第8話 夏休み明けの言いがかり。
夏休み中、小岩茂は祭りで騒ぎを起こして補導されていた。
そこには一木幸平もいて、一木繋がりで東中学校の人間も、数名警察のご厄介になっていた。
その中にはあの日、一緒に帰ろうと言っていたクラスメイトもいて、昇は聞いていて辛い気持ちになる。
そして、何故かそれで昇の評判が落ちていた。
新学期、挨拶をした友達に無視をされて、堀切拓実が「なんだ?変なの。楠木は気にするなよな」と声をかけてくれる。
そして放課後までに何があったかはすぐにわかる。
どういう経路でいけばそうなるのかわからない謎理論と超展開で、補導された一木幸平はあの日、一緒に帰らなかった昇のせいで、小岩茂と縁が切れずに祭りに呼び出されて、警察に補導されたとふれ回っていた。
それにはかなたが「関係ない」と女子達に言い、男子には堀切拓実が「なんで楠木が関係してんだよ。アイツは普通に委員会活動をしていただけだろ?」と言ってくれた事で、多少落ち着くが、それでも巻き込まれた連中は、怒りのやり場に一木の誘導が加わって、よく知らない楠木昇を選んでいた。
放課後、図書委員の顧問をしている岩渕が、補導された生徒達から話を聞く中で、配慮はしていたが「前から小岩茂と一木が共にいる所を目撃した」と言った話から、「気にしていた」と言葉が出る流れに、岩渕は図書委員の教諭で図書委員は楠木昇。
やはり楠木昇が諸悪だと一木幸平は決めつけて騒ぎ立てていた。
その頃、何故こんなにも人生で一木幸平と関わらなければならないのかと、昇は頭を抱えたが、次の瞬間には堀切拓実とかなた、そして何より春香の身を案じて、翌日の金曜日に3人には「よくわかんないけど狙われているのは、きっと俺だから近づかない方がいいよ」と断りを入れて批判の的にされる道を選んだ。
これは前の世界でもそうだが昇の問題でもある。
西中にいい思い出はないのかも知れないが、困った時に他人を頼れない。
結婚式の日同様に、酔い潰れるように自滅の道を選んで、最悪の形で難を逃れようとする。
堀切拓実や春香も「そんなこと言うなって」、「そうだよ。危ないよ」と止めてくれたのだが、昇は堀切拓実と春香に「同じ小学校繋がりで、かなたに迷惑がかかると嫌だから、かなたは守ってくれないかな?」と言って1人で先に帰ってしまうと、一木幸平達に待ち伏せをされていた。
一木幸平が何故昇を狙うのか、何故昇の通学路を知っているかはわからない。
なんでアレ、元東小学校の連中を引き連れて待ち伏せていて、今目の前にいる。
「よぉ楠木昇」と声をかけてくる一木幸平はかつての一木によく似ている。
同じ人間だから仕方ない。
だが昇は初見の顔で「馴れ馴れしいけど誰?何?」と聞くと、一木幸平は「お前のせいで、俺達は小岩に付き合わさせられて補導されたんだよ!お先真っ暗なんだよ!内申はガタガタでいい私立なんて夢のまた夢だ!」と怒鳴りつけてくる。
昇は「だから誰?」と言いながら、昨日自分を無視してきた会田晶に「ねえ、コイツ誰?」と聞くと、会田晶は「え?知らないのか?」と聞き返してくる。
昇は一木を無視したまま「知らないよ。同じ小学校はかなただけだし、前に会田が帰ろうって誘ってくれた日に、後ろにいた気もするけど、それくらいしか知らないよ。何組のやつ?」と聞くと、会田晶は正直に「3組の一木」と教えてくれた。
昇は改めて一木を見て「なんではじめましての奴に、全部俺が悪いなんて言われなきゃいけないの?」と聞くと、一木は大きなため息をつき、「お前…、なんも知らねえのか?」と言った後で、「あの日、お前がついてこなかった日に、俺達は帰り道で小岩茂に会ったんだよ。それで会田達は顔見知りで捕まるし。俺は連絡先を聞かれて断れなくて、交換したら、休みの度に呼ばれて舎弟みたいな扱いされてんだ!それもコレもお前が来なかったからだ!」と言う。
意味がわからない。
普通に意味がわからない。
昇はロクな返事も返さずに会田晶を見て「意味わかんない。会田はわかる?」と聞くと、会田晶をはじめとする数名の連中は皆で「わかんない」と言い始める。
そのまま「なんで俺が全部悪くて、会田達に無視されるの?」と聞けばまた、「わからない」と返ってくる。
昇はこのタイミングで「俺、関係ないよね?帰るね。会田達ももう帰ったほうがいいよ」と言って一木をやり過ごすと、背後から「お前!覚悟しておけよ!小岩茂に焼き入れて貰うからな!」と聞こえてきて、平静を装ったが内心は面倒な事になったと落ち込んでいた。
正直、大人になってから戻ってきた昇からすれば、中学生の殴り合いはそんなに怖くない。
痛いだけで問題もない。
だが問題は相手が小岩茂で、常時武装している噂がある事と、家族が反社だと噂されていて、本当に反社だとしたら面子を重視して子供の喧嘩で終わらない場合がある事。
本人もかつて何度かそれを口にしながら、遠回しに家族に危害を加えると言っていた事を思い出した。
昔は反社の子供、教師も手が出せないアンタッチャブルな存在として慄いたが、今はまた違う理由で慄いてしまう。
そこを持ってあの一木の発言。
間違いなく有る事無い事吹聴して小岩茂をけしかけてくる。
そしてその成功体験で東中を我が物顔で好き放題するつもりだとすぐにわかった。