第95話 不発するドッキリ。
布団の並びは少しだけ揉める。
昇が「俺とかなたは一個でいいや」と言うと、そのまま真由さんに「真由さんは茂の部屋?」と聞く。
真由さんは呆れ顔で「本音はそれが良かったのに、茂が『万一があっちゃならねぇから、俺も大部屋で鬼になる』って言うんだよねぇ」と言うと、「茂、布団一個でいいよね?」と聞く。
「…それが願いなら仕方ねえ。前まで結婚してもベッドは別々だったが、今回が最後って昇が言い出したら少し考えを改めたくなった」
「マジで!?やった!じゃあ私達も一個だ!」
盛り上がる真由さんを見て、聞かれてもいないのに美咲は真っ赤な顔で「私は無理」と言い、堀切君が横で「どうした王子?」と聞いている。
梅子と会田君はひとつずつで横並びになり、春香達のパートナーのいない人達は、集まる感じで島になり「…あんまりイチャイチャしないでよね」、「本当だよ」、「春香、手を繋いであげるね」なんて話していた。
まあ、やらかしたのは関谷くんと明日香の所で、消灯した途端に明日香が暴走気味に、「優斗くん」と何回も名前を囁いて抱きついていて、関谷くんも満更では無いようで、拒絶の声が聞こえて来ない。
まあ確かに、行為の時は日中を選び、カーテンを開けて窓際で見せつけるようにするのが好きだと、明日香は言っていたなぁ、何回か前は一木に盗撮されてたのに懲りないものだ。
結局、人の目がある中でというのが明日香でいう所のアレで、茂くんが電気をつけて真っ赤な顔で「ゴルァ!4年早え!」と注意をしても、「…だって当分一緒にいられないと思うと寂しくて」と明日香が言い出してしまい、仕方なく「明日香、覚えてない?昼間にカーテン開けてするのが好きな明日香は、1人暮らしも公園のそばにしてたし、その時に一木に盗撮されて、関谷くんが困った事になった時もあったからね?」と釘を刺して、もう一度電気を消して布団に入ると、頭まで布団を被せてきた昇が「かなた…マジで?」と聞いてくる。
「マジだよ。そこから一木に写真と映像を消させるのに連絡取って、春香の近況が届いて風が吹くルートもあったんだから」
「…なんか本当にごめんな」
「いいよ。でも明日香の気持ちもわかるかも。離れ離れは辛いね」
「本当だ。実家よりも2人で住んでいる時の方が楽しいから余計にだよね」
私達はそんな話をしながらいつも通り、昇の左側に収まって眠りにつく。
昇はまだ背も小さくて、大人になればこの姿勢でも昇の足と私の足は同じ位置に来て絡められるのに今はまだそれが出来ない。
左側なのは右側が春香の定位置で、右側で寝ると昇は春香を思い出して風を吹かせてしまうし、寝ぼけて「春香」と名前を呼んでしまう日もあって、その後は一日中自己嫌悪で暗くなる。
だから右側にはどうあっても行かない。
行ったのはバイヤーの仕事で、昇が左腕を怪我した時くらいだった。
とにかく1週間だけでもこんなに楽しい。
この先私はどうなるのだろう?
ワクワクが止まらない。
それでもこの身体で主婦業はまだ辛いのか、すぐに眠れてしまった。
翌朝、聞きなれた音で目を覚ます。
うっすら目を開けると「あ、起きた」と言う真由さんの声と、「ひぃっ」と慌てる梅子と美咲の声。
そんな中でも聞こえてくるのは、カシャカシャと言う使い捨てカメラのシャッター音と、茂くんのスマホのシャッター音。
「ん?どうしたの?」と言いながら起きて茂くんを見ると、左手には房子さんのスマホまで持っていてムービーを撮っている。
「何してるの?」と言った時に全てがわかった。
春香が昇の右側ですっぽりと、かつての定位置にハマって寝ている。
朝から私の忍耐力を試さないでほしい。
苛立つ私に、茂くんが「桜、後でムービー見せてやる。だから黒桜になって昇をハメよう。日頃の仕返しだ」と言って悪い笑顔をする。
確かに、昇には散々愛を試すような事をされてきた。少しくらいやっても許される。
「茂くん、私二度寝をするから昇を起こして慌てさせて、春香は寝起きが悪いからすぐには起きないから、青くなる昇が見たい。タイミング見て起きるからよろしくね」
私は二度寝したフリをしていつものように昇に抱きつく。
本来なら昇は右手で私の頭を撫でて、「かなた、もう少し寝てなよ」と言うのだが、右手には春香の頭が乗っていてそれは出来ない。
目を瞑っているからわからないが、茂くんの笑いを我慢した声と、真由さんの「ブレるから我慢してよ茂」が聞こえる中、昇が「かなた、もう少し寝てなよ」と言ったが、いつまで経っても右手は頭にこない。
「腕、重い…、香かな?」と寝ぼけた昇は右手を見たのだろう。「ひぇ!?」と言うと、「風?吹いた?いつだここ?茂の家?」と慌てて左を見て、「かなた…、良かった…かなただ。安心した…」と言って、ホッとひと息つくと、「もう悲しませない。もう少し寝てて」と言って左腕を抜くと、「春香、寝ぼけてる?なんでここで寝てんの?」と起こして、「かなたが起きたら悲しむから、自分の布団に戻りな」と言い、春香の「昇、おはよう」、「まだかなたは寝てるから、もう少しだけいさせて?」の声にも、「ダメだよ。それをしたら春香と会えなくなる」とキチンと断ってくれた。
見ないでもわかる。
「はぁい…」と不服そうに起きた春香が、「え?真由さん?茂くん?」と驚き、昇が周りを見ると、ムービーを撮る茂くんに気付いて「何やってんの茂?仕込んだ?」なんて聞きながら、「かなたが悲しむ事をしちゃダメだって。かなたが寝ててくれて良かったよ。かなたをもう少しだけ寝かせてあげたいから、おやすみ」と言って寝てしまう。
イタズラが不発に終わった茂くんが、嬉しそうに「やるじゃねぇか、流石だ昇」と言いながら、春香を連れて元の位置に返すと、真由さんと二度寝を始める。
困った私は、起きたフリをして「昇?」と声をかけると、「あれま、起きちゃったか。ごめんねかなた」と言いながら私好みの強さで抱きしめてくれて、「トイレ行く?俺も行きたい。何時だろ?朝ごはんとか手伝わないとね」と言ってくれたので、私は「おはよう昇。ありがとう」と言ってそっとキスで返事をした。
ムービーは後で見せて貰ったら、寝ぼけた昇は右側に来た春香を私だと思い、「かなた?右側に来たの?右のが好きなのかな?今までごめん。これからは右でも好きな方で寝てね」と寝ながら声をかけてくれていた。
「愛じゃん」と囃し立てる真由さんに、「もう、こんなの見たら我慢が辛くなるよぉ」と言っておいた。
これは来週はご馳走で呼び寄せて泊まってもらうしかない。
昇はまだ何もないと言うが、抱きしめあってキスなら赦される。
絶対に一晩中してやる。
ちなみになんで茂くんと真由さんが起きていたかと言えば、間違いがあってはいけないからと言って、鬼になった茂くんの頑張りで殆ど寝てなかった。
春香は私にヤキモチを妬いて、葉子と七海に抱きしめて貰ってなんとか寝たが、明け方にはトイレに行ったついでに昇の布団に入り込んでいた。
この段階で茂くんが怒ろうとしたら、昇はムービーを撮る前にも「かなた」と何回も私の名前を呼んでいて、間違いが起きないとわかると、買っておいたインスタントカメラとスマホを用意して皆の写真を撮りまくっていた。
私は「黒桜には見せてやる」と言った茂くんのお陰で、こっそりと全部を見させて貰った。
圧巻だった。
お互いを春香だと思って、抱きしめ合いながら寝る葉子と七海。
隣り合わせで寝ていたはずの梅子は、会田くんの胸の中で寝ていて、美咲も堀切くんに腕枕をして胸に抱いて寝ていた。
まあ明日香と関谷くんはよくやるもんだと思ったのが、仰向けで眠る関谷くんの上に乗った明日香が、関谷くんの首筋にキスをしていた。
そして甘かったのは茂くんで、一瞬寝たところを真由さんに抱かされて、キス写真を撮られていた。
これも見せてくるようになった茂くんに、真由さんは「我慢きっつ」と言っていて、2人で笑い合った。




