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はるかかなた。  作者: さんまぐ
【外伝:かなたに風が吹くまで。】

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73/107

第73話 かなたが手伝う昇の大掃除。

かなたと昇の仲は続いていて、それでも不健全なのは人目を避けるように、地元や知り合いのいなさそうな所にわざわざ出かけて行く辺りだった。


かなたの食器の為に近所や近場で済ませられずに、わざわざ大宮まで足を運んだ時は2人で呆れたが、それをかなたは良しと思う事にして、昇には大宮公園の散策を提案した。


昇は提案したついでに「かなた、嫌じゃなかったらカメラ持ってきて景色とか撮りなよ」と言った。


氷川神社は沢山の人で賑わっていて、その中には神前式の結婚式をしている夫婦がいた。


幸せそうな新郎新婦、嬉しそうな家族達。

見ているだけで心温まるそんな結婚式。


かなたは新郎新婦の姿に春香を思い出して、昇が落ち込まないように気を使う感じだったのに、いつの間にかカメラスイッチが入って「昇くん!カバンお願い!」と言って鞄を渡し、昇は楽しげに「ほれ、そこ段差だから手」と言って手を繋いでいた。


食器はかなたの提案で昇のものも買い換える事になる。


「昇くんの所で作った料理は綺麗な食器に乗せて写真撮ろうよ」

「そうなの?」

「そうだよ。それをこの前の野菜なら生産者さんに見せてあげてよ」


昇は「それいい!喜ぶよ!」と言ってかなたと夫婦に見えるようなお皿を買って、「生産者さん、喜ぶぞー」とご満悦だった。


かなたは料理にプラスして盛り付けも覚える。

それは昔から写真を撮っていたかなただから写真映えを気にすることができて、その料理は味もよく見た目も綺麗にできた。


この日は昇が貰ってきた夏野菜のピザ。

かなたは生地から昇と作り、トースターで焼いて食べる。


「凄い。こんな木の板のお皿なんてどうするかと思ったけど、かなたピザを乗せるとすごくオシャレだね」

「ふふーん。まあ練習してるからねー」


ごく普通の夫婦にも見えるような会話。

昇は慣れてくると、かなたと商店街で地産地消を心がけて買い物をする。

肉屋も魚屋も産地から聞いてくる昇は珍しいし、休みの日はかなたもいて「奥さん」なんて呼ばれるくらいになるが、昇は未だにかなたを友達としか見れていない。


「ごめんかなた。俺といると勘違いされて嫌になるよね?」


昇は牽制でもなく本気で言っていて、それがわかるかなたは余計なことは言わない。


「いいの。気にしてないよ。それに『奥さん、おまけしてあげるね』とか最高だよ」


かなたの返しに「そっか、良かった。かなたが嫌になると、俺はひとりぼっちだからさ」と言って笑う昇。


かなたは「2人ぼっちだよ」と返して昇の部屋へと帰っていく。


その日の昇の家でした事は大掃除だった。

かなたは昇に頼まれて大掃除を手伝う。


それは大学の時から住んでいた部屋で、春香の痕跡が処分できずにいた。

高価なものは昇が送り返したが、返されても困るようなものは返却時に[他に必要なものとか、ないと思うけど、あったらひと月以内に言って。それから処分するから]と春香に手紙を同封しておいた。


だがまあ連絡はこない。

残りの物はどうぞ処分してくださいも、お手数をおかけしますもない。

本当に何の連絡もなかった。

その間に一木幸平が勝利宣言のように、周りに昇が優雅に春香を寝取られた話を拡散してしまい、確認の電話やメッセージを受けたくない昇は、スマートフォンを再契約して電話番号から変えてしまった。


それでも春香の残した荷物を1人で捨てる踏ん切りが付かなかった。

本当にただ、考える事を放棄していた。


今回、昇は自身の誕生日前に部屋の大掃除をしたい旨をかなたに言い、助けて欲しいと初めて声にした。


かなたは小さな一歩だが、確実な一歩を喜んで手伝う事にした。


そして大掃除から買い出しをして夕飯では遅くなるので、先に買い出しをしてから大掃除をする話にした。


「夕飯は何作るの?」


かなたが聞いて、昇が答えて、かなたが作る。

変なやり取りだが、それが形になっていた。

昇は「いいお味噌を貰ったんだ。回鍋肉にして、残りのお味噌はかなたが持って帰って、家族で食べなよ。味噌汁でも、野菜スティックにつけても美味しいよ」と言って肉と野菜を買い、肉屋も八百屋もおまけをしてくれた。


八百屋も肉屋も昇を歓迎するが、目利きをされると生きた心地はしない。


「これ、少し悪くなってるよ。良いのは残していいから、そっちのカゴの悪いのとかも引き取ってこの値段にしてよ」


今日もそれで野菜をゲットする昇。


「悪くなり始めているのは今日食べちゃうし、いい部分は他のお客さんに売ってあげて、集客になるといいね」

「負けたよ。そうする」


そんな会話をすれば「奥さん、旦那さん連れてくるのは反則だよ」なんて言われてかなたはニコニコするが、昇が申し訳なさそうな顔をする。


そして大掃除。

かなたは見ないフリをしたが、男の部屋らしく、アダルト映像のDVDが出てきて、昇が慌てて「職場の先輩がくれた奴!」と言っていた。


「ふふ。べつにいいよー。男の子は見るんでしょ?」

「…うん。かなたは?」

「えぇ?私は見ないよー」


そんな話をしながら、かなたは昇がもっと自分を女性だと意識してくれたら嬉しいなと思ったりもした。



心が痛むのは、昇が捨て切れなかった、埃が積もった荷物達を見た時。


春香の買い置きの服。

未使用のものもあって、体型はそんなに違わないのでかなたが着ることもできるが、そんな気にはならない。


春香の持ってきた雑誌。

その中でもブライダル誌を見た時、昇は見る事なく捨てようとしたが、しおりのようにページが折られていて、そっと開くと、そこはお色直しのドレス一覧だった。

青いドレス…、確かに似た色のドレスを春香は着ていた。

無神経すぎる。


「かなた?」

「あ、ごめんね。こういう本って見た事なかったから興味あったんだよね」


昇は泣きそうな顔で「そっか、じゃあ捨てる前に見てて」と言って昇はお茶を淹れて休憩にして、昇は新しくゴミ袋を用意していた。


かなたは昇の古傷は抉りたくなかった。

でも、聞きたかった。


「昇くんは私なら和装と洋装のどちらが似合うと思う?」

「え?かなた?」


昇はかなたをじっと見て「難しい。どっちも似合うと思うからなぁ…」と言う。


「変な話だけど旦那さん次第じゃないかな?旦那さんが和装が似合えば着物だし、洋装が似合えばドレスじゃない?」


なら、昇が相手なら?

それは聞けなかった。


「難しいねぇ」

「難しいよ。でもかなただけでみたら本当にどっちも似合うよ。成人式の着物も似合っていたよね」

「ありがとう。あれは私が選んだんだよね」


かなたは紫色の振袖を着ていて、それは父母も昇も誉めてくれていた。


「あ、ドレスなら紫色が似合うと思うよ。その本にあるかな?」


昇はかなたの横に座ると本を手に取ってページをめくり「あった、これだよかなた」と言う。


そのページを2人で見ていると、かなたは泣きそうになる。


「昇くん、私は春香みたいに裏切ったりしないよ?私と式場選びはダメかな?」


そう言えたらどれだけ良かっただろう。


かなたに言えたのは「わぁ、綺麗!ありがとう!覚えておくね!」だけだった。


片付けを再開した時、出てきた使用期限切れの避妊具を見た時、かなたはまた心が痛かった。


春香はこの家で昇の愛を享受した。

かなたは彼氏ができた事がない。

恋愛や性行為に興味がないわけではない。

だが、相手が誰でもいいわけではない。


ジッと昇の顔を見てしまうと、顔を真っ赤にした昇は「ごめんかなた。変なの見せちゃった」と言って避妊具をゴミに出すと、「あと少しで終わりだ。ようやくスッキリできたよ。ありがとうかなた」と言った。


しかしまだ片付けは終わってなかった。


昇は春香との写真を捨て切れてなかった。

かなたはそのアルバムを見た時、「昇くん、これは?」と聞いた。


「あ…、うん…」


困り顔の昇。


「捨てたくない?」


かなたは優しく心配するように聞く。

昇は俯いた後で、「部屋が暗くなりそうなんだ。勿論開くと辛いから見たくないんだ。でも、この部屋で色がついてるのは、この写真達のような気がするから捨てるのが少し怖い」と言った。


確かに昇は全方位の逃げ道が塞がれている。

友達との写真となれば、殆どに一木幸平や上田優雅がいて、彼女は春香との写真しかない。


思い出を手放す勇気が出ない。

それがわかったかなたは勇気を出した。


「捨てたら…、捨てたら私との写真を増やそうよ。2人ぼっちだもん。沢山増やそうよ。部屋が気になるなら何か写真を飾ろう?」


昇は驚いた顔で「かなた?」と聞き返す。


「嫌…かな?」

「ううん。嫌じゃないけど…俺なんかと?いいの?」

「私は昇くんと撮りたいよ」


昇は嬉しそうな顔で「本当?それなら捨ててもいいかな」と言ってアルバムを捨てようとして少し躊躇した。


「代わりに捨てようか?」

「それは悪いよ」

「じゃあ、チラッと私が見ていい?それから捨ててくれる?」


昇は「うん」と言ったのでかなたはざっと見る。


昇の幸せそうな顔は見ていて心が痛む。

旅行先から誕生日、クリスマスにお正月、それらが写真になっていた。


「見たよ。私とも沢山撮ろうね。アルバムじゃなくてもここに飾ろうよ」


かなたの言葉を聞きながら昇は写真を捨てる。


「それなら、欲しい写真があるんだ」

「そうなの?どんなの?」

「昔の写真なんだけどさ、かなたのシャチの写真。サメも好きだけど、あのシャチの写真。飛んでる奴」


かなたは胸が熱かった。

昇はあの写真を覚えてくれていた。


「あの写真…、覚えてくれてたの?」

「覚えてるよ!あのシャチは格好良かったよ!」


かなたは感極まって昇に抱きつくと「嬉しいよ。お父さんがデータを持ってるから今度持ってくるね。ありがとう昇くん」と言った。


「かなた?」

「嬉しいの。こうさせて?」

「…いいけど、俺だよ?掃除で埃臭くて汗臭いよ?」

「いいの。こうしたい」


かなたはしばらく昇を抱きしめていた。

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