番外編:視力
結婚し、私生活も仕事も順風満帆なアンリには、悩みがあった。
最近、目がかすみやすいのだ。魔道具技師の仕事を始めてからどんどん視力は落ちており、そろそろ今のレンズも替えなければいけないのだろう。
合わないレンズで仕事をしていると、目が疲れる。今も魔銃のネジを留めてから、どっと疲れて、眉間を揉んでいる。面倒だから、と明かりをつけるのを忘れるのもよくない。暗くなりはじめた外に、アンリはため息をついた。
「ため息をついて、どうしたんだ?」
不意にレオナードの声がした。部屋に明かりが灯る。どうやら仕事が終わったのか知らないが、迎えに来てくれたようだ。
アンリは「なんでも」と首を横に振って、眼鏡を外した。
「眼鏡の度が合わなくなってきたから、新しくしなくちゃいけないと思って」
「ふうん?」
レオナードはあまりピンと来ていない様子だ。そういえば、レオナードの視力は決して悪くない。アンリは彼をそっと見上げた。レオナードはその視線に気づき、「なんだ?」と首を傾げる。
「いや。あなたは視力がよくて、いいなって思ってた」
「そうだな。隅から隅まで見えるぞ」
にこり、と微笑まれて、アンリは「えへ」と笑った。
なんとなく言い方がいやらしくて、どきどきする。それとも、単純に、自分がいやらしい人間というだけなのだろうか……。
アンリが物思いに耽っていると、ひょいと眼鏡を取り上げられる。レオナードは戯れにレンズを覗き込んで、「うわ」と声をあげた。
「結構度がキツいな」
「そう?」
ふとレオナードが、眼鏡を机へ置く。アンリがそれを取ろうとすると、「アンリ」と名前を呼んで抱きしめてきた。顔が近づく。
そういう流れだと察して、アンリは頭を傾けてキスをした。レオナードはアンリの目じりを撫でて、「かわいい……」と感じ入ったように言う。
「お前の素顔は、こういうときでもないと見られない、か」
「眼鏡あるなしじゃ、そんなに変わんないと思うけど……」
「変わる」
アンリの反論を食べつくすように、レオナードがまたキスをする。完全に、色ボケしている。
そしてそれが、アンリは、決して満更でもないのだ。
目を薄っすらと開けると、ぼやけたレオナードの顔が見える。レオナードは視線に気づいたのか、紫色の瞳をわずかに開けた。
「綺麗だ」
その声にたまらなくなって、アンリは目を閉じる。レオナードは「目を見せろ」と言って、アンリの頬をなでさすった。
恐る恐る目を開けると、レオナードはアンリの額へ唇を落とす。
「俺だけだ」
レオナードがそう言うなら、そういうことにしておいてあげよう、とアンリは思った。
アクアマリンの瞳を細めて、アンリは「そうだよ」と笑った。




