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ウツロヤミ  作者: ミーン
8/39

ケーキ

入院しているおじいちゃんは、もう長くないと言われていて、食事もほとんど口にしない。

だけどわたしは、ちょっとでもおじいちゃんが元気になってほしくて、ケーキを焼いて持っていった。

おじいちゃんが亡くなった。



大きくて、力強くて、とても優しかったおじいちゃん。



今、小さい小さい棺に横たわって、たくさんの花に囲まれている。



最後のお別れをするよう会場の係の人にうながされ、わたしたちは式が始まってからやっとおじいちゃんのそばに近寄ることができた。



満足そうな顔をしているのに、わたしの知ってるおじいちゃんじゃない気がして涙が出てこない。


お通夜のときは笑っていた親戚のおじさんやおばさん、お父さんやお母さんもみんな声をあげて泣いているのに、その姿を冷静に見ているわたしはなんなんだろう?


おじいちゃんの生きている姿を最後に見たのは病院のベッドの上。



すっかりやせ細ってしまってるのに病院から出される食事をほとんどくちにせず、点滴だけで生きている状態だった。



看護師さんからは「ひとくちでもいいから食べてくれれば体力が回復するんだけど」と言われて、両親はおじいちゃんが好きなものをあれこれ持っていったけど、どれも口にしてくれなかったそうだ。




わたしは料理が得意ではなかったけど、おじいちゃんが元気なころに一度作って食べてもらったケーキを焼いて持っていくことにした。



少しでもカロリーの高いものを、という看護師さんの話から、ほかに作れるものがなかったというのが正しい。



それに、おじいちゃんの誕生日が近かったこともある。






病室に着くとまだ誰もお見舞いにきてなくて、おじいちゃんはベッドで眠っていた。



呼びかけるとかすかに目を開けてわたしの顔を見て笑ってくれた。



・・・ケーキ、焼いてみたよ。



袋から取り出すと、おじいちゃんはちょっとつらそうな顔をする。



ーー食べない時間が長く続くと本当に食べられなくなって、食べることそのものが苦痛になるーー


ダイエットから拒食症にならないよう注意する雑誌の記事を思い出して、もしかしたらおじいちゃんもそうなんじゃないか心配になった。



だけどおじいちゃんは電動ベッドの頭を起こして、切り分けたケーキをひとくち口に入れてゆっくりと飲みこむ。



・・・ワシのために作ってきてくれたんだな。おまえは優しいな。



太く力強かった声はかすれて聞き取りづらかったけど、おじいちゃんはそう言って、わたしの頭にそっと手を伸ばしてくれた。






おじいちゃんはそれから2日後に、眠るように亡くなった。



わたしのケーキを食べたせいで、おじいちゃんが死ぬのが早まったんじゃないか?




食べられないものを無理に食べさせようとしたのは間違ってたのかな?




あのとき、おじいちゃんにかなり無理をさせたんじゃないか?




わたし、ケーキなんて持っていかないほうがよかったのかな?






だけど小さな棺で眠るおじいちゃんは、なにも答えてはくれなかった。



火葬場に着いて、おじいちゃんは大きな扉の向こうへと送られる。



数時間後にまたここへ戻ってきて、今度はもっと小さくなったおじいちゃんを、もっともっと小さな箱に入れてしまうのだそうだ。





それまでの時間、親戚一同は別の場所で食事をしながら待つ。



仕出し弁当がならびビールが開けられ、さっきまで泣いていたおじさんやおばさんも泣き止んで、生きていた頃のおじいちゃんがどんな人だったかを懐かしそうに話している。



百歳近くまで生きる大往生で、こうやって最後に普段めったに会えない親族を集めてくれたんだ。

本当にいい人だったとみんな話しあった。






時間がきて再び火葬場へ戻ってきたわたしたちは、さっきまで騒いでいたのとは打って変わって扉が開かれるのを緊張して見守っていた。



これが開かれると、さらに変わり果てたおじいちゃんが出てくる。



ギュッと握りしめたこぶしが自分でも震えているのがわかった。




係の人が重い扉を開き、中の台を引き出したとき、そこにいた全員の動きが止まった。






おじいちゃんの姿がなかったのだ。




「あはっ、あははは・・・・・!」




火葬場にわたしの笑い声が響くと同時に、みんなもつられて笑い出す。




扉の奥から出てきたのは、わたしが作ったようないびつなケーキだったのだ。




だけど、それが見えたのはほんの数秒間。



そこには骨になったおじいちゃんが横たわっていた。






係の人も気を取り直して骨を確認し、みんなで大切に骨つぼへと納めて葬儀は終わった。



帰りの車の中でもケーキは見間違いじゃなかったと話題になり、あの不細工な作りはわたしが持っていったものだと知れ渡った。




だけど、嬉しかったんだろうなと、みんな口々に語った。



部屋に帰って改めておじいちゃんのことを思い出すと、涙がボロボロ出て止まらなくなった。



わたしが気にしてたの、おじいちゃんは大丈夫だって教えてくれたんだ・・・。





扉の奥から出てきたケーキには、おじいちゃんの字で“ありがとう。うまかった”って書いてくれたもんね。




最後まで。ううん、最後の最後まで優しかったおじいちゃんのことはずっと忘れないよ。






わたしは今でも、おじいちゃんの命日とお盆にはケーキを焼いてお供えしている。


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