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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

会津遊一 ホラー短編集

その時計の音は、何処からしたのであろうか俺は考える

作者: 会津遊一

 

 また。


 音がした。


 体の中からカチカチカチと。

 

 秒針の刻む音がした。


 まるで小さな懐中時計を飲み込んでしまったかのような音が、体内から響いていた。

 

 ずっと。


 それこそ毎日、毎時、毎秒、鳴り続けた。


 それは、まるでヘッドフォンで、ずっと音を強制的に聞かされているような気分だった。


 五月蠅くて仕方ない。


 最悪だ。


 が。

 

 俺は暫くの間、気が付かないフリをしていた。


 普通に日常をこなしていた。


 だって、そりゃそうだろう。


 ある日、気が付いたら体の中から時計の音がしていた、という事を信じる方が無理な話しだ。むしろ、仕事に疲れて幻聴が聞こえた、と考えた方が自然に思えるさ。


 でも、ダメだった。


 眠っていても。トイレの中でも。仕事中でも。友達とご飯を食べていても。彼女とセックスをしている最中でも、音はずっと聞こえてくるのだ。


 ずっと耐えられる筈もない。


 鳴り続ける時計の音を無視するには、限度ってもんがあった。




 我慢が出来なくなった俺は、始めて医者に行く事にした。


 慢性的な寝不足で身体が怠くなっていたし、精神的に追い詰められているのは自覚していた。このままカチカチという音を聞き続けていたら、きっと俺は発狂するという確信がある。


 しかし、医者は俺の話をまともに取り合ってはくれなかった。


「何回も申し上げますが、異常はありませんよ。体は健康そのものです」


「そんな事はないだろ。確実に体内から時計の音がするんだ」


「気のせいですって。あまり思い詰めない方が良いです」


 それを聞いて、俺の目付きが悪くなる。


「おいおい、なんだそりゃ。俺の心が原因だっていうのか」


「……いや、そういう意味ではなく」


「じゃあ、なんだって言うんだ!」


「……それは」


「うるせぇ! もういい! 兎に角、身体の中から時計の音が聞こえてくるんだよ! これは絶対だっ!」


 そう俺が大声を出すと、近くに居た看護師がきゃっと驚いたように身体を震わせていた。


 軈て、眉を顰めていた医師が口を開く。


「……そこまで仰るのなら、とりあえず別の病院でご相談してみてください」


「ふぅん。サジを投げやがったな」


「なんとでも仰ってください。それとお薬の方は忘れないで受け取って下さいね。死なれては私達の責任になりますので」


 と言って医者は微笑み、精神科の案内状と塗り薬の止血剤を渡してきたのであった。


 バカにしやがって。


 ヤツらは俺の気が狂っていると判断したのだ。


 クソ野郎共が。


 確実に時計の音は、俺の体内からしてくるんだよ。


 聞こえるんだよ。


 絶対に、俺の中には時計があるんだよ。




 医者の言う事が信じられなくなった俺は、自分で確認する事にした。


 まず、実費を払って何枚もレントゲンを撮影したり、何回も胃カメラを飲み込んだり、何錠も下剤を飲み込んだりしてみた。他にも触診できるという触れ込みのスポーツドクターや指圧の達人という奴等の所にだって足を運んでみた。


 が。


 それでも効果はなかった。


 それどころか俺のように弱った奴が鴨に見えるらしく、ヤツらは金を毟り取ろうと近寄ってくる始末であった。


 やれ、直りたいならクスリを買え。


 ほれ、治りたいならお布施を払え。 

 

 ってな。


 糞くだらねぇ。




 もう、外的要因を模索する術はやり尽くしただろう。


 こうなったら、残された最後の方法をやるしかない。


 これはやりたくはなかった。


 でも、仕方ない。


 自分の手で、自分の体を開いて、自分の目で確認する。


 それしか方法は無かった。


 睡眠不足で思考は廃油のようにドロドロと濁っていたし、身体の彼方此方は悲鳴を上げていた。


 もう俺には、秒針の音を聞き続けるのが限界だった。




 腹を決めた後の、俺の行動は早かった。


 まず、もぐりの医者から麻酔薬とメスを購入し、図書館から医術書を借りてきてた。本当なら輸血も必要だと考えたのだが、手に入れられなかったし、動脈を傷つけなければ数分ぐらいなら持つと判断した。


 何より、もう待ってはいられない。


 直ぐに手術を開始する事にしたのだった。


 が。 


 全ての用意が終わり、さあ手術をしようと白いシーツを引いた上に寝ころんだ所で俺は固まってしまう。


 動けない。

 

 ピクリとも。

 

 正直、怖かったんだ。

 

 執刀なんかやった事はなかったし、どうしても自分の肉体に刃物を入れるという行為に抵抗があった。


 恐怖で冷や汗が止まらなかった。


 動悸が強まり、呼吸が荒くなる。


 だが、軈て油のようにギラギラと輝いているメスを振り上げると、何の躊躇もなく血色が良い肌に刃を突き立てたのである。


 俺には、この秒針の音から逃げられるのなら何でもしてやる、という強迫観念にも似た強い決意があったからだ。




「やった……」


 と、喜ばずにはいられなかった。

 

 ついに俺は手術をやり遂げた。


 部屋の中は夥しい血液が散乱し、それを拭き取ったキッチンペーパーの赤黒い山が高々と積み上げられてる。執刀が上手くいかず、皮の隙間に溜まっていた脂肪の塊が床に落ちてテラテラと鈍い光を放っている。捲り上がった俺の皮が、生春巻きのようにだらしなく散っている。喉の奥が焼けこげそうなぐらい熱い吐瀉物を吐き出さないように我慢し、脱水症状になるぐらいの汗を滴らせているが、手術は成功したのである。


「さあ、何処だ」


 俺は原因を確認するべく反射鏡で自らの体内を映してみたのである。


 すると、直ぐに見つけられた。


 蛞蝓のように一定間隔で蠢いている内蔵の隙間に見慣れない異物が合ったからだ。


 それは、カチカチカチと、鳴っていた。


「あはははは。やっぱり、体内に時計は合ったんだ! どいつもこいつもヤブばかりだったな! 俺が正しかったんだよ! 何が体内に時計は無いだよ! あはははははは」


 俺は干し魚のように開いていた体内から時計を持ち上げると、どんな物なのか確認してみようとした。


 ただ、内蔵繊維の一部に引っかかっているらしく、上手く取り上げる事が出来なかった。


 グイッと引いてみると、まるでゴムのように伸び縮みしてしまう。


 仕方ないので強引に持ち上げてみると、ぶちぃん、という音を立てて千切れてしまった。


「ふん、手間をかけやがって。さて、どれどれ、どんな時計が入ってたんだ?」


 俺はしげしげと眺めた。


 その形は歪。


 色彩も悪い。


 ほんのり温かく。


 しかも材質は鉄ではなかった。


 変わったというか、市販されている物とは根本的に違う。


 ただ、驚く事はない。


 君は、生体プラスチックという物を知っているだろうか?


 主に歯科医師が利用しており、体内に入り込んだとしても害をなさない物質である。 


 デジタル時計の基盤は小さい物になると、5ミリ。それに5ミリ程の小型スピーカーを取り付ければ、大きさが梅干し程度の時計が出来上がるという寸法だ。


 それなら、体内にあってもレントゲンで反応し難いし、並の医者が気づけなくても仕方ないというものだろう。


 俺を勝ったのだ。


 俺を見下し、嘲り、嗤っていた医者達に勝った。


 その医者達の滑稽な姿を思い出し、俺は暫し笑った。


「ふふふふ」


 なあ。


 所で。


 君さ。


 もしかして君は、俺の気が狂っていた、とでも思ったんじゃないか?


 もしくは、俺が自分の心臓を時計だと勘違いして取り出してしまった、とでも思ったんじゃないか?


 はっはっはっ。


 ないない。


 診察していた医者の中にも、そんな事を危惧している奴が居たよ。


 止血剤なんか渡してきて、さ。


 バカバカしい。


 そんな事がある筈もないだろう。


 ずっと幻聴が聞こえるというよりも、時計を何かの拍子に飲み込んでしまったという方が遙かに現実的というものさ。


「あははははは!」




 数日後。


 異臭を嗅ぎつけた近所の住人が警察に通報した。


 その家の中には、赤い花が開いたように体中から出血している死体が横たわっている。


 それを見て2名の警察官は訝しんでいた。


「これ、自殺なんッスかね?」


「ああ」


「でも、こんな死に方は見た事がないッスよ。体中に傷を作っては縫うを繰り返して、出血多量で死ぬなんて……」


「詳しい結果は死体解剖しなければ分からないが、刃物の入射角が自傷行為じゃないと無理そうだ。どう考えても自殺だよ」


「そうだとしても、どうやって……」


 そう話している警察官の前には死体がある。


 自分で取り出した小さな肉の塊を握っている男の死体が。


 魚のよう開かれた筈の胸部が縫合されている死体が。


「どうやって心臓を取り出した後、元に戻したんでしょうか?」


「……さぁな」


 2人の警察官の顔色は青白くなっていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] イカレていく男の様が、実にホラーテイストたっぷりですね。私が書いてもこういう気持ち悪さが出ないんですよ。やはりセンスでしょうかね、こういうのは。 雰囲気のグロさとでも言いますか、嫌な感じは文…
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