第72話 かなたが知った昇の仕事。
昇は水曜日には出勤した。
それはかなたの元にメッセージで入る。
メッセージアプリを見ると、一木幸平がいるグループトークには、あの後も新婚旅行を満喫し、花びらで彩られたベッドをムービーに収めて感激する春香を抱き抱えてベッドに飛び込む優雅のムービーや、観光地で仲睦まじく観光するムービーなんかが届いてきていた。
かなたは見る気はないのだが、届くたびに昇の毒にならないか心配していた。
そして昇が見ていないのかわからないが[既読が足りないぞ。見て祝福しろ。昇は見たよな?]と一木が入れてきていた。
あえてかなたは無視をする。
そうする事で既読無視が少しでも増えて欲しかった。
メッセージを送ったついでで昇がこれを見たらどうしようと心配しながら、[治って安心したけど、まだ病み上がりだから無理しないでね?次の出張は?]と聞いていた。
[あんがと。気をつけるよ。とりあえず今週はないんだ。来週は一件新規のお客様の所に行くから、味見して改善できるなら出張するかも]
[そっか、荷物になっても服は一枚余分に持っていってね]
昇は素直に返事をくれていた。
かなたは仕事を片して土曜日はまた昇の家の前で電話を鳴らして、「来たよー。開けてよ」と子供の頃のように言うと、昇はドアを開けて「かなたぁ?」と驚いていた。
「買い出しとかするよね?あとはお掃除とか、ぶり返して仕事できなくなると困るから来たよ」
かなたは来てから気づいたが、買い出しは出張続きの昇はそんなにしていなかった。
それでも2人で掃除をして、片付いた部屋で「あんがと。かなたも仕事してて疲れてるのにごめんね」と言った昇が入れてくれたお茶を飲んで、窓から入る風を感じるだけで幸せな気持ちになれた。
そもそも茶葉も美味い。
かなたはどれだけ昇の舌が肥えているのか気になってしまう。
「買い出し…、あんまり買い置きできないけど、かなたのお昼とか考えないと」
昇は近所のスーパーマーケットにかなたを誘い、「お礼したいから食べたいの言ってよ」と言う。
「難しいよぉ」
「何かリクエストあれば考えるよ」
「んー…、昇くんの家の醤油とお酢が美味しかったから、餃子を作ってのんびり食べたいかな」
「おお!それいいね!」
喜んだ昇は、また生産者の苦労と努力を説明しながらスーパーマーケットに行き、産地を吟味して、高くても気にせずに肉も野菜も買う。
ここで一つ知れたのは、昇は知識もあるし下ごしらえは上手いが、餃子は焼くのが苦手で、そこに関してはかなたが得意なので、かなたは昇に教わりながら下ごしらえをして、焼く時はかなたが焼いてくれる。
その間に昇は片付けをしてくれるので、2人の一体感にかなたはテンションが上がっていた。
「おお!かなた餃子だ!凄い!こんなに綺麗に焼けるなんて凄いよ!」
「ううん。昇くんのお陰だよ」
店売りの餃子のように焼けた餃子は、昇の下ごしらえがあったからこそなのだが、昇は「かなたの餃子美味しすぎる!かなたは中華得意なんだね」と、あの初めて写真を褒めてくれた日の顔で喜んだ。
あまりにも喜ぶので、否定しきれず餃子は【かなた餃子】と呼ばれるようになり、かなたは昇に「昇くん、今の感覚だけだと忘れちゃうから、覚える為にメモ取らせて」と言って、昇のアドバイスを聞きながら餃子のレシピをメモに取ると、かなたは帰りにもう一度材料を買って、家で練習して両親を喜ばせていた。
写真を撮って送ると[かなたは熱心だなぁ]と返事をくれた。
その時もトークルームに増えていた未読のムービーや写真。
できたら昇がそれを見ないでくれていたら嬉しい。
かなたはそう思っていた。
翌週、昇は出張に出ていた。
かなたがそれを知ったのは[また料理教えてくれる?]と聞いた時で、[今週は土曜日に仕事なんだ。風邪で休んだ分をやらなきゃいけないんだ]と返ってきて、今週は会えないと少しガッカリした。
だが、木曜日に帰ってきた昇は、途中駅で会えないかとかなたに連絡をしてきた。
かなたは突然の事に喜びながら駅に行くと、少し遠くから「かなた!」と呼ばれた。
「昇くん」
「にひひ。お疲れ様。呼んでごめんね」
昇はキャリーバッグの横に大荷物を持っていた。
そこから袋を取り出すと、「はい。良かったらもらってよ。この前のお礼」と言って渡してきた。
中身は春野菜と少し早い夏野菜。
「これ…」
「今回は和食のお店だったから、それに合う野菜の調達だよ。持って行けって貰ったんだ。有機栽培で見た目は気になるかも知れないけど、すごく美味しいからさ。俺1人だと食べ切れないし、かなたは料理上手だから食べてもらいたいんだ」
昇は野菜に適した料理の説明をしてから申し訳なさそうな顔をした。
「昇くん?」
「ごめんかなた。本当は家まで届けたかったんだけどさ…」
その先はわかる。
人目があるから。
誰に見られるかわからないから、一木の耳に入ればどうなるかわからないから。
「いいよ。ありがとう。でも、お礼なら別のが良かったなぁ」
「え!?野菜美味しいよ!本当に美味しいんだよ!菜の花なんておひたしでも美味しいのに、クリームチーズと和えるとすごく美味しいんだ!」
野菜の良さを売り込む昇を愛おしむように見てしまうかなた。
「違うよぉ。私達は2人ぼっちなんだから、私はこれからも昇くんの所でお料理を教わったりしたいの。だからお礼なら私の食器も買って?私はこのお野菜のお礼に昇くんといるよ」
「え?そうなの?良かったぁ。本当に美味しいんだ。だから早くに食べてね!」
昇は言うだけ言うと「じゃあね!会社に戻って皆にも野菜配るんだ!」と言って帰ってしまった。
おいマジか。
野菜の為だけに呼ばれたのか…。
かなたは唖然としながらも楽しい気持ちになり帰宅する。
そして昇に写真を送りながらおすすめの料理を聞いて作っていく。
父は料理をするかなたと出来上がった料理の写真を撮り、「あとで楠木くんにあげるといい」と言ってくれた。
ちなみに野菜は本当に美味しくて、それを伝えると昇は「でしょ!本当に生産者さんは精魂込めて作ってくれてるんだよ!」と喜んでいた。




