叔父さん2 —エレベータ
少し下品です。
「見えるってのは、モノと本人との波長が合うってことだわ。
だから、自分から見えるようになる修行ってのは、多くのモノに波長を合わせやすくして、かつ取り込まれないようにならなければならない訓練だな」
年に何度かおとずれなければならない父方の宮司の家で、叔父さんに「“見える”って、どんな状態?」というわたしの質問に、日本酒をちびちび呑みながら答えてくれる。
「体感してみないと分りにくいだろうが、そうだな。テレビのリモコンでチャンネルを決めてボタンひと押しで画面が出るってのじゃなく、ラジオのチューナーをひねりながら、だんだん鮮明な音を見つけるような感じだ。だから、波長を合わすって言い方がしっくりくるんだな」
そう言われてなんとなくイメージは想像できても、音と画像は違うから、わたしにはしっくりとはこない。
「昔、オレが学生のころだ。当時の彼女が親と同居してたんで、会いにいくにはオレも彼女の親と会わなきゃならない。
まだ携帯電話もなかった時代だぞ。公衆電話からテレホンカードで連絡して、彼女の母親に挨拶してからやっとかわってもらってたんだ」
なんだか叔父さんはいきなり昔話をはじめたけれど、正直なところ、ラジオのチューナーの話より想像しづらい時代の話だ。
「その子が住んでるマンションにはエレベータが一基しかなくてな。しかも彼女はずっと、このエレベータは気持ち悪いって言ってた。
原因は知ってた。そのエレベータの入って左奥に、今でいうメンヘラな顔した女がこっち見て座ってるんだわ。気持ち悪いってだけで特に害はなさそうだったから、オレは関わらないようにしてた。
だけど、あの日は彼女のお父さんとビール飲んで、酔ってたこともあるからな」
叔父さんは、陶器のぐい呑みを満たすお酒に少しだけ口をつけて、くっくっくと何かを思い出しながら笑った。
「エレベータの左奥へもたれると、ちょうどメンヘラ女の顔の位置にオレの尻がくるんだわ。そこへビールの泡で腹一杯に満たされたオレの屁を、思いっきりかましてやったよ。
まるで、テノールからソプラノへと駆け上がるようなビブラートが、閉鎖された空間に美しく響きわたったといまだに自負している。
まあ、危うく『ミ』まで出るところだったんだけどな」
最後の余計な情報はいらない。
「いやあ、すばやく振り返って女の顔見たら、とてつもないショックを受けた顔してた。まるで幽霊でも見たかのようにな。
なんせ、波長を合わせたままかましてやったんだ。顔面直撃だわ」
叔父さんにドヤ顔されても、わたしはなにも答えられない。
「しばらくして行ってみたら女はいなくなってたし、彼女も最近はエレベータが気持ち悪くないと言ってた。
時と場合によるんだろうけど、こんな方法もアリなのかもしれないな」
ちょうど部屋に入ってきた伯父さんに「なんだ楽しそうだな」とたずねられたけど、曖昧に笑って大きな座卓にならべられた料理から、金時人参の煮物を取り箸でとる。
コンブの出汁と薄い塩味が、人参の甘みと旨味を引き立たせていた。