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はるかかなた。  作者: さんまぐ
【外伝:一木幸平に風が吹くまで。】

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79/107

第79話 一木幸平が楠木昇を使って手に入れたい夢。

高校時代は少しでも浮ついた噂の出た男女を見ると上田優雅をけしかけた。

上田優雅は余程の見た目以外の女は平気で抱こうとした。



あまり頭の回転が良くない上田優雅、言うなれば、ノリの良さと顔面偏差値の高さゆえに話術を磨く苦労をしていない上田優雅は直球勝負しかできない。

それをフォローするのは一木幸平で、これも腕の見せ所で、やればやるだけ実力になる、これもある種の武者修行だと思っていた。


流れはあくまで簡単で、一木幸平がお笑いスレスレだと思っている、ネガティブキャンペーンに屈しなかった女子に、いきなり「行くよ」と声をかけて連れ出す。


相手の言葉は聞いているフリで済ませて、とにかく誘導していく。

雑談の中に、さりげなく優雅を勧めてみて、露骨に嫌がる女子には「話がある」だけで済ませて、帰ろうとしても「話一つ聞けない、心の狭い人間だと地元で広まったら困るんじゃないか」と言って連れて行く。


育ちの良さや甘さなんかで優雅にまで気を使って悪く言わないような女子には優雅の良さを売り込みながら、話があると言って連れて行く。

大体ホテル街が近づいてくると、女子は身構えて逃げようとするが、スマホのカメラを向けて「そういうのいいから」、「もうそのリアクション貰ったから」と言って黙らせて、逃げ出すための考えがまとまらないうちに優雅と合流する。


一木幸平は更に相手を見極めて、気の強い女子には「ビビってる?その姿を皆に見せちゃお、明日からスクールカースト底辺で見下されちゃうね。イヒヒ。怖くないならついてくるくらい、出来るよね?」と言い、気の弱い女子には「ここまで来た事、ご両親や彼氏が知ったらどうなっちゃうんだろうね。怒られて学校辞めさせられて、もう彼氏に会えないかもよ?ふふふ」と、言って逃げ道を封殺してしまう。

とにかく考える隙を与えない。ここまで来たらスピード勝負だった。



全ては自分の腕の見せ所、その考えだけで行動していた。

後は優雅が「まあまあ」、「じゃあ入るだけ入ってみようぜ」、「こういう時のノリの良さって大事だぜ?」、「嫌なら何もしないって」と言って強引に中に連れていく。


一木幸平はキチンと出てくるまでムービーを撮ることを忘れない。

動画配信者のように自撮りでラブホテルの前に居る事、上田優雅と相手の子が入って行き、10分が経った事なんかを実況していく。そして出てきてドヤ顔の上田優雅と気落ちしている女子や、上田優雅に乗り換えてもいいと思ってしまった頭の緩い女子の顔を撮って拡散する。


ここまでくれば大体の女子は足がすくんで逃げられない。

だが、仮に逃げたら彼氏にその映像を見せて疑心暗鬼を植え付けて、別れさせて笑い者にしてしまうだけだし、エピソードトークひとつでその日集まった仲間内で笑いが取れる。

ただ、呼ぶ人選は少し吟味していて、楠木昇を呼ぶと笑いがブレる感じがしていたので、一木幸平は昇の事は呼ばずに放置していた。


一木幸平と上田優雅からすれば、一世一代の大勝負なんかではなく、別に狩りと収獲の話でしかないので、不発ならその場で遊べる人間を呼んで、カラオケでもボーリングでも行けばいい。

うまく行かなかったエピソード一つでも、面白おかしく話ができて笑いが取れれば、一木幸平は儲けもので、お笑いの経験値になると思い込んでいた。



これが成功しているひとつに、上田優雅は顔面偏差値の高さとノリの良さ以外にも精力の強さがずば抜けていたようで、それこそ連日ホテル通いが続いても嫌な顔一つせず、それどころか、自分一人では成功率が今一つだったのに、一木幸平がブレインになってくれるだけで成功率が爆上がりする状況に、上田優雅は一木幸平をどんどん気に入っていく。


「百人斬りいっちまうか?幸平!」

「いひひ、凄いじゃん優雅。学年の女子がほぼ全部じゃん」


それはノリの良い適当な言葉ではなく、優雅は有言実行をしようとした。

その結果、手に負えない一木幸平と上田優雅ではなく、ヘイトは何も知らない彼女の春香に向かい、春香は優雅の彼女なのに何も知らず優雅を抑えきれないダメ女として陰口を叩かれていた。


春香は上田優雅がこれだけしていても「してねーって、幸平がフカして、相手が騙されてるだけだろ?」、「本命は春香だけなんだからヤキモチ妬くなよ」と言われ、一木幸平から「いひひ、信じてあげなよ。ここで掌返すと、女子達の仕返しが怖いと思うよ?」、「仕方ないって、春香は悪くないって、優雅が無茶苦茶なだけだって」と言われてしまえば、それを信じることにしてしまっていた。



一木幸平も十分におかしいが、上田優雅の異常性も物凄い。

いつ関係を持ったのかもわからない女子が妊娠し、責任を取れと何べん言ってきて、親が対処しても懲りる事無く他の学年にまで手を伸ばして百人斬りを続けていく。


一木幸平からしたら、楽なことこの上なかった。

相手の女子が親に泣きついて騒ぎが大きくなっても、「上田優雅が相手の子に話があるから、連れてきてくれと言っただけで、まさかそんな話だとは思わなかった」と言って逃げを打つ。

上田優雅は馬鹿丸出しでそれを肯定して「話の流れから男女の仲になっただけで、後から合意じゃなかったとかは、酷いんじゃない?」と言う。

上田優雅の態度が堂々としている上に申し訳なさの欠片もなく、怒る相手だけが馬鹿に見えて困惑している間に、一木幸平が相手の家の周りに合意を後から崩す人でなし一家と噂を流して、立ち消えさせてしまえば殆ど罪はない。


上田優雅の家だけがどんどん、慰謝料や治療費で疲弊していくが、上田優雅は「それくらい親の義務だ」くらいにしか思わないし、一木幸平は苦しむ人間がいることが嬉しいだけだった。


そんな百人斬りの中の1人と、一木幸平すら把握していなかった、上田優雅の地元の1人が上田優雅に本気になった。

上田優雅に対して本気になる意味がわからなかったが、一木幸平からすれば、女というのは、自分を過信して、とんでもない相手でも自分なら乗りこなせる、自分は特別扱いをされると思い込んでいる。そんな感じに思えていた。


一木幸平はそれを誘導して地方に行く前の最後のひと仕事として、山野春香がアルバイトをしているファミレスに乗り込ませた。


あの日は客として来店し、客席から見ていたが、楽しくてたまらなかった。

テレビの向こうで見ていたドッキリのような映像が目の前にある。

それを誘導して、この場を作ったのは自分。

もう堪らなかった。

隠し撮りをして、何べんも家で観て、快感に身体を震わせていた。


結局、上田優雅は店に迷惑をかけた存在としてアルバイトをクビになり、山野春香にフラれた。

その後、大学生になった楠木昇と山野春香は交際を始めていた。




飲み会の場で上田優雅はバカすぎて一木幸平からすると、途中途中で邪魔になる。


飲み会の間も「久しぶりにこの後どう?」、「昇、いないんだろ?」、「やろうぜ」、「ホテル行こうぜ」しか言わない。


違う。


一木幸平は、それもまた有能な司会者の気持ちでバカな出演者を転がして、場をコントロールする。


腕の見せ所だった。


山野春香には手始めに楠木昇のことを褒める。

西中学校の底辺だった昇が、微劣高校からそこそこの大学への躍進、そして仕事も夢を叶えた大躍進を話させて鼻高々にさせる。


「うん。昇は頑張ってたよ」


誇らしげに語る山野春香。

この言葉が出たら今度は山野春香が就職活動に失敗した話を出して、劣等感をくすぐる。


そもそも、山野春香に大手や特別な仕事に就ける理由がない。

せいぜい、見た目と陽キャラで学生生活に大した挫折がないくらい。


それこそファミレスのアルバイトが馴染んでいるのだから、飲食店の仕事をすればいいのに、頭でっかちに言い訳だけ先に出して「飲食は大変な世界だし、休みもあわなくて昇といられなくなるもん」なんて言って逃げを打つ。


劣等感から徐々に顔を曇らせる山野春香に、今度は就職活動で失敗した山野春香を気遣わずに夢に向かって、独りで進む楠木昇は無神経だと言う。


「そうかな…。そうだよね。昇も酷いよね」


この言葉さえ引き出せば後は簡単だった。


昇を落として持ち上げて、山野春香をぐらつかせてから「この後の事は仕方ない事」、「今の山野春香を寂しがらせて悲しませる昇が悪い」、「もしかしたら昇は春香より仕事がいいのかもしれない」、「だから山野春香は何も悪くない」という理由、責任は楠木昇にある、上田優雅にある。


後は断りきれない山野春香は悪くないという状況さえ作れば簡単だった。

山野春香は上田優雅の誘いに乗った。


「大丈夫だって、昇には俺からも言ってやるから」


これだけで「…えぇ?しつこいなぁ、本当はダメだし、今回だけだよ?」なんて言ってホイホイと着いて行った。


一木幸平は楽しさの絶頂にいた。

実況中継をすれば遠い地方の楠木昇は手も足も出ずに狼狽えるし、他責思考の強い山野春香は翌日以降の楠木昇の追求に答えられず、逃げを打つ事もできずに狼狽える。


酒の席で「大丈夫だって、昇には俺からも言ってやるから」なんて言っていた上田優雅は、挿れるものを挿れて、出すものを出してしまえば、「あ?んなもんホッとけよ春香。知らねぇよ」なんて言い出す。


そうなると山野春香は罪を軽くしたくなり、一木幸平を頼ってくる事になる。

責任は自分にないと言って貰いたくて連絡をしてくる。

一木幸平はそのスクリーンショットを全て保管して適宜放流させて遊ぶが、1人で対応出来ない山野春香は、四面楚歌で一木幸平を切り捨てられずに頼る事になる。


のらりくらりと逃げた山野春香。

だが楠木昇は帰ってくる。

いつまでも逃げ切れるものではない。


そして3ヶ月後。

山野春香は説明を放棄して、一方的な関係解消を楠木昇に伝えて終わった。


一木幸平はその顛末を地元中にも流した。

この時は就職活動を終えたストレスや、就職活動を失敗した将来の不安、就職先との理想の乖離で、ゴシップの欲しかった連中が一木幸平に群がり、一木幸平はようやく自分の笑いが世間に通じたと思った。


だが、楠木昇からすれば山野春香との関係解消、そして顛末が地元中を駆け巡った事は耐えられないダメージで、電話番号やメッセージIDを消してしまった。



正直、それは少し困ったことになった。

一木幸平は4年間の地方暮らしで昇の引っ越し先の情報を仕入れていなかった。


山野春香を使っても、こういう時だけ「昇が誰にも言わないでくれって言ってたし、本当に私以外は保証人になってくれた、実家のご両親しか知らないから言えないよ」なんて真人間みたいな事を言う。



一木幸平は手元に楠木昇を置いておきたかった。


一木幸平には夢があった。


それはお笑い芸人になる事。

自分が、深夜番組の司会者たちのように立ち振る舞い、スタジオを爆笑の渦に巻き込みたかった。


だが、大学受験の時も親にそれとなく、大学以外の道を模索していると持ち掛けて、「お笑い芸人とか…」と、かすかに匂わせる程度に言ってみたがダメだった。


「お笑いとか、運や才能が必要な世界で、勿論どの仕事も才能が必要だが、やはり父さん達は幸平には安定を求めて欲しいんだ。どうせなら大学でお笑いのサークルに入って賞を狙うとか実績をあげてからにしないか?」


そう言われたが、一木幸平は大学のお笑いサークルをバカにしていた。

見学に行った時、自分のやりたいお笑いとは違っていた。


そして実績もなくエピソードトークも弱い連中からしたら、一木幸平には楠木昇という唯一無二の武器があった。


これにより一木幸平は間違った方向に舵を切る。


仲間内でも楠木昇を壊れるまで笑い者にして、賞賛を浴びたら、その実績で両親を納得させてお笑い養成所に行く。

最強のエピソードトークを引っ提げてお笑い養成所に行けば、自分のやりたいお笑いを理解している人達が居て、すぐに人気者になれてデビュー間違いなしだと思っていた。


だから大学4年間の地方暮らしは武者修行の場だと思い込んでいたし、万一楠木昇に匹敵するおいしい人間が現れれば、そいつを壊して拍手喝采を浴びたエピソードを持って凱旋して、親を納得させようと思ったが、思った通りの結果にならず、親を納得させるのは不可能だと思った。


そして就職活動の時も、親にそれとなく養成所の話をしたが一蹴されて、新卒というブランドのありがたみを説明され、創業の長い、硬い会社への就職、安定を希望されてしまい、渋々それを受け入れていた。


だが、お笑い芸人の夢は諦められず、焦る気持ちは収まらなかった。


人を笑い者にして人気者になれる世界。

人を困らせるのが得意な自分には天職でしかない。



一木幸平はまだまだ満足なんかしない。まだまだこれからだった。

連絡先を消して地元から消えただけでは、まだエピソードのインパクトが弱い。


この先は、山野春香が寝取り男の上田優雅と過ごす幸せな日常風景を送りつけて、傷付く楠木昇をおいしく調理して笑い者にしたい。


その笑いで自分を更なる高みに押し上げたい。

それなのに楠木昇は消えてしまった。

だがそれは、自分の腕があればなんとでもできる。


観ていた深夜番組でも、長期的に準備をして、情報収集をやり切って演者が油断した隙にドッキリをしかけて、全てが終わってからネタバラシをする。


今はその準備期間で、決して焦ってはいけない。

夢の為にも今はお金を貯める。

そしてやり切った時、親に認めさせて、お笑いの養成所に行こうと思い、行動をしていた。



今は準備期間に注力するべきだとばかりに、上田優雅を誘導して山野春香との結婚式を企画した。

芸人でも芸人仲間の結婚式をお笑いにしてしまうものもあった。

結婚式前にウエディングドレス姿になるのを邪魔する為に高カロリーの食べ物を食べさせて笑い者にさせたVTRを観た事があったが、いつかそれもしてみたい。


だが、山野春香はそんな事には使えない。

滑稽で幸せそうにだけ見える式にして、笑い者にしつつ、楠木昇にダメージを与えて笑いの連鎖を巻き起こしたい。


結婚式に関わることは後々のお笑いの為にもなる。

一木幸平はその気持ちからも上田優雅に結婚を提案した。


上田優雅には、そもそも結婚をする気がなかった。

山野春香を寝取り返せればそれで十分だった。

だが、一木幸平が2度も楠木昇に負ける気かと聞いたら、口には出さないが、内心微妙劣高校にしか行けなかった楠木昇を見下していて、楠木昇に山野春香の事で負けた事が余程我慢ならなかったようで、勝利宣言をするように更に提案したら一発だった。


山野春香は上田優雅から夜景の綺麗なホテルで「春香の事を一番分かってるのは俺だ」、「幸せにしてやるから結婚しろ」、「うんと言え」、「面倒な事は全部やってやる」、「春香は俺の後ろでニコニコしてるだけでいい」と言われたら一発OKをしていた。


一木幸平は色んな結婚式に参加して、学ぶ為に率先して動いていた。

それもあって、浮気性の上田優雅が暴走しない範囲でコントロールして、女遊びは最低限にをさせて、今の時期は山野春香にキチンと気持ちを向けさせていた。



一木幸平は根回しと準備の為に多少の出費はあったが、結婚式には金を一銭も出さないので気楽なものだった。

上田優雅は本当に厚顔無恥が服を着ている存在で、一木幸平と結婚式場がバカみたいに値段を釣り上げても、両親と山野春香の親に支払わせるつもりでいて余裕をかましている。そもそも両親は学生時代の妊娠騒ぎで老後資金をかなり切り崩しているので、結婚式を辞めて欲しいと言ったのに、恥をかかせるなのひと言で押し通してくる上田優雅を制御できていなかった。

山野春香も夫に従う良妻といえば聞こえはいいが、考えなしに流されるだけで話にならない。


式場の人間も、そんな姿を見れば上田優雅よりも一木幸平と懇意にした。

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