第94話 楽しいお風呂。
皆がドン引きする中、この場で頼もしいのは三津下さんだった。
ドヤ顔で、「おめぇら、どうせ角材の角で殴ろうとか、つまんねえ事を考えたろ?」と言い出すと、「まずは硬さを見てだな?次だが、あれは角で殴るんじゃねぇ。平らな方で脳みそを揺らすようにダメージを与えるんだよ。で、動かなくなったら石でも何でも硬いもんでだな?」と熱弁をしてくれて、場が変な和み方をした所で、曽房さんが「三津下、もういい」と止めてから、「この前も思いましたが、危ない所でしたね。今回で最後ですよ。悔いの残らないように、理想の人生を歩みましょうね」とまとめてくれた。
その後は楽しく宴会をして、皆で片づけてから銭湯に行く。
「なんかさ、つるぺたんだと照れるね」と真由さんが言うと、明日香が「…皆さんは大きくなるから良いけど、私は永年Aカップだから、優斗くんに申し訳ないですぅ」と言って胸をおさえる。
女性陣がそんな話をしてる所で、男性陣は男性陣で「早くボーボーになりたい!後2年もある!」と昇が叫んで、堀切くんが「なあ昇、山田の奴は中1でボーボーだったらしいぜ?」と言っている大きな声が聞こえてくる。
まあ皆が大人になってるので、山田くんの話から「美咲、見たことあるの?」と春香が聞くと、「ないわよ。私は未経験だもん」と美咲が返す。
まあ他の客からしたら、小6の女の子達がするはずもない、ぶっ飛んだ会話に興味津々になっている。
梅子が「それならさ、山田に告白とかされたの?」と聞けば、心底嫌そうに「されないよ。やめてよ」と答え、横に座る春香が元々の人懐こさで、「でも、集まりだと一緒にいたよね?」と質問をする。
美咲は肩を落として「それ、皆がカップルみたいになってて、仕方なくだからね?それにアイツがグイグイくるし、それだけで勝手に彼氏彼女だと思い込んだりしてて、本当に嫌なんだよね」と言ってくる。
春香が名案とばかりに男湯を指さして、「じゃあ美咲、堀切くんとは?」と質問を続けると、呆れ顔で「余物同士で片付けようとしないで」と言って馬鹿にしたような顔をした。
そのまま堀切くんの声が聞こえてきて、更に呆れ顔になる美咲に、華子さんが「でも、私と修の結婚式では受付もしてくれたし、集まると並んでたよね」と話すと、春香が「え?そうなんだ」と言ってから、「私、今度は華子さんの結婚式に行けるかな?」と呟き、房子さんと華子さんが、「私達がキチンと躾けてあげるから、今度はキチンと新しい人生で幸せになりなさい」、「そうだよ。来てね」と言う。
話が綺麗にまとまった所で、梅子が「ねぇ、かなたは美咲と堀切の事とか、どうなるか知ってるの?」と聞いてくる。
まあ悪い話はない。でも美咲は独身でいたい、堀切くんを嫌いになりたくないとそればかり言っていて堀切くんがそれに付き合っていた。
皆が答えを知る者として、穴が開くくらい私の顔を見つめてくる。
楽しい。
楽しすぎる。
黒かなたで構わない。
私はニヤリと笑って「まあねぇ」と言ってから美咲を見ると、美咲はビクッとして驚いた顔で私を見る。
「美咲は火付が悪いのに、火がついたら大変なんだよね」
「おぉ、じゃあ!」
「え?いついつ?私と会田が21歳だけど、その後だよね?」
「や!やめてよかなた!私覚えてないよ!」
「うん。その感じだと相談に来た事とか覚えてないよね。完璧に覚えてるのは、話した感じ私だけだもん。中心人物の昇と春香にも結構抜けがあるしね。だから美咲と堀切くんの事も、知ってるのは私だけかも。あ、堀切くんなら覚えているのに、美咲に気を遣っているのかな、聞いてみると良いよ」
真っ赤な顔で「聞けないよ!」と言った美咲はとても可愛かった。
後でこっそり房子さんには、「30歳を過ぎても、奥手な美咲のせいで始まらないんだけど、面白そうだから脅かしちゃった」と話すと、房子さんは私の頭を撫でながら「うふふ。それはとても楽しいねぇ。そうだよ。楽しみなさい。今度は一番楽しいのが、かなちゃんじゃなきゃだめなんだからね」と言ってくれた。
もう悲しみの涙ではない。
楽しい涙が止まらなくなってしまう。
大部屋に敷かれた沢山の布団達。
買い出しの間に三津下さんが全部乾燥機で乾燥させてくれていた。
「毎回思うけど、茂の家は布団まで完備で本当に凄いよね」
「まあ、親父の友達とか、昔ウチにいて独立しちゃった人達とかもたまに来るからな」
「でも見た感じ、子供用の布団って無いよね」
「うん。薫と香が使わせて貰ったやつ」
私と昇の疑問に、曽房さんが「桜さんから双子の話を聞いていた時に、オヤジが結婚式を迎えたら用意をしておいて、遠慮されないように新品感を誤魔化して使わせると言っていたんですよ」と教えてくれた。
曽房さんはご両親を早くに亡くして、グレていた所を「身寄りがねえならウチに住め。うちの社員になって不動産の仕事とお好み焼きを焼け」、「アンタもうちの子だよ」と巌さんと房子さんと、先代のお爺様達に拾って貰っていた話を、結婚式の少し前に聞いていて、「桜さん、あなたには嫌な話かも知れませんが、私はあなたの「やり直しの風」が少しだけ羨ましいです。父母が事故死したのは、私が中1の時でした。私が12歳に戻れたら、事故から2人を守りたかった」と言った曽房さんは、「秘密ですよ。両親よりオヤジと姐さんの方がずっと素晴らしい方です。だからこそ私にはその風が吹かなかった。でも華子を失う未来を変えてもらえた。全力で何度でもお手伝いしますから、もしも私が坊ちゃんや華子の話でも桜さんを怪しんだら、この話をしてください」と続けて照れ笑いをしていた。




