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ウツロヤミ  作者: ミーン
33/39

落ち着く部屋

大学進学と同時に一人暮らしをはじめた私は、少しでも安い部屋を借りようと不動産屋さんで、今はやり(?)の「事故物件」がないかたずねてみることにした。


なんといっても私は、生まれてこのかた霊感なんてこれっぽっちも感じたことない、超鈍感体質だからコワイものなんてなにもない。


高校当時、男子女子関係なく、友だちみんなが「あそこ絶対コワイ」なんていってた学校近くの公園のトイレでさえ、私はなんにも感じなかった。

あとでそのトイレの裏から白骨死体が発見されたけど、犯罪に関わるのはコワイなと思っただけで、私はふつうに使ってたくらい。


だけど不動産屋さんからは「ないですね」とあっさりいわれた。

まあさすがに、初対面のお客に「ありますよ! これ事故物件」なんて出したりしないよね。

そんなことしたら、不動産屋さん自身があやしまれてしまう。きっと本当はあるんだけど、出すわけにいかないんだろう。これは失敗だった。


次の不動産屋さんでは、あせって話さないで「できるだけ安いところ」「昼間は授業やバイトに出かけるので日当りは気にしない」と相談して実際にいくつかの部屋を見せてもらい、担当の人とも親しくなりながら、さりげなく私がいかに鈍感かってこともアピールしておくのも忘れないでおく。


「あの……バイトが見つかって仕送りとあわせて、生活が安定するまでの2、3か月だけでも入れるもっと安い部屋はありませんか?」

「うーん。2、3か月ですか……それはそれで難しいですね」


そういいながらも担当の人は、資料を探しに事務所の奥へと入っていく。カウンター席に座って待ってると、やがて複雑な表情で出てきた。


「あまりお勧めはできませんが。契約が2、3か月というわけではありませんけれど、2、3か月くらいですぐに引っ越される格安のお部屋が1つあります」

「えっ、それって事故物件ですか?」

「いいえ違います。ちゃんと築当時からウチが関わっていますので、自殺や犯罪や事故には一切関係ありません。それは保証します」

私のわざといった疑問に、担当の人は大まじめにこたえてくれる。

「だったらどうして? マンスリーマンションじゃないですよね」

「もちろん違います。ですが、みなさん口をそろえて落ち着かないとおっしゃって……」


結局、マンションに案内された私は、薄暗いのも気にせずに、その場で二つ返事で決めた。


引っ越し当日は荷物整理やなにやらで、クタクタになって眠ったため、なにも起きず。

2日目はなにか起こらないか期待してたものの、なにもなし。

3日目も少し期待はしていたけれど、やっぱりなし。

4日目は期待しようかどうしようかと思ってるうちに眠ってしまって、朝だった。

5日目。おはよう、今日も元気だ。

6日目。大学も慣れてきて、友だちもできた。

7日目。バイトの面接に通った。あさってからガンバルぞ。



「ねえ、あなたの借りてるマンションの部屋の一つに“出る”ってうわさ聞いたことあるんだけど」

午前の講義が終わって、いっしょにお弁当を食べてる友だちの一人がそんな話をはじめる。

「そうそう。サークルの先輩がいってた。家賃はビックリするくらい安いけど、とても人が住めるようなとこじゃないんだって」

「へえ、そうなの? 私、入学してからずっと住んでるけど、なにも感じないよ。別の部屋だね、それ」

「なんでも〇〇号室らしいけど、あなた何号室?」


もちろん、すぐにみんなは私の部屋に行こうといい出した。

だけど、私はバイトがあるからすぐにはムリー! と断ったけど、もう私の意見は聞いてもらえそうにない。

明日の夜に、私の部屋でお泊まり会が決定してしまった。

でも「本当だったらコワイ」ので、A子という「自称見える人」と、「見える人なんじゃないの?」と言われてるB子を一緒に招待することにした。


みんなで騒ぎながらも、だんだん私の部屋に近づくにつれ、A子の様子がおかしくなってきた。

「ちょっ、ほんとにこの先なの?」青ざめた顔で額から汗をにじませる。

「どうしたのA子。なにか感じるの?」

「……いい。大丈夫。心配だからついてく」


実は、私たちはA子のことを「インチキ」だと思ってた。「見える見える」なんていって人をこわがらせるなんて最低。

だから「なにもない」私の部屋に連れてきて、一人でおびえる芝居をする彼女を笑ってあげようと。

そんな彼女が期待にたがわず、さっそく芝居をはじめたと、私たちは内心笑っていた。


「ここだよ」

「だめ! ムリムリ! 開けないで!」

私がドアを開けようとすると、顔面蒼白になったA子がエレベータホールの向こうから顔だけ出して叫んでる。

「大丈夫だよ。私、毎日ここで暮らしてるんだから」

「そうだよ。そんなに否定するなんて、住んでる人に失礼じゃない」

みんなから非難されたA子は、仕方なく黙りこむ。もう、みんな笑いをこらえるのに精一杯だ。


ドアを開けてもなにも変わった様子はない。

「さ、入ってみんな」友だちを中へ招き入れるなか、B子がキョロキョロしながら「いい部屋ね」と微笑んだ。


「ちょっ! あたしは入んないから! 信じらんない! ここ巣窟だよ!」

顔面蒼白のままドア近くまできたものの、入り口から入ってこようとしないA子を、私たちは冷ややかに見つめた。


誰も変な感じなんてしてないし、見える人らしいB子だって「いい部屋」っていってる。やっぱりA子って「見える」っていって人をこわがらせるだけのインチキだったんだ。


「……あ、あたし帰る!」

私たちの視線の意味に気づいたA子は、半泣きになって駆け出していった。



A子のことなんてとっくに忘れて盛り上がっているうちに、なかの一人が「ごめん、急に彼から呼び出しがあった」といって帰ってから、なぜか私たちの会話は途切れがちになった。

どうしてなのかわからないけれど、みんな時々、じっと耳をすましたり、急に違う方向に目を向けはじめたのだ。

「どうしたの? なにかあった」

「えっ? ううん。別に」

「なんでもないよ。なんでも」


そういっていたものの、お泊まり会のはずが、用事ができたといっては一人抜け二人抜けしていって、結局、夜まで残ったのは私とB子二人だけになっていた。


正直、B子とはこれまでそれほど仲良かったわけじゃない。だったらせっかくの機会なんだし仲良くなってしまおう。


「ねえB子。この部屋ってうわさになってるような変な部屋じゃないよね?」

彼女の空になったコップにジュースをついで、新しいポテチの袋を開けて勧める。

「うん。いい部屋だよ。わたしはすっごく落ち着く」

嬉しそうにポテチに手をのばしながら、彼女は惚けたように天井をながめた。

「そう、よかった。なんせ私は昔っから霊とかに超鈍感だから。正直、変なうわさのある部屋借りたら少しはなにか体験できるかもって思って、ここ借りたんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、わたしが今借りてる部屋と交換しない?」

「交換って、まさかB子の部屋って本当に出るの? だったらそっちでお泊まり会したほうがよかったんじゃない?」

「だめだよ。あっちはこんなものじゃないから、ぜんぜん物足りないよ」


あれ? 会話がおかしい。


「あの、B子。こんなものじゃないって、どういうこと?」

「うん? わたしは昔からまわりに“いる”のが当たり前だったから、まわりにたくさんいるほど落ち着くんだ。今借りてる部屋もかなり多いけど、ここに比べると、ぜんぜん少ないもの」


「……あの、え? B子?」

「A子のいってたこと本当だよ。一つの部屋にこれほど集まる場所ってほんとにめずらしい。うん。とっても落ち着く。あなたも体験してみたいんでしょ?」

B子が笑って私の目に手をかざしたとたん、部屋中をところ狭しとのし歩く異形のモノの姿が見えた。


気がつけば、足元にからみついているやせ細った腕。

背中に覆いかぶさっている生臭い息を吐く、赤く膨らんだ柔らかい人型。

原型をとどめていない動物だったものらしき、ゆらゆら揺れながら動く影……。


ナ、ナ、ナニコレ、ナニコレ、ナニコレ、ナニコレ!!

生まれてはじめて味わう感覚……背中に冷水を浴びせられたような悪寒と、吐き気。恐怖、恐怖、恐怖……。


部屋から飛び出した私は、ポケットに入れてた携帯から今晩泊めてもらえる友だちの部屋へ逃げこんだけど一睡もできず、次の日、大学でA子を探して泣きながら昨日のことを謝ると、最初からこうなることがわかってたらしく、やれやれと許してくれた。


部屋から逃げていった友だちから話を聞くと、なんだかわからないけどあの時はどうしても居心地が悪く、落ち着かず、一刻も早く部屋から出たいという考えしかなくなっていたそうだ。


そんな私は前の部屋に荷物やお金のすべてを置いてきたけれど、もう二度とあの部屋へは近づきたくない。

両親に平謝りして保証人になってもらい、お金を借りて、新しい部屋を見つけるときは、A子にあやしいものがなにもいないか確認してもらった。もう家賃が高いなんていってられない。



しばらくして人づてにB子から連絡があった。


「あの部屋わたしが借りることになったから、ここにあるあなたの荷物をそっちへ送りたいので新しい部屋の住所を教えてほしい。

大丈夫。心配ない。なにも憑いたりしてないし、周りのモノが減ったら寂しいから、わたしが憑かせたりしない。

もしモノで困ってる人がいれば教えてほしい。わたしがぜんぶ引き受けるから」


どうすればいいかずいぶん迷ったけれど、A子が「あたしが荷物見てあげる」と言ってくれたので、恐る恐る連絡をとると、荷物と全財産が手つかずで帰ってきた。

約束どおりA子に荷物を見てもらうと「信じられないくらい何もついてない。ふつう、どんな物でも持ち主から伝わる思い入れまで消えるなんて、あり得ないのに」といっていた。

B子がなんなのか、A子にも、もちろん私にもわかるはずがない。



今日、たまたまキャンパスでB子を見かけたけれど、見た目はなにも変わった様子はない。

彼女は私の視線に気づき嬉しそうに手をふったけれど、あの手がかざされないよう、私は背を向けて全力で逃げ出した。


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