ごべっ
高校時代からの大親友、美咲とその彼氏の田中君と、私の彼氏である彰彦と四人で、一緒に海へ一泊二日の旅行に出かけることになった。
田中君がバイト先で知り合った、旅行代理店に勤めるお客さんから、これから観光地を目指して開発が始まったばかりのため、まだあまり人に知られていない隠れたいい場所を教えてもらったそうだ。
これまで何度も四人で旅行しているし、彰彦と田中君もすっかり親友になっているから、おたがい気がねなんてない。
車のレンタル代金は四人で出しあって、現地の食事の朝昼は彼氏たちが払ってくれて、夜は四人で出しあうことも決まっている。
全部おごってもらおうなんて思ってないし、何より夜くらいちょっと贅沢なもの食べたいよね。
車の中では大騒ぎしながら向こうへ着いた時のこと、あれがやりたい、これがしたいと盛り上がった。
そうして到着したのは、教えられたとおり観光客がほとんどいない、すごくきれいな場所だった。
宿は少ししなびていたけれど、それがかえっていい味だしてる。それに、すぐ目の前に海が広がっている。
「さっそく行こうぜ海!」
「行こ行こ!」
田中君と美咲が騒ぐ中、さっきまで運転していた彰彦は「悪い、ちょっと疲れた。オレはひと休みしてからいくわ」と言ったけれど、休むのならここじゃなくて浜辺でもいい。
「彰彦。実は私、ないしょで新しい水着かったの。早く見てほしいな」と誘ったら、ガバッと立ち上がって「今すぐ海行くぞ! 海!」と笑顔を輝かせる。
ほんと、単純なんだから。
「裕樹と杉村君、着替えるから部屋出て」
「えー別にいいだろ? 美咲」
「あんた智絵の見るつもり? いいのかなあ、ここに杉村君がいるのに」
「わかってる、わかってるって。じゃあオレらから着替えさせろ。五分もかからん。
先に浜辺でビーチパラソルとか用意しとくから」
「うーん。仕方ないそれなら先にどうぞ。智絵いいよね?」
「うん。ごめんね彰彦、疲れているのに」
「いいさ。鼻息荒くして待ってるよ」
「変態」
私たちが浜辺に出たのは、彰彦たちが出て行った三〇分後だった。
まわりには多くはないけれど数組の人たちがいて、広い浜辺を堪能している。
「おーい! こっちだこっち!」
田中君が手を振って私たちを呼んだ。彰彦はビーチパラソルの影の下で横になってる。
そばまで行って顔をのぞくと、大きないびきをかいて眠っている。たしかに鼻息荒くしてるわ。
「えいっ!」
鼻をつまむと「んがっ!」って声を出して目を開く。
「こらっ智絵! ……おまえ、その水着、に、に」
「なに?」
「ニコライ三世」
あー、ハイハイ。
「あれ、ニコライって二世までだったんじゃね?」
ちゃんと突っ込んでくれる田中君て優しいんだな。
「やあ、君たちどこから来たの?」
声のほうを見ると、家族連れの男の人だった。
「僕らは地元の人間だから、おいしい店とか教えてあげようか」
「おいしいお店!?」
美咲が「おいしい」に即座に反応する。
「……じゃあ、困ったことがあったら地元の者に言えば力になってくれるからね」
家族連れはおススメのお店を丁寧に教えてくれて、ここの観光スポットまで教えてくれた。
そしてなぜか「地元の者に相談すること」を強調していたような気がする。
だけどその後、また私たちはたくさんの「地元の者」と名のる人たちから、男女問わず話しかけられた。
中には男どうしの二人組で、一瞬ナンパに来たのかと思ったけれど、まっすぐ田中君と彰彦に話しかけたし。
「なんだか怖くないか? 不自然だろこれ」
「あれだろ、観光地を目指して開発が始まったっつってたから、地元のイメージを良くしようと必死なんじゃね?」
田中君の説明に、ああそうかと思ったけれど、なぜか美咲が暗い顔をしている。
「美咲、どうしたの?」
「うん。みんなはっきりとは言わないけれど、なんだか私たちに、肝試ししないように言っているような気がするの」
「肝試し、どうして?」
「みんな、夜はどこに食べに行くの、この辺りの夜は暗いから出歩かないほうがいい、ここ数日の夜の海は荒れるから宿でじっとしておくほうがいいって。
みんなが夜は外へ出るなって言うんだよ。
だけど、浜辺は危ないって言わなかった人に花火持って来てますって言ったら、浜辺でやるといい、地元の者もそうしてるって。矛盾してるよね」
「だったら次に来た連中にはっきりと、夜は肝試しする予定ですって言って反応を見ればいいだろう。オレが言うよ」
彰彦がまじめな顔でまともなことを言った。
次に声をかけて来たのは、私たちと同じ男女四人のグループだった。
「ここらの地元の人って、みんな優しいですね。もう何人もおススメのお店とか教えてもらってます」
彼らより先に彰彦が話しはじめる。
「それで、オレたち今夜は肝試ししようと思っているんですけど、いい場所あります?」
彰彦のひと言に、四人はあからさまに表情を変えた。
「さ、さあ……この辺はイナカだから肝試しする場所どころか、夜はどこでも肝試しっていうか」
「そうそう。わざわざ肝試しなんてしなくてもいいじゃない」
「そ、それより、夜はオレたちと飲みに行かないか? おごるよ」
「そうよ。その後、花火でもしようよ。わたし、いっぱい買って来るから」
四人が何かを隠しているのは間違いない。しかも、会ったばかりなのにおごろうとしてくれたり、花火をたくさん買って来てくれるだなんて。
あらためて問いただすと、四人はしぶしぶながら話してくれた。決めては美咲の「教えてくれないのならなにも知らないまま、私たち肝試ししてしまう。でも教えてくれれば行かない」だった。
彼らの話によると、地元には肝試しにぴったりの場所があるらしい。
そこがどこかは言えないけれど、地元以外の人が来て肝試しをする場合は、なぜか必ずそこを選んでしまうそうだ。
「そこに何があるの?」
私が尋ねると、彼らは一様に「何もない」と答える。
「本当に何もないんだ。霊現象とか、古い曰くとか何も。だけど……」
中の一人が重い口を開く。
「だけど、あそこへ肝試しに行った地元以外の者の中から、必ず一人、原因不明の自殺者が出るんだよ。
昔は遠い親戚とかで、身内から自殺者が出たことなんて隠しておきたかったから、あまり知られてなかった。
でも今はメールとかFacebookで気軽に知り合いになれるから、ここへ来てくれて仲良くなった人と帰ったあとでも簡単に連絡がとれる。
それで数年前、あの場所で肝試しをやった人が死ぬのがわかった。だけど、せっかく知り合った友だちが自殺するなんてイヤだろ?
だからといってここで肝試しすると死ぬなんて噂を広めるわけにはいかない。興味本位で来るやつが増えるのは目に見えてる。だから街ぐるみで観光客を見かけたら、肝試しをしないよう声をかけるのが決まってるんだ」
四人とも、冗談にしてはあまりに真剣な顔だったから、私たちも笑ったりすることができず、気まずい雰囲気で視線を交わしあった。
だけどその後、この四人と一緒に地元のおいしいお店に行って飲んで騒いだら、気まずさなんて消えて、いつもより楽しい思い出をつくることができた。
十二時過ぎに彼らと別れて宿へ向かっていると、田中君が「なあ、肝試ししようや」と言いだした。
「ちょっと裕樹、やめてよ」
美咲が止めても田中君は「行こう、行こうぜ!」と聞かない。
「おい田中。さすがにこの中から自殺者がでたらまずいだろう」
「大丈夫だって。べつにあいつらの言う場所じゃなければいいんだろ。
ほら、一番明るそうなあっちの森なんてどうだ? 今テキトーに選んだだけだから、その場所ってわけじゃないだろ」
「その場所もなにも、本当の場所なんて教えてくれなかったじゃないか」
「だからこの話は怪しいんだよ」
彰彦の言葉をさえぎって、田中君は続ける。
「オレはここへ来る前に、ある程度は観光できるところとか調べたんだ。だけどあんな話はいっさい出て来なかった。
だとすれば、あいつら自身が言った「興味本位で来るやつが増える」ってやつだよ。今の時代にあんな話を聞いてネットで広げないやつがいると思うか?」
「それはそうだけど……」
「だけど、オレも自殺者が出るのはいやだ。だから頭で考えて場所を選ばずに、テキトーに指さしたんだぜ」
「……あー、どうする智絵? 田中の話も理屈にあってる。それに実はオレもあれだけ行くなって言われたら、逆に行きたくなってたんだ」
「私はちょっと怖いけど、彰彦が行きたいならいいかも」
「智絵、本気!? だったら私も行かなきゃならないじゃない」
「別に本格的じゃなくても、ちょっとイナカの暗闇を楽しむだけでいいんじゃね?」
「それくらいだったら……」
結局、私たちは暗さが怖かっただけで、背筋が寒くなるとか変なものを見るなんてことはなく、ほんの少しだけ肝試し気分を味わって宿へ帰った。
あの旅行から帰って来て1か月が過ぎた。
どうしてこんなことになったんだろう。本当にいきなりのことだった。
「あそこへ肝試しに行った地元以外の者の中から、必ず一人、原因不明の自殺者が出る」
やっぱり地元の人たちの言うことを聞いておけばよかった。
原因なんてわからない。
彰彦、美咲、田中君。みんなすごく仲良かったし、これからもずっと続くと思ってた。
結婚式も同じ日に合同結婚式にしようって決めてたのに。
原因なんてわからない。
どうしてなのかも、まったくわからないよ。
だけど私は今すぐ、どうしてもこのホームから飛び降りなければならないの。
彰彦、愛してる。
美咲、大好き。
私が原因でみんなの仲が壊れてしまうかもしれない。
ああ、もう特急電車が近づいて来る。
早く、早く飛び込まないといけない。
本当にごめんね。ごめんね。ごめんね。ごべっ