第92話 餃子パーティー。
夕飯は駆け足だったが人海戦術に入る。
私と真由さん、房子さんと華子さん、後は明日香がメインになって餃子パーティを仕込んでいく。
梅子?美咲?春香?
3人の家事レベルはよーく知っている。
後でお皿洗いをやって貰う。
「昇、包んでってー」
「おうよ」
「茂、焼き始めていいよー」
「早えよ、とりあえず数作って、女どもも一緒に食えるようにするって」
「あんた。たこ焼き焼いたら曽房の鉄板手伝ってよ」
「これだよコレ!楽しすぎる!任せろ」
「修、鉄板出すなら海老から焼いて」
「華子、お前はまだ手術前だから、調子に乗るんじゃないぞ」
「優斗くん、皆でお皿の用意とかしてくれるかな?私が洗ったお皿を拭いて、堀切くん達に渡してあげてね」
「うん。わかってる」
梅子、春香、美咲が申し訳なさそうに、「えっとさ…、かなた?」、「真由さん?」、「私たちも女の子チームでお手伝いとか…」と声をかけてくるが、悪いが最長まで風が吹かなくても、未婚の美咲と、浮気続きで家に帰ってこない優雅を夫に迎えたせいで、家事レベルが上がらない春香、結婚はしたが会田くんの方が料理上手で、それに甘える梅子の料理はわざわざ食べたくない。
「うん。3人は飲み物作ってくれる?」
「餃子のタレをお皿によろしくね」
「あ、そこのサラダ出してくれる?」
知っている私達は触らせようともしない。
そもそもそんな中でも私は忙しい。
餃子のタネは楠木家、小岩家(茂)と小岩家(巌)、曽房家、そして関谷&姫宮家の味付けで作るし、サラダ当番からの流れで、野菜のカットを葉子と七海がやってくれているから少しマシだが、私はそれに加えて昇の為に酢豚を作る。
「わぁ、かなちゃんは相変わらず早すぎるー」
「えへへ。そりゃあ150歳越えてるお婆ちゃんだしねー」
「いやはや、手際じゃ敵わないね」
「かなちゃん、今は12歳なのに凄いねぇ」
なんて話しながら昇の為に料理を作るのは、運命の時を迎えた18歳まであり得なかったのに、12歳でやれてるだけで嬉しくて泣いてしまう。
そして餃子を包むのははっきり言って男だけなら昇の独壇場で、「うわ〜、昇くん早っ」と真由さんに言われると、昇は「ウチは双子の世話をしながらでも、かなたがキチンと中華を作ってくれてたから助け合ってたんだよ。ってか茂も遅くないし、まあ関谷も悪くないし、なんというか堀切は普通にどれでも平均点取るよね」なんて話す。
皆で作れば後は並んでひたすら餃子を焼き続ける。
ちなみに三津下さんは「洗い物のボスは俺だぁぁ!」と張り切ってくれているので、いつも最初は料理中に出てくるゴミの始末で、後片付けまでやってくれててありがたい。
私は焼き上がりを待てない昇に、「はい昇の酢豚だよ」と言って渡すと、「おお!会いたかったぜ酢豚!」と言って食べて「コレコレ」と喜ぶ。
「時間足りなかったから、仕込み不足で物足りないよね」
「そんな事ないって!」
喜んで食べる昇を見て、顔を曇らせる春香。
確かに居心地は良くないだろう。
春香基準でいえば「今回はまだ何もしてないのに」だ。
だがそれはこの150年からずっと、私が味わってきたことなので、申し訳ないなんて思わない。
見かねた美咲が「楠木、皆に見せつけ過ぎ」とつっこむと、「そう?俺はいままでかなたに沢山助けて貰ってきたから、もう遠慮はしないんだよ」と言ってから、春香を見て、「確かに春香には少し申し訳ないと思ってる。でも春香から受けた初恋の呪い。ゲリラ豪雨の言葉、沢山のこと、それらを支えてくれたのもかなただって思い出せたし、必ず一度でも春香と付き合わないと、かなたとは付き合えない流れができていて、それでも俺を待っててくれたし、許して支えてくれた。だから俺はもう遠慮はしないんだ」と言い切る。
…ずるい。
子供の身体が憎い。
どうしよう。
16歳まで待てる気がしない。
ここで何が何だかわからないのは、蒲生葉子と早稲田七海で、付き合いは薄くて、高校から先は連絡なんてほとんどなくなる。
2人は噂程度には聞いていたが、結局は一木の根回しで鎌倉で迷子にされるだけで、大樹珈琲に行くだけだったりする。
「え?そもそもそこなんだけどさ」
「私と葉子が鎌倉で迷子にされた時に、楠木が春香と来てくれたり、かなたと来てくれたりしてたけど、何が起きているの?」
昇は「お行儀悪いけど」って言って、食べながらまず最初に何があったかを話す。
「一木のせいで自信を喪失した楠木くんを奮起させたのが初彼女の春香で、でも春香は一木のせいで別の男と結婚をする。そこで縁を切ったのに、一木のせいで出席しないつもりだった酷い結婚式に呼ばれた楠木くんが、自信を取り戻してくれた春香のゲリラ豪雨の中で言った、早く楠木くんに会えてたら違っていたって言葉を引きずって、過去に戻れたらって思ったら戻った…」
「そうそう。で、その過去に戻れる「やり直しの風」ってのはなんでか知らないけど、俺とかなた、後は一木の3人のうち2人が願わないと吹かなくて、最初の時はかなたと婚約したら。一木が春香をけしかけてきて、俺はゲリラ豪雨の続きって言われてかなたを裏切る結果になるんだけど、春香は一木の根回しで優雅の元に戻っちゃうんだよ。で、俺はかなたに申し訳ないって思ったから、消える道を選んで行方をくらませたんだ」
やっぱり昇の最初の記憶が曖昧になっている。
前回も説明したけどわかっていない。
先週は沢山の記憶に翻弄されて混乱しているのかと思ったが、一週間経っても思い出されていない。
それは多分、あの顔を見る限り春香も思い出せていない。
誤解したままは気分が悪いので、後で昇には真実を伝える事にして「私は、昇を失った後悔でやり直しを願った。そうしたら長く辛い日々が始まったの」と言って昇の顔を見た。
シンとなる部屋で、餃子の焼ける音だけが聞こえる中、昇は「茂、たこ焼きとって、餃子焦がさないで」なんて言ってて、「お前…この空気の中でマジかよ」なんて言われている。
ここで七海が「楠木、あんた消えるってどこに行ったの?」と聞くと、昇はシレッと中部地方にある自殺の名所を口にして、「かなたに謝りながら、崖から飛んだ所までは覚えてんだけど、あの時ってどうなったんだろ」と軽口を叩くと、私の作った餃子を食べて「かなた!これだよこれ!次は焼売もやってくれ!」なんて言っている。
華子さんが「え!?身投げしたの!?そんな事も覚えてるの?」と聞くと、「うん。この前の時は春香と優雅の結婚式の後で戻された感覚だったけど、その後のことも思い出したよ。だから俺は、一木に言われた嫌な言葉を一つずつ取り除いてくれて、一緒に沢山の楽しい思い出を作ってくれて、別の時には結婚して双子の子供を産んでくれたかなたに感謝しきれないくらい感謝してるし、大切にしたいって気持ちでいっぱいだよ」と答えると、華子さんも「私も助からない時のことを思い出したから、今まで以上に修との時間を大切にしたいって思ったけど、昇くんには敵わないね」と言った。
曽房さんは少し照れくさい顔をしたけど、華子さんを見て微笑んでから、私を見て頭を下げてくれた。
曽房さんも華子さんを失って辛い時の気持ちが蘇っているはずだから、愛おしくて大切で仕方ないはずだ。
今度は絶対に幸せになって貰いたい。
「てかさあ!暗くなるから食べながら話そうよ。餃子焦げたら食材の神様に申し訳が立たないって!」
そう言った昇は居心地が良くない春香に、「春香、起きた事は起きた事、結果でしかないよ。俺はもう惑わされない。でも春香には泣いてほしくない。だから守るし助けるからさ、これからもよろしく。食べなよ。かなたの餃子美味しいし、房子さんの餃子もオススメだよ」と声をかけて笑いかけると、春香は涙を浮かべて頷いた。




