人に聞くにしても聞き方ってものが有るでしょ。名前の時から思ってたけど、お父さん何でもストレート過ぎよ」
「いやしかしだな。可愛い桃子のことが心配で」
そこでお母さんが動いてくれた。
「お父さん、ちょっと」
ドナドナの牛のように連れて行かれるお父さん。
家のヒエラルキーはお母さんが最上位だ。
わたしは軽くため息をつくと松山君に向いた。
「ごめんね。お父さんが変なこと聞いてしまって」
「いや、新鮮な体験だったよ。家庭の食卓ってこんな感じなんだな」
「いつもはもっと和気あいあいって感じなんけどね」
「それに料理が美味しいしね」
「そう? お母さん料理上手いから。遠慮せずどんどん食べてね」
それから松山君は沢山食べてくれた。
男子と女子って食べる量が全然違うみたい。
太るとか気にしないのかな。
でも松山君は太ってないし不思議。
またこんな風に一緒に食べたいな。
翌日高校に行くと松山君が居た。
教室に入ると直ぐに気がついてくれた。
少し会話をして席に着くと、前の席の友達が声をかけてきた。
「松山君と随分仲良くなってない?」
「実行委員だからね。土日にクレープ作りの練習したし」
「土日って2日共? それに買い出しもしたんでしょ。それってもうデートじゃん」
「デート!?」
まずい。大きな声を出してしまった。
クラスの空気がざわつく。
変な誤解が広まったら松山君に迷惑が。
「実行委員としての買い出しとクレープ作りの練習だって。もう、変な言い方しないでよ」
友達が首をかしげてる。
「ひょっとしてまだ気がついてないとか?」
「え? 気がつくって何に?」
友達があちゃ~というリアクションをした。
「気がついてないなら仕方ないわね。これは私が言うようなことじゃないから」
「え~、教えてくれないの?」
「そうよ。自分で見つけなさいな」
「う~、わかったわよ」
この時のことを後で思い出して赤面する。
クラスに誤解が広まるどころか、わたしこそが誤解していたのだから。
でもこの時のわたしはとんと気がつかなかった。
それから文化祭までの2週間はあっという間に進んだ。
調理担当はクレープ作りの猛特訓。
販売量を予想して買い出しを行い、紙の食器や店の準備などすることは山ほどあった。
松山君がクラスの皆をまとめてくれたから何とかなったけど、それでも大変だった。
そして文化祭前日、すべての準備が終了したのだった。
うちの高校の文化祭は2日続く。
初日の午前午後、2日目の午前午後と4つのパートに別れ、皆2つのパートでクレープ屋さんの店員をし、2つのパートで自由行動ということになっている。
わたしは初日と2日目の午前が担当で、松山君は初日の午後と2日目の午前が担当だ。
早めに家を出るとドキドキしながら高校に向かった。
校門前の大きな看板を見ると、今日から文化祭なんだって実感が湧いてきた。
どうかクレープ屋さんが上手く行きますように。
今日のわたしは調理責任者だ。
あれだけ練習してきたんだし、出来るはず。
教室に着くと松山君と他数人しか居なかった。
わたしが来たのが早すぎたのかな。
でも初日だしこれくらい早い方が良いよね。
松山君は初日は午後の担当のはずなのに、準備手伝ってくれるんだって。
やっぱり良い人だな~。
そう言ったら微妙な顔をされた。
褒めたはずなのになぜだろう。
まずは準備中に調理する人には試しにクレープを作ってもらった。
文化祭は皆テンションが上がってる。
そのためか、急ぎすぎてミスが多くなってしまった。
生地をひっくり返す時に二つ折りになってくっつく人が多いみたい。
あ、わたしの上手く出来たなあ。
この色艶なかなかの物だと思う。
自分で食べても良いんだけど、誰かに食べてもらおうかな。
周囲を見渡すと、松山君が丁度手が空いているようだった。
「松山君、苺クレープ第1号食べてみてくれない?」
「え? 良いの? じゃあ、遠慮なく」
「うん♪ いつもお世話になってるからね。どうぞ」
わ、大きな口だな。豪快というか元気というか、松山君らしいなぁ。
「美味しかったよ。ありがとな」
「そ、そう。良かったぁ」
松山君にほめられたら何だか照れてしまう。
女子の友達に言われるのとはどこか違うなあ。
わたし、ドキドキしてる。
「桜井さん、顔が赤いよ」
友達に指摘されてしまった。
そんなに赤いかな。
文化祭が始まったら、お客さんがちらほらと来てくれた。
やっぱり女子が多いなあ。
でも男子もそこそこ来てくれてる。
お客さんの反応も良いみたいで良かった。
全体に気を配りつつ、調理も頑張らないと。
段々お客さんが増えてきてるみたいで良かったぁ。
そうこうしてるうちに12時になったから交代だ。
最初バタバタしちゃったけど、午前中はなかなか上手くいったんじゃないかな。
お腹空いたなぁ。
何を食べようか。
見てまわろっと。
隣のクラスは喫茶店か。
喫茶店に行ったり、タコ焼き食べたり、友達と歩き回ったり、ライブを見たりしているうちに1日目は終わってしまった。
夕方になると、今日の片付けと明日の準備がある。
教室に戻ってみると、散らかり放題だった。
洗い物が山のように残っていたし、誰かがクレープの生地を落としてしまったらしい。
そういった掃除が終わってちょっと教室から出た時に、松山君が話しかけてきた。
何だか緊張してるみたいだった。
「桜井、ちょっと良いか?」
「良いよ。どうしたの?」
「明日の午後って予定空いてないか?」
「特に決まってないけれど」
「俺も予定決まってなくてさ。えっと、そのう、今朝クレープくれたお礼もしたいし、せっかくだから一緒に見て回らないか?」
「別にそれくらいのことは、お礼なんて気にしなくても良いよ?」
「いや、桜井と見て回ったら楽しいだろうなと思ってさ」
「そう? えへへ、嬉しいな。じゃあ、そうしよっか」
「ああ。明日は2人とも午前の担当だから、その後でな」
「うん。それじゃ、また明日」
「おう、また明日」
明日は松山君と文化祭かぁ。
楽しみだな、どこ行こうかな。
わたしと見て回ったら楽しいだろうって言ってたけど、本当かな。
ひょっとしたら、もしかしたら、松山君って……。
わたしに出来ることって何だろう。
何か出来ないかな。
会話もそんなに上手くないし、古すぎる名前だし、どこか良いところあるのかな。
料理は多少自信あるけど、文化祭でお弁当というのもおかしいよね。
軽く摘めるものなら変じゃないかなぁ。
そして翌日、わたしは早起きしてサンドイッチを作っておいた。
午前中、店番をしてるとかなりお腹がすくからだ。
文化祭を見て回るのに問題がないように、でもほどほどに食べられるようにということでサンドイッチにした。
喜んでくれるかなぁ。
どんな味付けが好きなんだろう。
2日目の午前は昨日よりスムーズに進んだ。
お客さんも多かったけれど、皆が慣れてきたのが感じられた。
うん♪良い感じだな。
松山君はレジ係をしてる。
全体に気を配りながら動いてる。
凄いなあ。
12時になって午後担当の人が戻ってきたから、カバンから紙袋を取り出す。
松山君と目が合うと頷いてくれた。
できるだけ自然に教室から出たはずなんだけど、やっぱり恥ずかしいな。
足が早くなってる。
「松山君、お腹すいてない?」
「ペコペコだよ。何か食べに行こうか?」
「サンドイッチ作ってきたんだけど、食べる?」
「え、作ってくれたのか。勿論食べるよ」
「じゃあ、食堂に行こうよ。あそこ、文化祭中は開放されてるから」
「ああ、そうしよう」
文化祭中は食堂の営業はやっていなかった。
でも、開放はされてるから、わたしたちは座席に座れた。
松山君は大きな口でサンドイッチを食べてくれた。
パンは軽く焼いて、ハムと卵とレタスを挟んである。
シーチキンマヨネーズサンドには隠し味にナッツが入れてある。
サーモンとチーズのサンドには黒胡椒を使った。
松山君は色んな味が楽しめて美味しいと喜んでくれた。
その後は沢山の店を回った。
唐揚げ・豚汁・中華まん・お汁粉など色々な物を食べてみた。
昨日よりずっと美味しく感じるのはなぜだろう。
凄かったのはプラネタリムだった。
教室を暗室にして、市販の機械で光を投影させていた。
30cmくらいの小さな機械でも綺麗に見えて凄かった。
松山君が星座について教えてくれて、冬の大三角の見つけ方が分かった。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、夕方になると後片付けだ。
でもその後に後夜祭がある。
校庭で火を焚いて、その周りでマイムマイムを踊ることになっている。
でも、松山君に言われたんだ。
片付けの後、教室に残ってほしいって。
実行委員だから、片付けのチェックはわたしたちの担当だった。
だからそれが終わった時は教室に2人きりだった。
他の人は後夜祭にみんな行っているはずだ。
「桜井、ちょっと話して良いか?」
松山君が真剣な顔をしていた。
わたしもドキドキしてる。
流石にここまで来たら、鈍いわたしでも松山君がどんなことを言うのか分かっている……つもりだった。
「う、うん。良いよ」
「文化祭の準備、色々あって大変だったけど、楽しかったんだ。それは桜井が居てくれたからだと思ってる。実行委員の指名をしたとき、引き受けてくれて本当に嬉しかったんだ。それに今日も本当に楽しかった」
「そう? わたしなんかで役にたてたなら、良かった」
「桜井は時々自分のことをなんか、とか言って卑下するけど、もっと自信を持った方が良いぞ。桜井はすごく可愛いんだからさ」
「可愛いってわたしが? そんなことないって」
「ほら、そういうとこだよ。桜井は可愛いし、それに桃子って名前も良い名だと思うぞ」
「そんなこと……」
「俺、桜井のこと好きだよ。桃子って呼べる関係になりたいって思ってる。付き合ってほしいんだ」
「それは、私も……」
「あ、待って。返事は最後まで聞いてからにしてほしい」
「え? う、うん」
「親の都合で、2ヶ月後転校するんだ。県外のかなり遠いところに」
「ええ!! 松山君、転校するの!?」
「ああ。流石に高校生で自活は許されなくてな。頼んでみたんだけど、無理だって」
「そう……なんだ。じゃあ、2ヶ月だけ付き合いたいってこと?」
「違うって。大学はこっちを受けようと思ってる。それで1人暮らしする。桜井は地元の大学受けるんじゃないのか?」
「わたしは家から通える範囲の大学に行くと思う。どこかは決まってないけど、大学はいくつか有るしね。それに一人っ子だから、家を出るのは許して貰えないと思うし」
「そっか。2ヶ月は普通に付き合って、卒業までの1年ちょっとは遠距離恋愛になるけど、絶対現役で合格してこっちに戻ってくるからさ。付き合ってほしいんだ」
「それは……直ぐには決められないよ。一晩、考えさせて」
「ああ、それは勿論。ゆっくり考えてくれて構わないから」
「うん」
その日の晩は、眠れなかった。
遠距離恋愛1年か。
松山君、電車で3時間くらいかかるって言ってた。
かなり大変だよね。
わたし、耐えられるかな。
今だってこんなに辛いのに。
もし松山君に会えなくなったら、そう思うだけでわたしの胸はきしんだ。
文化祭の準備も一緒に見て回るのも、本当に楽しかった。
これからも一緒に居たいと思ってたし、一緒に居られると思ってた。
ああ、これが人を好きになるってことなんだ。
凄く嬉しい気持ちと凄く辛かったり寂しかったりする気持ちがわたしの中で嵐になっていた。
男子は苦手だったし、今まで好きになったことなんて無かった。
こんな気持ち、知らなかった。
人を好きになるって、両思いなら何も悩みはないと思ってたのに。
翌日、登校すると目を真っ赤にしたわたしを友達は心配してくれた。
何があったのか聞かれたけれど、わたしは答えなかった。
放課後、わたしと松山君は校舎裏に居た。
どう言ったら良いのか分からなったわたしは、単刀直入に言った。
「松山君、ふつつものですがよろしくお願いします」
「それはつまり……OKってこと、だよね?」
「うん。遠距離恋愛に耐えられるかどうかは分からない。でも断ったら、絶対わたし後悔すると思ったから」
「やああああったあああああ」
「ま、松山君。声大きいって」
「大樹。大樹って呼んでよ。俺も桃子って呼ぶから」
「う~~、だ、大樹君」
「何だ。桃子?」
名前を呼ぶだけでその時のわたしは一杯一杯だった。
心臓がドキドキして、顔が真っ赤になってた。
松山君が「桃子」と呼ぶのを聴くと、どうしても口がにへらと笑ってしまう。
それから1年と半年後、大樹君が帰ってくる日になった。
高校の卒業式も終わったある日、自分の部屋で携帯電話をにぎって大樹君からの電話を今か今かと待っていた。
大樹君もわたしも同じ大学に合格したのだ。
大樹君の好きなPorno Graffittiの歌が携帯から聞こえた。
「大樹君、今どこ?
あとどれくらいで着くの?」
「桃子の家の前だよ。
驚かそうと思って」
わたしが自室の窓から外を見ると、桃の木の下に黒っぽいジャケットとジーパンを着た人が立っていた。
大樹君が手を振っているのが見えた。
桃の木には薄紅色の花が咲き誇っていた。
わたしはきっとこの日の桃の花をずっと忘れないだろう。
第二回小説祭り参加作品一覧
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作品:桃始笑(http://ncode.syosetu.com/n8059bm/)
作者:なめこ(かかし)
作品:桃林(http://ncode.syosetu.com/n5289bn/)
作者:唄種詩人
作品:もももいろいろ(http://ncode.syosetu.com/n8866bn/)
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作品:桃じじい(http://ncode.syosetu.com/n8095bm/)
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