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はるかかなた。  作者: さんまぐ
【初恋解呪。編】

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第87話 初恋解呪。

息が乱れてふーふーと言ってしまう私に、昇が「かなた…」と申し訳なさそうに声をかけてくれる中、春香は「私はそんなに昇の事を教えて貰ってない…かなたの方が知ってる事が多いだけ」と逃げの一手を打つ。


これがまた許せなかった。


「何言ってるの!?昇は我慢強いの!努力家なの!本当に大変な事や辛い事は、なんでもない、格好悪いって言って、誰にも言わずに我慢するの!知らないの!?だから待ったんじゃない!教えてもらったんじゃない!聞いたの!丁寧に何回でも聞いて、少しずつ話してもらったの!なんで!?なんで春香は昇の彼女をしたのに、そんな事も知らないの?150年なんて使ってない!最初の時にはほとんど聞いてた!3度目以降は余程新しい出来事以外、聞いてないよ!」


春香は都合が悪い時の顔と仕草を始める。

昇はそれを見ると、初恋の呪いによって、いつも「わかった」と言って流してあげていた。


それもまた許せなかった。

堪らずに言葉が口から出ていた。


「夏の午後、ゲリラ豪雨、傘もささずにずぶ濡れの春香、泣いているのか雨なのか、泣き顔でごめんね昇、早く昇に会えていたら違っていたのにって春香は言ったんだ。早く…高校1年の優雅と会う前に会えていたら俺たちは違っていたのかな?」


「ブライダル雑誌を春香は持ってきた。2人で読んだ。春香にはお色直しに青色のドレスがいいなと言った。そうしたら優雅との結婚式でその色のドレスを着たんだ。辛かった。俺の思った通り似合っていたことが辛かった」


「俺はそもそも行かないつもりだったのに春香から電話が来た。優雅から電話が来た。出て欲しいと言われた。そもそも電話番号は変えておいたのに、調べて手に入れていた一木が春香と優雅にバラしていた。ふざけるなと思ったよ。アイツ、会社を調べて、同期の奴らを調べて、同期の奴ら経由で連絡先を手に入れてたんだ。昇にどうしても会いたい友達がいるから教えてくれなんて言ってた。行かなかったり断ったら、会社に噂を流されると思ったし、会社の皆に迷惑がかかると思ったんだ」


「結婚式でも散々一木にバカにされた。ウェディングドレス姿の春香の感想、誓いのキスの感想、お色直しの感想、キャンドルサービスの感想、どれも鬱陶しかった。二次会に行かなかったら、皆の励ましだなんて言ってムービーが届いた。全部観てないけど、観たムービーはずっと笑い物にする奴だった。俺はそんな事を言われる程の事をしたのかな?」


「でも、一番辛かったのは、式の合間に春香のお父さんが、心の底から申し訳なさそうに謝ってくれた事だった」


「本当に頑張ったんだ。優雅に会わせないため、何より春香やかなた、茂に堀切や町屋、会田達が悲しまない為にも、皆が辛い顔をしない為にも、一木に負けない為にもクラスのムードメーカーも頑張った。皆で遊びに行けるようにも頑張ったし、勉強も頑張った。何がいけなかったのかな?」



「これは全部、初めて春香に裏切られて、結婚式に参列して寝込んだ昇から聞いた事、前回と同じ流れで別の8月7日の先で、春香が優雅に迫られて調子よく断る為に『昇が未練タラタラで付き合えない』って嘘をついて、それらを全部一木が流した噂で学校に通う事もできなくなって、更に固形物が食べられなくなった時に聞いた事だよ!」


もう泣いていた。

この百数十年、本気で泣くのは戻って来させられた日と、結婚式の日や薫と香を産んだ日くらいなのに、今日はかなり感情が動く。


「かなた…。あんがと」と言った昇は私の手を取って、「本当に何回もありがとう。ずっと助けてくれてありがとう」と言ってくれてから、「春香、今ハッキリさせよう」と言った。


「昇?」

「もう俺に、かなたの言う初恋の呪いはない。だからキチンと終わらせる為にもハッキリさせよう」


昇は穏やかで冷静な目で春香の目をじっと見て、一度深呼吸をした。


「最初の時、優雅が何股もして、春香に優雅の浮気を伝えて泣かせて喜んだ一木。浮気相手と春香にお互いの情報をばら撒いて楽しんだ一木のせいで、バイト先のファミレスにまで優雅の浮気相手が乗り込んできて、客席で春香は悪く言われた。それがきっかけで春香が泣いて優雅と別れた」


今もあの日に近い。

春香を問い詰めてくる浮気相手、それをキッチンで心配そうに見守る昇と客席で接客をしながら春香を見ていた私。


春香を問い詰める私と昇。

春香を見ている春香の両親。

事態を見守る真由さん達。


「あの時に優雅と行く予定だった場所に、俺が代わりに誘ってもらえた。一木のせいで中学の時に茂から何ヶ月も虐められて、一木に揶揄われて、イジられて擦られて、周りから避けられている風に思って、周りの皆と壁が出来てしまって人としての自信を失って、一木に勉強の邪魔をされて、爺ちゃん達も死んじゃって、微劣高校にしか行けなくて、人生が真っ暗だった俺は、あの春香の誘いが嬉しかった」


あの時、一緒に働いた私が同じことをしても昇には届かなかった。

それこそ、一木の言葉が私と昇を台無しにしていた。

でも、嬉しそうな昇を見て何も言えなかった。

だから胸が痛くても応援したかった。


「ドッキリじゃないか、一木が何かしているんじゃないかと心配もした。でも春香はそんな事なかった。何度も出かけて、食事に行った時、シェアが嫌いな春香が俺とならシェアできるって言ってくれて、一緒にシェアした日もようやく人並になれたって思えて嬉しかった。好きになった時、付き合える事になって嬉しかった。大学生活の中でも俺達はキチンとやれていた。人としての自信も取り戻した。あの日々が今の俺を形作ったと思っているし、爺ちゃん達に俺と春香の姿を見て貰いたいと密かに思っていた。春香に報いる事、春香を守ることが俺の生きる意味や目的だと思った」


これこそが決定的な昇の初恋の呪い。

その始まり。

本当に私ではあの時の昇を救えなかった。


「大学生活で、別々の学校だったけど俺達の仲はうまく行っていた。だから春香はブライダル雑誌も持ってきて、楽しそうに理想の式場を見て、お色直しのドレスを選んでいた。一緒に話してドレスの色を決めた。俺は本気で春香を愛していたし、結婚を意識していた。夢を話した時、バイヤーの仕事を伝えた時、春香は応援してくれた。それなのに新人研修に行ったら、一木が皆を集めて飲み会を催した。春香は帰ってきたら優雅とよりを戻していて、ゲリラ豪雨の中で謝ってくれた。それ以外にも今かなたが言った事、全部の意味を、今ここで俺は知りたい」


春香は都合が悪い時の顔をしたが、昇は許す事なく「これでチャラにしたい。だから話して」と言うと、諦めた春香はようやく話し始めた。


私は春香の言葉を聞いていて「そうだろうな」、「春香だし」、「春香だもん」と言葉が出てきそうになる。


春香の言葉に大した意味は無かった。


ゲリラ豪雨の謝罪にしても、「仕方のない理由」を口にする事で、我慢強い、悪く言えば物分かりのいい昇に察してもらって、円満な関係解消を狙っていただけで意味なんてない。


結婚式をやる事は一木に乗せられた優雅に言われただけ、披露宴の席順にしても、お色直しのドレスにしても、何にしても「一木にしつこく聞かれて、仕方なく話したから」、「一木に勧められて、昇に遠慮したが、一木に乗せられた優雅が『昇に遠慮なんてしないで、着たいものを着るべきだ』と言ってくれたから」、「私は気にしていたけど、一木と優雅から『どうせならキチンと晴れ姿を昇に見てもらって、祝福してもらおう』、『昇にもケジメが大事だからちゃんとやってやろう』って話になったから」ただそれだけだった。


まあ、一木に乗せられやすく、優雅の無理強いに弱い春香ならでは。

これまでの寝取られや、優雅とヨリを戻すのも、一木の言葉で悪いのは昇だと言われて、優雅も悪くて、春香は仕方ないだけと言われたところに、優雅から強く迫られて断りきれなくて、嫌がった事で悪く思われたり、言われたり、後ろ指を指されるような噂を流されたくなくて、状況に流されているだけだと本人の口からキチンと言わせた。



「ろ…ろくな意味なんてなかったの?お…俺のこれまでのやり直しってなんだったんだ?」


初恋の呪いが完全に解けて、真っ青な顔で放心してフラフラする昇を支えた私と茂くん。その横に来たお爺様が昇の肩に手を置いて、「努力は残った!結果も出した!お前はその努力の結果でかなちゃんを幸せにして、早くひ孫に会わせやがれ」と言ってから、「根性注入!」と言っていきなり平手打ちをしていた。


あまりの威力に私と茂くんでは支えきれず、「ぶべっ!?」と言って、昇は山野家のリビングを転げた。

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