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ウツロヤミ  作者: ミーン
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516号室


私はある総合病院の5階、内科の病棟に看護師として勤務している。


大部屋には常に4人から6人の患者さんが入院され、私たちはチームで看護に当たっているけれど、忙しすぎて座って休む暇さえないことも多い。



新しく看護チームが組み替えになった時、516号室の病床稼働率が飛び抜けて高いことに気づいた。



病床稼働率というのは病院のベッドの利用状況を示す指標で、はっきり言えば利用率が低いと病院の利益に関わる。



個室は大部屋と違って別料金がかかるため神経質な方やお金持ちの人が使うことが多いのだけど、516号室の患者さんはみんな、入院後数日で退院されている。



回復されたのではなく、ご家族の涙とともに地下から無言で・・・。



先輩に516号室は、そういった方を入れるようにしているのか尋ねると、そんなことはないと言う。



ある日、30代の男性が肝機能障害でこの病室に入られた。



症状は安定していて先生も2週間で退院とおっしゃっていたのに、4日目の夜に突然容態が悪化して、そのまま帰らぬ人となった。



まだ若い奥さんと幼い2人の息子さんを残してのことで、ずいぶん心残りだったのだろう。


最期の顔は本当に悔しそうに見て取れた。



奥さんは病院にミスがあったのではないかと、弁護士を交えて院長先生と担当のドクターと話し合ったけれど、開示されたカルテや医療情報を詳しく検討された結果、訴えられることはなかった。



またある時、地元の議員さんが軽い脳血栓で入院され、516号室に入られた。



個室には連日、関係者の人がお見舞いに来て、ご本人もすぐに出られると笑っていたのに、6日目の夜、容態が悪化してICUに運ばれる間もなく亡くなられた。



長年の激務と入院されてなお最後まで指揮を振るったと、地元の人たちは議員さんを惜しんだ。




516号室はそんなことが日常茶飯事で起こる。



こんなに不自然なのに、誰もそれを口にしないし、あの部屋で何かあったのか調べても何の記録もない。



だけど、516号室の患者さんは相変わらず亡くなり続けた。



私は意を決して516号室が空いている時だけ夜に使わせてもらえないか相談してみた。



普通なら許されるはずないのだけれど、みんな否定していた割に「誰かが確かめるなら」と、特別に許されることになった。






初日は緊張したものの、4日、5日が過ぎるとだんだん飽きてくる。



同僚からも「どうだった?」と尋ねる声もなくなり、毎日の業務に忙殺されていく。




それは、7日目の深夜のこと・・・。




部屋の中に人の気配を感じて目が覚めた。



だけど・・・体が、動かない!?



金縛りは珍しいことじゃないし、急に目が覚めたのだから体より先に脳が目覚めただけで、じきに体も動くはず。



それよりベッドの周りにいる人たちはドクターみたいだけれど?




職業病だろうか。そう思った直後、我に返ってドッと汗が吹き出してきた。



この人たち、生きてない・・・・・。





頭で判っていても体はピクリとも動かない。



そのうち1人が近づいてきて、私の体に触れている・・・のかもしれないけれど、感触はない。



でもその触れかたはヤラシイものじゃなく、患部を探る触診のよう。



そして周りの人たちと集まって話し合っている様子だった。




耳を澄ますと「卵巣嚢腫の疑いがあるが、今回の研修生にはあてはまらない」「これでは実習にならない」とか聞こえてくる。



目を凝らすと、みんなずいぶん古い時代の手術着を着ている。





「仕方ない。今日の実習は取り止めだ」


私に触れていた人が言うと、周りの人たちも立ち去って行く。






昨夜の出来事を話しても誰も信じてくれず「職業病過ぎる」と笑われて、私も苦笑いするしかない。



だけど、言っていたことが気になって婦人科を受診したところ、本当に卵巣嚢腫が見つかった。



ただ、悪性ではなく一時的な腫れのようで、療養のため2日休みをもらい、次の月のものがきた時に治まっているかどうか様子を見ながら、3か月後に再検査することが決まった。






私の体験と実際に疾患が見つかったことから、うわさが流れた。



516号室には、あの世のドクターが研修医を連れて実習にやって来る。



だけど、指導しているドクターが学んだのはずいぶんと古い時代の医療で、その技術を使い、まだドクターじゃない研修医が勉強のために治療するのだから、治るものも治らない・・・。



だけどそんなうわさは亡くなった方に失礼なので、口外しないように話し合った。






その後も516号室は閉鎖されずに使われている。



ただし病室としてではなく、当直のドクターの休憩室として・・・。



過去に患者さんが亡くなられた日から割り出して、次の“回診の日”がいつごろなのかだいたい判るようになったのだ。



あの夜、私に触れた人は「教授」と呼ばれ、回診の日に合わせて泊まっておくと無料で診察してくれるから。



医者の不摂生という言葉があるけれど、実際この病院のドクターは忙しすぎて健康診断を受ける暇もなかっただけに重宝(?)している。



さすがに一人で受けることはなく、その日だけは数人で泊まってるみたいだけど・・・。



ある時、毎月「定期検診」を受けていたドクターたちが「最近、教授たち来なくなった」と言い出した。



「このままだと病気になった時、判らなくなるな」と笑ってたけど、どうか普通に健康診断を受けてください。






「そう言えば5階だけじゃなく、病院全体でも亡くなる患者さん、急に増えたみたいね」



誰かが思い出したようにつぶやいた。



「ICU(集中治療室)の患者さんもこのごろ亡くなるの早くない?」



「産科の赤ちゃんも、最近死産増えてるらしいわ」




もし研修期間が終わって、あの時の研修医たちが実際の医療現場に配属されたとすれば・・・。



これからこの病院で、もっと大勢の人たちが亡くなる予感がしてゾッとした。



教授は本当にドクターだったのか、それとも死神だったのだろうか?



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