第78話 一木幸平が楠木昇に執着する理由。
一木幸平は変な方向にマセていた。
子供の頃からお笑い好きな両親に連れられて、お笑い劇場やライブに足を運び、漫才からコントまで満遍なく観ていた。
その中で出てくる知らない単語なんかは親がリビングで好きに使わせていたタブレットPCでアレコレ調べた。
小学生特有の時間量、両親が共働きな事もあり、一木幸平は余暇をお笑い番組に費やしていた。
その結果、ドンドンと知識だけは大人顔負けになっていて、小学生、それも中学年の段階で、街ブラロケで一般人に悪絡みして笑いを取る内容から、勝手に芸人が別の芸人の家のものをリサイクルショップで売ってしまうような内容、いきなり高級店に連れ出して、高額商品を買わせるような内容を観て意味を理解して笑えるようになっていた。
そこで止まればまだ違ったかもしれないが、見る映像はドンドン過激になり、深夜番組で大人達が見るような濃い下ネタ、もはや性的な内容が出てくる放送内容でも意味を理解して笑えるようになっていた。
一木幸平の最初のミスは10歳の時になる。
深夜帯の性的な笑いの良さがわからなかった一木幸平は、ゴールデンタイムやプライムタイムと呼ばれる時間帯にやっていたお笑い番組に傾倒していた。
ここでは性根云々ではなく、子供として好きなものを真似たい。
同級生達がアニメキャラの真似をして魔法を放つ真似をしたり、必殺技の格好を真似る時、一木幸平はお笑い番組の真似をした。
その日は、天丼と呼ばれる笑いをこれでもかと実践してしまう。
それは自分を道化にして笑いを誘うものではなく、相手を道化にして笑いを誘うもので、当時やられた子が意味のわからないしつこさに泣くまでやめなかった。
その時に形容し難い快感を得た事、泣かされた子が取り乱して滑稽なリアクションをしてしまい、不謹慎にも周りの子達が笑ってしまった事。
それらは一木幸平に歪んだ成功体験を与えてしまう事になる。
一木幸平はこの一件で、自分にはお笑いの才能がある。
これが相手をおいしくしてやった、おいしい状況にしてやったという事で、自分の実力が開花した瞬間だと誤解してしまった。
生来のしつこさ、性根の悪さも相まって、10歳の一木幸平は学年の男女を問わずしつこく「おいしい状況」にし笑いを誘う。
それは学年集会が開かれるまで止まらなかった。
最終的には両親の耳にまで入り、表立って勝手にお笑い番組を見る事、真似をする事が禁止されてしまう。
親も随分な事をしていて、自分たちが分別もつかない子供に過激な番組を見せていたのに、問題が起きると手のひらを返して、子供らしい趣味を持てと言いだした。
一木幸平は始めたテレビゲームはそれなりに楽しめたし、親もお笑いを取り上げた事の埋め合わせをするように甘やかした。
一木幸平は家ではいい子でいた。
親が喜ぶ事は素直に行う。
だから表立ってお笑いを見る事、親の耳にはいるような失敗、笑いを理解していない連中に邪魔をされないようにする事を意識した。
それもあって、テレビゲームは随分とやった。
だが、やはり他人を笑いものにした時の快感には及ばなかった。
快感を知った一木幸平はゲームをしている最中でもお笑い番組の事を考えていた。
深夜番組を観ていてわかったのは、大人も恋愛の話には一喜一憂しているということで、それは小学生の周りも変わらなかったし、周りの反応がわかりやすかった。
いじりやすかった。
おいしくしてやりやすかった。
深夜番組の司会者のように、クラスメイトの恋愛を引っ掻き回すと、周りからは面白いように反応が返ってきた。
一木幸平は検索履歴の残らない方法を見つけて、親のいない間にお笑い番組の動画も観たし、性的な内容の意味を深掘りしたくて、アダルトサイトも見てみた。
芸人が好きな行為として話したものをすぐに検索してみて、どういうモノかを調べてみた。確かに男女の絡み、アダルトサイトは多少興奮はしたが、それだけでしかなかった。
お笑い番組に比べて傾倒できなかった。
そんな事よりも、他人を揶揄って、笑い者にした時の方が余程興奮できたし、心の底から気持ちよかった。
それにより一木幸平は大人になるまで彼女を作る事なく、異性の友達を作ろうとする人間を片っ端から擦り倒し、弄り倒すようになった。
一木幸平は結局、学年集会にならない程度にセーブする事で、北小学校の生徒達をコレでもかと痛め付けていく。
笑いというジャンルの先駆者の顔で、子供が知る由もない、性的な笑い、普通の子供が見たら怒られるような深夜番組の話なんかをして、笑いとは何かを語り、わからない人間に「笑いとは」といって語って笑いについて指導していく。
指導は勿論実践で、誰彼構わず擦り倒し、弄り倒す。
何も知らず、イジメや嫌がらせの言葉で嫌がったり、怒る相手には「笑いの事が何もわかってない」と言い、周りの笑っている人間を巻き込んで「せっかく皆が注目して、クラスが一丸となって笑えるようにしてやったのに」と言い、怒った人間を殊更悪くする。
そして徹底的に「面白くない奴」と評価して、クラスメイトに向けて声高に「こんな奴無視しよう。つまらない奴といても面白くない」と言って仲間外れにして、徹底的に笑い者にした。
だが、大人達はそれを見ていて、一木幸平が知らないだけで両親は周りの保護者から、いい加減にするようにキツく言われていた。
「ウチの子、お笑い好きで」
「見るなって言って守っているんですが…」
両親がこの言葉では済まない所まで一木幸平はやらかしていた。
本来、北小学校の生徒は大半が東中学校に行くのに、評判の悪い一木幸平を親が人生ロンダリングの目的、環境が変わって新しい出会いがあれば、子供らしくなるという淡い希望で西中学校に入れてしまった。
これが良くなかった。
まだ北小学校の生徒達が多い東中学校なら、一木幸平の流すお笑いの為のデマや誹謗中傷に簡単に騙されないし、一木幸平のいう「面白くない奴」の集まり、反一木派がいたりして、伸び伸びとさせる事も少ない。
言わば、子供らしさを求められて、年不相応なお笑い番組がやる男女仲を持ち出しての笑いなんてクラス単位はまだしも、学年単位でさせなくする事ができていた。
だが、西中学校にいた北小学校以外の生徒たちでは一木幸平をどう扱えばいいかわからない。
そして教師達もハズレ年で、一木幸平を叱りつけるが、やめさせようとはしなかった。
ここでの正解は、保護者を呼んでキチンと親子を揃えて指導をして止めさせる事だったが、ハズレ教師達は煩わしさからそれをしなかった。
一木幸平の親は何も知らずに西中学校に行かせたことは大正解だったと思い込んでしまう。
一木幸平は一部の暴力的な人間を「お笑いが理解できないバカ」と称して手出ししなかったが、それ以外には片っ端からオモチャにしてしまう。
中学校1年の夏休み前に、1人の同級生を不登校寸前まで追い込んだ時、周りのリアクションが思ったものと違っていた。
おかしかった。
深夜番組のように、やれた自信はあった。
1人でよくここまで出来たと自分を誉めてしまった。
パソコン書きのラブレター。
それを誤魔化すように可愛らしくシールでデコレーションもした。
同級生はバレバレの顔で、好きだった女子の名前で手紙を出されたら、疑いもせずにホイホイと呼び出した場所に現れた。
炎天下の中、延々と待ちぼうけるさまを、笑いを堪えながら隠れて買った中古のスマートフォンで撮影をして、それを学校でぶち撒けた。
同級生は泣いて怒って向かってきたので、深夜番組で観たように笑いに変換しつつ、生来の性格の悪さを出して、殴ったら訴える、高校進学の妨害をしてやると言って追い詰め、相手がひるんだ瞬間に、進学先、就職先、結婚相手に今日の日の事を話す。世界中の何処にいても必ず話すと言い、相手が絶望して崩れ落ちる様、それすらも撮影して、こき下ろす文章を書いて通学路の掲示板に貼り出してやった。
それを見て崩れ落ちて嗚咽をもらした相手。
崩れ落ちた相手を指さして、深夜番組の司会者達のように大口を開けて長時間笑ってやった時、相手の地獄の中にいるような顔は見ていて、それこそ射精しそうになったくらい気持ちがよくて、楽しくサイコーだった。
何日もそれを思い出して身体が震えるほど楽しくて、家で何もない中笑わないようにするのが大変だった。
だが、周りのリアクションは期待したものとは違っていた。
あんなに面白く調理してやって、おいしくしてやったのに、サイコーの結果も出せたのに、誰1人として深夜番組の出演者のように司会者と一緒に笑わなかった。
一木幸平はその後も何も気にせずに毎日を楽しむ。
目につく限りのクラスメイトを馬鹿にして笑いを誘い、高笑いをする。
そんな中、先日泣き崩れた生徒が不登校になりかけた。
親にバレたら面倒な事になると思った一木幸平だったが、ハズレ教師達は、不問に処した。
不登校になった生徒の親には「キチンと言います」だったが、一木幸平とその親には処理が面倒臭すぎて何も言わなかった。
一木幸平以上に驚いたのは被害者達だった。
この件で一木幸平が大人しくなってくれる事を期待していたのに、一木幸平は不問によって、懲りるどころか更に激化した。
生徒達は我先に逃げ出し、一木幸平から距離を取った。
そんな中、本人以外は知る由もないのが楠木昇になる。
楠木昇はひと言で言い表せば逃げ遅れた。
人柱、生贄、なんでも良かった。
無意識のうちに選ばれてしまい、示し合わせた訳でもないのに、一木幸平が楠木昇を痛め付けた時は普段の何倍も喜んでみせた。
だから一木幸平は楠木昇が壊れるまで楠木昇に執着をしろ。
その周りの期待と想像通り、一木幸平は間違った成功体験に囚われた。
【あの不登校になりかけた生徒の時、ウケが悪かったのは、楠木昇ではなかったからだったんだ】
そう思ってしまった。
そこまでは周りの生徒達の思った通りに事は運んだが、想定外はあった。
一木幸平は満遍なく人を笑い者にしたい。
誰1人取りこぼしたくない。
無駄には出来ない。
1人でも多く笑い者にして腕を磨きたい。
楽しみたい。
そう思っていた。
楠木昇に関しては本気の本気を出して追い込んで、それ以外の生徒にもしっかりと笑い者にした。
楠木昇だけが、ただ人一倍の被害を被っていた。
示し合わせてない以上、やめ時が分からず、楠木昇の扱いを元に戻すことは出来ずにいた。
その間も一木幸平は激化していく。
深夜番組の影響は果てしない。
楠木昇の家中に隠しカメラを仕掛けて盗撮する事は、予算的にも、一日中家にいるという祖父母が邪魔で叶わなかったが、根回しを完璧にして、どんな瑣末な情報でも仕入れるように仕向ける努力はした。
もう、角の家の飼い犬に吠えられたエピソード一つでも手に入れると声高に学校で笑い者にした。
傘一本忘れてきたり、盗まれても笑い者にした。
友達の友達。
永遠に知り合いを増やし続けて、逃げ場を与えず、気の休まる時間を奪い続けた。
中学の時は偶然が重なり何とかなってしまったが、一木幸平は高校ではかなりやり過ぎていた。
その理由は、中学の時の成功体験のひとつ、人生ロンダリングで、自身を知らない人の多い学校に行くと、警戒する人間が少ないので「お笑い好きの面白い人間」として自分を売り込めて、ノリで無理矢理「おいしい状況」にしてしまったから。
後は別の視点からいえば、自身を輝かせ続けられる楠木昇という相方未満の舞台装置を連れて行きたかったが、徹底的に追い詰めて学力をこれでもかと落としたせいで同じ高校に通うこと、自分と同じ高校に通わせる事が出来ず、仕方なく学校では上田優雅という男を相方に定義して、カップル達を軒並み破局させ笑い者にしていた。
その結果、学校では暴力沙汰もあったし、被害者の親が学校に乗り込んできてしまい、親にバレた結果、大学は地方に行かされた。
だがなんの問題もなかった。
地方住まいの時間は、平和な羊の群れに放たれた狼の気持ちや武者修行のつもりで全員を笑い者にした。
楽しかった。
学生生活の集大成のような気持ち。
孤立していたが、気にならなかった。講義で会っただけの人間のゴシップを持ち出して美味しい状況に調理してやった。
だが、やはり何かがおかしい。
思った程のリアクションが返ってこない。
やはり楠木昇を痛めつけた時が1番輝いていた。
一木幸平はそう思っていた。
その思いが募る4年間を終えて地元に戻ると、随分と面白い事になっていた。
1年目の冬に帰省した時、楠木昇が自信を取り戻し、更には山野春香という彼女まで作っていて、仲睦まじいベストカップルのように見えていた。
楠木昇と山野春香の事は、地方にいる時から少しだけつまみ食いのように邪魔をしてみた。元カレの上田優雅をけしかけたりしてみたが、やはり地方からだと満足な手出しができなかった。
別れる事なく関係は続いていて、一度は学校をサボって地元に戻って別れさせることも考えたが、休む事に関して親への説明が大変なので止める事にしたし、楠木昇と山野春香なら、いつでも仲は壊せる自信があったので、一木幸平は楠木昇を泳がせておく事にした。
そうしたら意外や意外、楠木昇と山野春香の仲は3年半も続いていた。
自然消滅していたら、エピソードを全て収集して笑い者にしようと思っていたのに違っていて、周りに聞くと仲睦まじく結婚も秒読みじゃないかと言われる。
一木幸平は友達の友達で地元に張り巡らせたネットワークを使い、楠木昇と山野春香の事を聞いてみると、地元を堂々と歩き、仲睦まじく過ごし、大学生になった昇は、一木幸平のせいで地元にいにくい事もあったので、自立する目的で引っ越しもしていた。
引っ越し先の方はいずれ調べて監視カメラをしかけるとして、手始めに山野春香を楠木昇から別れさせる事にした。
この山野春香がまた扱い易く転がしやすい。
同じ高校で上田優雅と共に出会ったが、こんなに扱い易い女には会った事がなかった。
見た目は中の上くらい。
クラスの中でも明るく目立ち、陽キャラのグループに居て、イジメも挫折も加害者や被害者のどちらも経験していない。
目の前でイジメを見れば「やめなよ」とは言うが、それは正義感からというより保身で言っている風に見えるし、基本的に我関せずで、誰かが止めるのを待っている存在だった。
そして、物凄い他責思考主義&点思考主義者で、仕方のない理由を用意すればホイホイと転がる女だった。
楠木昇は新人研修のために3ヶ月ほど東京を離れる。
その離れてすぐの週末に飲み会を催して、山野春香の横には元カレの上田優雅を座らせる。
その向かいに座って会話を運ぶ一木幸平。
元々、上田優雅と山野春香が別れたのも一木幸平が原因だった。
上田優雅の酷い浮気性、それを可能にするノリの良さと顔面偏差値。
そして不屈の精神といえば聞こえのいい、決して挫けず懲りない心。
挨拶代わりにデートなんかを持ちかけて、流れで性交渉ができればラッキーくらいにしか思わない男。
それが上田優雅だった。




