第70話 かなたが結婚式に参列した後。
かなたは式場に着くのを少し遅めにしておいた。
仮に早く行って、昇と歓談して一木に騒がれても困るし、周りの邪推や揶揄いで昇が疲弊しているのは見たくなかった。
だが昇の顔は見たい。
かなたは遅めにしたのに、はやる気持ちには敵わずに、足早に式場に行くと久しぶりの昇がいた。
一木が手を回したのだろう。
知らない連中まで遠目で昇を見て悪く言っている。
「昇くん。久しぶり」
「あ、かなただ。久しぶり。今日のカメラは?」
「パーティドレスだからやめたよ。式場の人もいるし、スマホで十分だよ」
「そうだね。でも、かなたの写真、好きだから少し楽しみにしてたんだ」
本音は違う。
カメラで春香達を撮りたくない。
それだけだった。
それ以上にかなたはこれだけで泣きそうになる。
昇の顔は既に憔悴していて、今も共通の友達が、何人も「よく出るな」と話しかけてきて、「直電きて断れなかった」、「別に終わった話だ」と返していた。
かなたから見ても最低の結婚式だった。
一木幸平は熱心に春香と優雅について来て、式場スタッフと打ち合わせを重ねたのだろう。
「ほら、昇はこっちだよ」
そう言って特等席に追いやられる昇。
一木幸平と一木幸平に乗せられたメンバーは春香と優雅なんてそっちのけで、間近で結婚式を見せられる昇を笑い者にしている。
一木幸平は熱心に知り合いを増やし、式までにその知り合い達に、春香と優雅と昇の話をしていた。
一木幸平が昇を悪く言いたい、笑い者にしたいのは間違いないが、根本的に性根が腐っているので、春香と優雅にも遠慮や容赦がない。
春香の事はアルバイト先に浮気相手が乗り込んできて泣かされたのに、心から春香を愛する昇から優雅に戻った変な女と言い、優雅の事は初彼女だった春香の事は思い入れがあるから辛うじて避妊していたが、二号さんから先には堕胎騒ぎまでやりだすダメ男で、新人研修に行った昇から春香を寝取っている辺り、女癖の悪さは結婚しても直らないだろう言いふらしていた。
いたたまれないのは昇だけではない。
春香と優雅の親族達もだ。
一木幸平は聞かれると嬉々として経緯を全て話す。
それは聞かれて気持ちの良いものではない。
そんな事も知らないで参列した親戚は春香の両親をみて哀れみの顔をしていたし、昇を見て変な顔をしていた。
もう誰も幸せになんてならない結婚式だった。
その中にいても結婚式の主役達は幸せそうにニコニコキラキラしていて滑稽極まりなかった。
さらに酷い披露宴。
あまりの悪意に笑う人間はごく僅かだった。
昇の席は春香と優雅が常によく視認できて、キャンドルサービスも春香と目が合うように仕向けられていたし、昇は優雅から「来てくれてありがとな」とわざわざ言われ、春香から「幸せになるね」と言われた。
そして一木幸平はそれをムービーや写真に収められる場所だった。
一木幸平はインタビューする記者のように、深夜番組で意地悪く後輩の芸人に質問をする司会者のように、いちいち昇に感想を求める。
「皆で写ろう」
そんな事を言って春香と優雅の元に行く時、昇は2人の間にさせられていた。
春香の無神経さには正気を疑うかなた。
「昇、私絶対に幸せになるね」
写真撮影の時にそんな事を言い出した。
「うん。なってね」
昇はボロボロの顔を隠す笑顔で言い、その姿に周りはどよめきを起こしていた。
昇の悪い所だが、なんでも耐え忍んで我慢をする。
ここで怒りを見せて周りを黙らせればいいのに、式や春香や参列者の為に耐えて堪えて我慢をして、1人で壊れるように酒を煽り泥酔していく。
一木幸平は嬉しそうに遠くの春香と優雅が入り込むように泥酔する昇を撮って「いひひひ」と笑っていた。
滑稽な披露宴は優雅と春香のスピーチで終わる。
とても正気の人間が書いたと思えない内容。
とても正気の人間が聞ける内容ではなかった。
だがかなたには、そのスピーチも一木の手が入っている事がわかった。
春香には「一度離れてみて優雅の良さがわかった」と言わせて、優雅には「沢山の女性との縁を持ち、その中で初めての彼女だった春香は特別だった」と言わせた。
よく参列者の前で、よく昇の前でその言葉が言えるなと、かなたは聞いていて気分が悪くなる。
それ以上に気分が悪いのは一木幸平だ。
「いひひ。一度離れてみて良さがわかったって、昇の何がいけなかったんだろうね?」
「あれだけ浮気やら二股三股やったのに春香がいいなんて、凄いね初恋って、昇の初恋は誰?フフフ」
一木幸平の問いに答える代わりに度数の高い酒を煽る昇は、式の終わりにはフラフラになっていた。
「ほら昇、二次会だよ」
「行かない」
昇の腕を掴んで無理矢理連れて行こうとする一木幸平。
昇はキチンと拒絶を示した。
これ以上昇を苦しめたくないかなたは、「昇くんはもう無理だよ。一木君達だけで行って?皆昇くんに気を遣っていただろうから、いないところで皆で久しぶりにたくさん話しなよ」と言った。
それは一木好みの発言で「いひひ。桜がそう言うならそれもそうだね。桜は?」と聞いてきた。
「私も少し調子悪いから、昇くんを途中まで送って帰るよ」
かなたは昇に「帰ろう昇くん」と言って昇を連れていく中、後ろから一木の「いひひひひ。優雅に春香を寝取られて泥酔した昇のお帰りだよー、皆で拍手をしてあげよう。巻き添えで哀れな桜にも拍手ー。フフフ」と聞こえてきて、怒り出さない自分を褒めたくなった。
今の昇をそのまま電車に乗せる事を躊躇したかなたは、酔い覚ましに少し歩く中、「春香もやり過ぎだよ」と昇に言う。
昇は今日1番の落ち着いた顔で「ありがとう。かなた」と返事をしてくれた。
「一木君も悪ノリしすぎだし帰って正解だよ」
「うん。あんがとかなた」
少し歩いて落ち着いた昇と電車に乗ると、かなたは「愚痴って楽になりなよ」と昇に言う。
「昇くんは間違ってないよ。上田くんが女の子にだらしないのと、春香の態度が曖昧なのが悪いんだよ」
かなたは「少し飲み直そう」と言い、飲み直す事を提案した。
地元から離れて住む昇のアパートのそばで酒を飲む。
パーティドレスとスーツで入れそうな店を選んだが、それでも違和感はあった。
だがそんな事も気にせずに着席すると、かなたは「昇くん。連絡先を教えてよ。前に連絡したかったのに連絡つかなかったから心配したんだよ?」と言って連絡先を求めた。
「あ、ごめん。かなたには教えれば良かったね」
昇は新しい連絡先をかなたに教えて、かなたに「連絡って何があったの?」と聞く。
「お買い物。1人で行くのは心細かったし、私が頼めるのは昇くんだけなのに、連絡つかないんだもん」
「あー…ごめん。ほら、新人研修の時の事があったから番号を変えて、連絡先を消したんだよね」
かなたは「わかってるよ。でも寂しかったよ」と言って乾杯をし直す。
かなたはゆっくりと優しく昇の愚痴を聞き出す。
昇は最初は口篭っていたが、かなたが「ほら、遠慮しないでいいんだよ。我慢しないで、言って?」と言うとポツリポツリと愚痴が始まった。
それでも昇は高校生までの愚痴は言わない。
あくまでこの一年の愚痴を言った。
「夏の午後、ゲリラ豪雨、傘もささずにずぶ濡れの春香、泣いているのか雨なのか、泣き顔でごめんね昇、早く昇に会えていたら違っていたのにって春香は言ったんだ。早く…高校1年の優雅と会う前に会えていたら俺たちは違っていたのかな?」
かなたは胸の痛みを堪えながら話を聞き、昇は涙を流す代わりに酒を煽る。
それでも耐えきれずに涙も流す。
「ブライダル雑誌を春香は持ってきた。2人で読んだ。春香にはお色直しに青色のドレスがいいなと言った。そうしたら優雅との結婚式でその色のドレスを着たんだ。辛かった。俺の思った通り似合っていたことが辛かった」
「俺はそもそも行かないつもりだったのに春香から電話が来た。優雅から電話が来た。出て欲しいと言われた。そもそも電話番号は変えておいたのに、調べて手に入れていた一木が春香と優雅にバラしていた。ふざけるなと思ったよ。アイツ、会社を調べて、同期の奴らを調べて、同期の奴ら経由で連絡先を手に入れてたんだ。昇にどうしても会いたい友達がいるから教えてくれなんて言ってた。行かなかったり断ったら、会社に噂を流されると思ったし、会社の皆に迷惑がかかると思ったんだ」
「結婚式でも散々一木にバカにされた。ウェディングドレス姿の春香の感想、誓いのキスの感想、お色直しの感想、キャンドルサービスの感想、どれも鬱陶しかった」
「でも、一番辛かったのは、式の合間に春香のお父さんが、心の底から申し訳なさそうに謝ってくれた事だった」
その愚痴にかなたは丁寧に優しく、かなたらしさを忘れないように答えた。
「昇くんはやれていたよ。新人研修だって間違ってない。今日だってキチンとスジを通していたよ」
「一木君だと思うけど、春香と上田君の事は皆が知ってた。皆が2人をおかしいって言ってた。昇くんはおかしくないよ」
昇は涙を流して「ごめんかなた。あんがとかなた」と言っていた。
飲み直せば昇は泥酔していて、かなたは「頑張って家まで歩いて」と言って昇に肩を貸して、昇のアパートまで送る。
かなたには下心はないが、昇の家を知れるのは少し嬉しかった。
中に入ると仕事が大変な事もあり散らかっている。
そんな事にも気づかない昇をベットに寝かせると、「引出物は玄関に置くからね。お水飲んで。鍵はポストに入れておくからね」と言って、余計な事はしないで帰る事にした。
「またね」
「あんがと…」
昇の声を聞きながら扉を閉めたかなた。
スマートフォンを取り出して昇のメッセージに、もう一度[引き出物は玄関においたからね?お水飲んでね?鍵はポストに入れたよ]と送った時、グループトークには一木幸平が嬉々として結婚式のアルバムを作り、そこに昇の苦しそうな写真を入れた通知が届いた。
中にあったムービーなんかは、今まさに二次会のもので、「よく来れたもんだ」、「情けない顔してた」、「優雅の勝ち」、「勝ち勝ち勝ち、優雅の勝ち。負け負け負け、昇の負け」なんて一木に乗せられて昇を悪く言う連中の顔が写っていた。
その中には全然関係ない高校、アルバイト先でもかすらず、大学も違う奴もいた。
昇を悪く言う筋合いなんてないと、かなたは怒りを滲ませながら帰宅した。




