第99話 民宿獄悶。
民宿・獄悶はギリギリのキャパだったが、昇が呼び戻すと「子供の姿!?だがまた来やがったな!楠木昇!また重三の鶏肉か?」とオーナーの龍之介さんと、奥さんの風香さんが「また東京からいきなり来た!いつも急に来るんだから!芋煮と米と味噌汁しか出せないよ?鶏なら重三さんに言ってよね」と言って、昇を迎え入れてくれた。
「にひひ。風香さんの芋煮も美味いし。お酒は付き合えないけどさ、龍之介さんにも会えて嬉しいよ」
「本当、楠木くんは台風みたいな子だよね。それに米粒一つも残さないから作り甲斐もあるしね」
「ったく、こんなオンボロ民宿に大人数でくるし、リピーターなんてお前くらいだぞ?」
相手に悪意さえなければ、本当に昇は何処ででも、誰とでも仲良くなれる。
そこに鶏肉を差し入れてくれた沖ノ島さんが私を紹介してくれると、「うぉぉぉっ!?遂に嫁さんに会えたぞ!」、「本当よ!大人数には足りないけど、来るのわかっていたら、お赤飯炊いてあげたのに!」と喜んでくれて気恥ずかしい。
でも嬉しいのは、歓迎して貰えるのは昇の頑張りが認められているからで、それが実感できて本当に嬉しい。
風香さんが食事を作って、龍之介さんが部屋掃除をしている時に、「ったく、半分くらいの人数なら、小豆があったから赤飯にしてやったのに」と言うと、昇が「小豆は前に出て来た小豆のサラダ美味しかったよね。と返事をしながら私を見て、「かなた?頼める?かなたのお汁粉を龍之介さん達にも食べてもらいたいや」と聞いてくる。
「お台所借りるの?私はいいけど」と言って台所を借りると、風香さんは「手際いいねぇ」と褒めてくれる。
お汁粉はお夜食にして、皆で夕飯を食べると、テンションが上がった龍之介さんが、「ちくしょう!とっておきだ!食え!」と言って糠漬けを出してくれる。
「超ラッキー!糠漬けだ!」と喜んだ昇は、春香に「春香好みのお漬物だよ。龍之介さんの自信作」と勧めると、本当に春香は「うわ、美味し」と喜んでいる。
このやり取りに改めて「で、なんなんだこれ?」と聞いてくる龍之介さんに、ザッとあらましを伝えると、昇の肩に手を置いて「無茶苦茶な話だがよくやった」と言い、「重三の鶏達をより早く世間に伝えられるな。それにやり直すとか戻すじゃねぇ。助走だ。これまでは助走だ。駆け抜けろ。今度は子供達と来い」と言った。
「え?まだ先だよ」
「聞いたからわかってる。その運命の運動会が終わったら来い。それまでに糠床を強化しておいてやる」
「マジで?」
「おうよ。マジだ。お前の子供は双子のプチ台風とか言ってたな。暴れても壊れねえような遊具作って待っててやる」
「絶対?」
「おうよ。だからキチンと連れてこいよな。嫁さんもよろしく頼むぜ」
昇はテンションが上がって嬉しそうに約束をして、その後食べたお汁粉を風香さんが喜ぶと、本当に嬉しそうにしていて、お弟子さんはそんな昇の姿に考えを改めると、子供の昇相手に「楠木さん、本当におせわになりました」とお礼を言った。
「いえいえ。絶対に美味しくなるから諦めずに頑張ってくださいね」
そんな昇に曽房さんは「まったく、敵いません」と言っていて、茂くんは「本当、昇はヤベェ奴だ」と相槌を打った後で、「昇ー、この鳥とあのタレなら、おすすめの米とか野菜とか塩とかあるのか?」と聞いてしまう。
「米はなぁ…今のままでも良いんだけど、ブレンドするなら南房総で、野菜は茨城と福島、塩は本当なら和歌山の方の塩がいいんだけど、どれも量と値段のバランスが難しいから、何年も長期スパンで見て少しずつ改善していくのがオススメかなぁ」
昇は指折り数えて「あ、でもまだこの時期だと試行錯誤の生産者さんもいるか…」なんて、言っている。
その顔を見て本当に嬉しそうな巌さんが、私に微笑みかけた後で、昇に「…それ、今度行くかい?」と声をかける。
昇は流石に今回のでも申し訳ないと思っていて、「悪いよぉ〜」と返すが、巌さんが「今回みたいにキチンと相談をされたり、予算が出る話で私達も損をしなければ行くかい?」と言ってくれる。
巌さんは薫と香が生まれる前に、私に昇の仕事ぶりを見せようとしてくれていて、さっきもそう話してくれた。
昇が「いい?」と聞くと、巌さんが「勿論さ。学業の邪魔にならないようにするからね」と言ってくれて、昇は「にひひ。助かります」とお礼を言った。
変な話だが、前はなかったコンサル業みたいな事を、巌さんは知り合い限定で始めていて、出た利益から私達を楽しませてくれていた。




