第88話 最良の結末へ。
山野家のリビングを転がった直後に、「痛ぇ」と言ってケロッと復活する昇を見て、茂くんが「昇?お前打たれ強いな?」と声をかける。
真由さんが「本当、最初の中学の時に茂に沢山殴られたんだよね?平気だったの?」と聞くと、「え?まあ殴られるのは爺ちゃんで慣れてたし、やり返したら子供の喧嘩で済まずに収集がつかなくなるだろうから、やり返したく無かったのと。茂がよく『お前の父ちゃん、夜遅くに風呂屋前の道を通るんだろ?ライトを消した車が背後から突っ込んだら対処できるか?』とか、『お前の母ちゃんは泳ぎが得意か?東京湾で水泳するか?』とか、『火災保険入ってるか?爺さん婆さんは足速いか?』って聞いてきたから、大人しくされるがままだったんだよ。前回の東中の時もかなたが助けてくれなかったら、大人しくするつもりだったし」と説明する。
まあ、大人しくして全裸土下座で春香に幻滅されるわけだが、悪い我慢をする昇らしい。
その横で、それを聞いた茂くんは真っ青な顔で「あ…、アレは三津下に言えって教わって」と説明すると、曽房さんが人殺しみたいな顔で「坊ちゃん?」と聞いていた。
話す事もなくなった時、春香のお父さんが「昇くん。かなたちゃん。茂くん、真由さん、皆さんもご迷惑をおかけしました」と言って頭を下げてきて、「皆は東中学校だよね?春香は別の中学に通わせるよ」と言い出す。
春香が「え!?お父さん!?」と聞き返して睨まれる中、昇が「それダメです」と止めると、春香に「春香、俺達は東中に行く。春香も東中に来てよ。俺はかなたと結婚するけど、春香は友達としてキチンと一木から守るから、東中に来て。それで高校から先は一木に関わらないようにしながら好きに生きて、今度は泣かされない人生、春香のお父さんやお母さんを困らせない人生を歩んでよ」と言った。
「昇…」
「昇くん、いいのかい?」
昇は私を見てから春香のお父さんに「はい。俺の奥さんはかなただけど、やっぱり一木が俺達の知らないところで、俺達の知っている人に悪さをしてると嫌だから」と言った。
そのまま帰ろうとすると、会田くんが「所で一木ってなんなのアイツ?」と聞いてきた。
昇が「知らね」と返す中、茂くんが「桜」と声をかけてきたので、私は頷いてから「知ってるよ」と言って一木幸平が目指すものを説明した。
昇が「え?アイツって人気者を目指してるの?」と言えば、春香が「あれで?」と続く。
少しヤキモチを妬くが、そのテンポは少し懐かしい。
「そうだよ。バラエティ番組の、意地悪な芸人の司会みたいに周りをぐちゃぐちゃにして、皆の人気を集めたいの。テレビで観た事あるよね?」
「桜から聞いたが、その先も無茶苦茶だぞ。好かれるような努力なんてしたくなくて、ありのままの自分で好かれたいってハードモードだ」
「…それ、逆立ちしても無理だよ」
「本当、昇の力で皆が戻ってきたら、その話をして、皆で『無理だ』って話そう」
「私はそいつ知らないけど、そんなに酷いの?なんで春香と昇くんなの?」
私は真由さんの疑問に首を横に振る。
「真由さん、一木の目標は、一番皆のウケが良かったのが昇を痛めつけた時だと思っているから、昇を痛めつけて人気者を不動のものにしたくて昇を狙ってるの。それにブレーキが壊れているから、人がドン引きしてしまうくらいの事をしても被害に比例して人気者になれるって思いこんでるんだよ。春香?春香を使うと昇が一番傷つくから狙ってるだけで、それ以外で言えば、個人レベルなら私も春香と同じくらいやられてるし、梅子も、ここにはいないけど美咲もやられてるし、会田くんも、堀切くんも皆色々とやられてるよ」
私の説明に「あれ?かなたって知らないって…」と不思議そうに聞く昇。
「初恋の呪いが残ってる昇に言っても、傷つくだけだから言わないよぉ」と説明すると、昇は「そっか、あんがとかなた」と言って、「じゃ!俺たち帰るから。春香もキチンと学校行って、東中でまた会おうね」と話を切り上げた。
私達は笑って解散をしてから、昇の家でお父さん達も交えて食事をする。
お嫁さんとして馴染んだ楠木家の味。
それも8人で、しかも12歳で食べられるとは思わなくて、ついニコニコとしてしまう。
だが昇は顔が暗い。
「どうしたの昇?」
「かなたご飯が食べたい」
これにはお義母さんが「何甘ったれてんだい!」と怒ってくれるが、昇は「だって、かなた酢豚の豚肉は、一度煮て柔らかくしてくれた豚肉を素揚げしてくれるし、たまに肉団子の素揚げの日もあるし、母さんのはただ揚げた豚肉なんだもん」と言って私を見てくる。
堪らない気持ちで「昇は仕方ないなぁ」と言うと、「お母さん、来週は昇が泊まりにきてもいいよね?」と聞いて、お母さんのOKが出ると「酢豚もやるから昇は餃子を包んでよねー」と声をかける。
目を輝かせて「やるやる!やるよ!」と言う昇を見て、お爺様が「…ったく、初恋の呪いが解けた途端コレかよ」と呆れて、お婆様が「ふふふ。かなちゃん。今度はまたおはぎを作りましょうねー」と言ってくれる。
何もかもが堪らなく嬉しくて、涙目で「はい」と言うと、皆が「もう辛い結末にはならないよ」と言ってくれる。
食後に昇は私を見てからキチンと、「俺たちは歴史を変えるよ」とお父さん達に宣言してくれた。
私が「うん。あの遠回りはいらない」と続けると、昇は「早く結婚しよう」と言ってくれる。
私は何度やっても嬉しかった結婚式を思い出して、「うん。また12年後にいつもの場所で」と返す。
「ええ、また同じ?今度は変えない?」
「ふふ。やだよ。あの日にあの式場で、お色直しのドレスはまた紫がいいよ」
「お礼の手紙も?」
「そうだよ。挨拶も頑張ってね」
まあこの感じならお爺様達は昇のスピーチを憶えている。
皆への感謝の言葉、それ以上に私への感謝が綴られたあのスピーチ。
実は茂くんからデータをもらって、疲れた日なんかには聞いていた。
「そっか、じゃあまた新婚旅行は沖縄にしよう」
私は楽しかった沖縄を思い出して「うん!」と言い、昇と微笑み合った。




