雨の匂い
わたしは雨が好きじゃない。
もちろんあまり好きな人はいないだろうけど、わたしの場合は少し違う。
雨が好きという人や気にしない人は、わたしの話は聞かないほうがいい。
それでも聞きたい人は続きを読んでも構わないけど、そのあとどうなっても責任は持たないからそのつもりでいてね。
雨が降ると、水は地面に染みこむ。
たとえアスファルトでも、コンクリートでも、わずかなすき間から徐々に染みこんでいく。
降り始めた雨によって、むせるようにのぼってくる土の匂いを嗅いだことはある?
特に暑い日、強い陽射しでカラカラに干からびた地面に、突然、降り始めた夕立が渇いた地面を叩き起こして連れてくる匂い。
あれは地面の中に閉じ込められた、たくさんの命の匂いなんだよ。
命の匂いと言ってもピンとこない?
例えば、いいお天気の日に干したお布団から香る、お日さまの匂いを思い出して欲しい・・・。
あれは、お布団のワタの中に住んでいたダニが死んでカラカラなった匂いなの。
ダニって、エビとか節足動物の仲間だから、あんなに芳ばしい匂いになるんだよ。
雨の地面の匂いもそれと一緒。
その場所で死んだ生き物の体や血や肉が、雨で溶かされて地表に上がってくるの。
微生物、昆虫、小動物・・・。
それだけなら、いいけどね。
この国は、歴史上何度も争いを起こし、たくさんの人が埋葬されずに捨てられてきた。
歴史ある土地はもちろんのこと、新しく開かれた住宅地はもともと山だったり沼だったりしたところが多い。
そんなところなら、人知れず捨てられた死体があってもおかしくない。
山でも沼でもなかったからって安心するのは早いよ?
宅地開発にはたくさんの土が必要なの。
その土はどこから持ってくるんだろうね。
開発が進むほど、今まで掘り返さなかった場所から持ってこないといけなくなるんだからね。
マンションだったら安心?
だけどその建物は、大量の土を混ぜ合わせて造られてるんだよ。
ほら、雨が降ってきた。
昔から幽霊は沼のほとりや川のそばが有名だけど、それってみんな水ぎわだよね。
だから水辺の近くは「出やすい」の。
雨が降ると、土に染みこんだ何かが滲み出てくるんだよ。
ほら、雨が降ってくる。
地面からは、どんな匂いが這い上がってくる?
コンクリートの壁からは、どんな匂いがにじり寄ってくる?
いつもと違う匂いがしないといいね。
匂いがしないなら安心?
いつもと同じ匂いなら安心?
人間の鼻は、いつも嗅いでる匂いには鈍感になってしまうんだよ?
だから雨の日の匂いには注意してね。
身近にいる死体たちが、「ここにいるよ」って騒いでるんだから。