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はるかかなた。  作者: さんまぐ
【外伝:かなたに風が吹くまで。】

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第69話 かなたが結婚式に参列するまで。

今日は最低な結婚式に参列する。


桜かなたはそう心の中で思いながら電車に乗っている。


約4ヶ月半前、世間一般が年末に入り慌ただしくなる頃、一件のメッセージが入ってきた。


[結婚式をするんだけど、かなたは来てくれるよね?]


かなたは既読機能を忌々しく思いながら、山野春香から届いた一行を睨みつけていた。


色んな意味でも出たくない。

山野春香の結婚式だけには出たくなかった。


だが、いきなり「出ない」とは言いにくかった。

それこそ人間関係のしがらみが面倒でならない。


かなたはその気持ちで[いつ?誰を呼ぶの?どのくらいの規模なの?]と聞いた。


断りの理由は「日時」と「規模」と「参列者」でどうとでもなる。


日時が合わなければ断れる。

規模も小規模なら断れる。


そして一番の問題は参列者、人選だ。

かなたと山野春香は高校時代に始めたアルバイト先で出会った。


アルバイト先が同じだから呼ばれる程の仲良しかと言われれば答えはNOだった。


かなたにとって忌々しい話になる。

一木幸平という中学の同級生がいた。

その一木幸平が事態を悪化させた。


一木幸平は高校を山野春香と同じ、東の京高校にしていた。

そしてそこで出会ったのは、山野春香の結婚相手になる上田優雅。


一木幸平は何がしたいのか、かなたには理解不能で、中学校の同級生達を上田優雅との遊びに誘っていて、かなたの知らない所で友達の輪は広がっていた。


そのせいで、山野春香がかなたを知らなくても、かなたという名前の人間を知っていて、かなたが山野春香を知らなくても、山野春香という名前の人間を知っている。

そして山野春香も桜かなたも知らない人間が、山野春香も桜かなたも知っているという異常な状態。

沢山の共通の知り合いが居て、全てと縁を切る気にならないと何もできなくされていた。


アルバイト先を簡単に通学路にあるファミレスにしたのは迂闊だった。


そこに山野春香や一木幸平、上田優雅がいた。


上田優雅は本当にノリと勢いと見た目に全振りした軽い男で、山野春香は気付いていないが、一度だけ挨拶のように彼氏の有無を問われ、山野春香という彼女がいながら「デートしてみない?」と言われたことがある。問答無用で断った。


それは上田優雅も他人には話さなかったし、かなたも誰にも話さなかったから一木幸平の耳には入らず、山野春香の耳にも入らなかった。


そんなふざけたアルバイトをかなたが続けたのは、偶然同じ店舗に初恋の人がいたからだった。


楠木昇。


彼もまた一木幸平に人生を滅茶苦茶にされていた。


それでも一木幸平と付き合いがあるのは、かなたと同じ理由で、地元で完全に孤立する覚悟がなければ一木幸平と縁が切れない所まで来ていたからだった。


かなたは気持ちを切り替えた。

一度縁が途切れた昇といる為にアルバイトを続けた。


アルバイト先に行けば昇がいる。

昇とは連絡先の交換もしたし、電話なんかもしたが、それは全部友達として、異性としてなんて見られていない。


それもこれも一木幸平が悪い。

そもそも、一木幸平は自分の恋愛なんかは後回しにして、とにかく目につく人間を陥れて笑う人間で、人の恋愛、それ以外の男女の仲を好んで弄ぶ。


1人くらい秒で殴りそうなものだが、それもなかった。

それに関しては同学年に小岩茂という、噂では反社の息子で、目をつけられると肉体的、金銭的に酷い目に遭わせられる。

それがまた良くなかった。


昇がされたとは聞かなかったが、通っていた中学校でも、女子の名前で偽のラブレターを用意して、休みの日に男子を学校に呼び出して写真を撮ってコレでもかとバカにして笑いを誘う。そして学校で拡散をする。


相手が怒れば、進学先、就職先、結婚相手に全てを話すと脅し、相手が怒り狼狽える姿すら喜んで拡散して笑い者にする。

通学路にある町内会の掲示板に貼られた写真、相手が事態の深刻さに掲示板の前で力尽きて膝をつき、泣いてしまって、それすら写真に撮って拡散した姿に周りは恐怖に慄いたし、教師たちが何とかしてくれないかと期待もしたが何もしなかった。


これにより更に止まらなくなった一木幸平は、相手を追い詰めれば追い詰める程、満足そうに笑っていた。

そんな一木幸平が得意とする低俗な笑いをかなたは好きになれなかった。


一木幸平はそのやり口で、かなたが昇と話をする度に、聞こえるように「昇は桜狙いなのか?無理無理」と昇に向かって言った。


昇は何回も言われるうちに話しかけてくれなくなった。


そして昇は勉強の邪魔をとにかくされていた。

それにより実力が発揮できず。成績を落としていて高校受験にしても、少し学力の劣る学校にしか行けていなかった。


そしてそこで縁が途切れた。


だからこそアルバイト先での再会にかなたは心躍った。


だが、昇はかなたを恋愛対象としては見れなくなっていた。

小学生時代の延長、仲の良い友達。


他の連中が見ればいい仲を伺われるが、昇にはその気がない以上、かなたも胸の痛みを誤魔化しながら「私達はそういうのじゃないよ」と答えていた。


一木幸平の手で、人としての自信を失った昇。

いつも心配していたし、地元では偶然会えないかと思ったりもしていた。


その昇は一木幸平の紹介でアルバイトを始めた。

まだ一木幸平に付き纏われていて不憫に思えたし、心配もした。

一木幸平が昇をアルバイト先に連れてきたのは、昔同様に徹底的に玩具にして、笑い者にする為だった。


かなたは昇の事を案じたが、それは杞憂に落ち着く事となる。


高校で僅かだが自信を取り戻した昇とファミレスの仕事は相性が良かった。

ホールのバイトをする一木幸平とキッチンの仕事をする昇の接点は少なく、昇の生真面目な性格は社員受けも良くて、気に入られていくと自信に繋がっていった。


高校2年から受験勉強を始めた昇にかなたは声をかける。


「昇くん?なんでもう受験勉強してるの?」

「俺、頭良くないしさ、やりたい事が見つかったんだ」

「それは何?聞いてもいい?」


かなたは目を輝かせて食品について語る昇を見て、小学校6年生の頃の初恋の気持ちが戻ってくる。


かなたは穏やかで怒る事なく優しい性格。

それは誰に聞いてもそう言われる。


だが人並みに感情の起伏もあれば不満もある。

ただ、可能なら波風を立てたくない。

人と自分の、お互いの立場と意見を尊重しあい、平和に穏やかに過ごしたい。

それだけだった。


そんなかなたが小学生の頃、写真好きの父に連れられて休みの度に撮影に連れて行かれていた。

撮影は嫌いではないし楽しい。


でももう撮り飽きた気持ちがある。

友達と出掛けて撮ったりするのは楽しいが、もう何を撮っても子供の時に撮ったワクワクする気持ちもないし、たまには休みたい。


だが父は「そんなこと言わないで」と穏やかに拒否を許さない。


「かなたは中学生になったら出掛けられなくなるから、今はお父さんと撮影に行こうよ」


そう言われて、近所の公園から水族館まで、沢山出掛けていた。


学校で休みの日の予定を聞かれて断るのも億劫になっていた。


「かなたちゃん、また写真?」


もう聞き飽きた。相手の落胆する声。

相手からすればもう6年生なのだから、中学校で東中学校に行く事も西中学校に行く事も出来るかなたは友達と離れる可能性もあるので、思い出を作りたいと言われてしまい、断ると「かなたちゃん、また写真?」と言われていた。



その日はたまたま近くに昇がいて、「かなたってカメラマンなの?」と聞かれた。


「そんなんじゃないよぉ」

「どんなの撮るの?」

「植物園で花とか、動物園で動物とか、水族館で魚とか…」


昇は「すげぇ!鮫は?」とかなたに聞く。


「撮ってるよ」

「いいな!」

「見たい?」


昇は首を何遍も縦に振って「見たい!見たいよかなた!」と言った。


かなたはそれが嬉しくて、次の日、先生に怒られる事を覚悟しながらアルバムを持って学校に行くと、昇は「おぉ〜、鮫だ!飛んでる!」と喜ぶが、それはシャチでサメではない。


「昇くん?それ…シャチだよ?」

「え?背中にヒレついてるよ?」

「シャチにもあるよ」


「マジか」と言った昇は「うぉ〜」と言いながらアルバムを次々にめくると、また水族館の写真になり、かなたは「まただ」、「もういいと」言われるかと思ったが、昇は「おお!また行ってる。いつの?」と聞いてきた。


「さっきの1年後」


かなたの回答に「だからか」と昇は答えると、「前と違う気がするんだ。かなたが歳をとったからか、魚が歳をとったからだよね」と言った。


「違う…かな?」

「違うよ。サメすげぇよ。それを撮ったかなたがすごいよ。カメラマンじゃん!」


なんて事はない。

このやり取りでかなたは昇に恋をした。



その昇は、中学生になると徹底的に一木幸平に容姿から学力から全てを悪く言われてきた。

一木幸平の批判はゼロイチ理論でしかない。100点満点でないかぎり悪く言われる。だが、真面目な昇の心には深々とそれが突き刺さっていき、心は疲弊の一途を辿った。


一木幸平の批判は一部を除く全校生徒全てが男女問わずやられてきて、皆逃げる中、逃げ遅れた昇が1番やられていて、それを見た皆はあり得ないくらいオーバーリアクションをする事で、一木幸平のご機嫌を取り、どうか昇を狙ってくれとやっていた。


一木幸平はよく昇とかなたの見た目が釣り合わないから、かなたのそばにいるなと言って邪魔をしてきた。


かなたからすれば見た目なんて意味がなかった。

昇の見た目で十分だった。


確かに、アイドルや俳優のようなイケメンの部類にはいないが、芸人の男前ランキングなら15位くらいにはいるとかなたは思っている。

それで十分だったし、一木幸平なんてかなたに言わせれば醜悪さが顔に滲み出ていて論外だった。


食品について語る昇は「うちの爺ちゃんさ、中2の時にヒートショックで死んだんだけど、きっと食べ物とかに気を付けていたら長生きしたと思うし、婆ちゃんも肺炎だったけど、もっと栄養価の高い食べ物を食べてくれていたらって思うんだ」と言った。


かなたは昇のやる気が見れて、嬉しい気持ちで「応援してるね」と言った。


一木幸平はこの頃、別のオモチャにご執心で昇を放置していたので、高校2年から受験勉強を始める滑稽さを馬鹿にすることだけで満足していた。

これもあり、昇は無事に希望する大学に行くことができていた。


かなたは昇の夢をサポートして、いつの日か異性として見られるようになろう。

そう思っていたのに、高校を卒業して大学生になって3ヶ月で、山野春香と昇はデートに出かけた。


そもそもがおかしい。


浮気性の上田優雅が春香を入れて知るだけでも三股をした。

それの全てを収集した一木幸平は、春香にも、その女達にも全員の情報を流した。

皮肉なことに、一木幸平は別のオモチャ、上田優雅と春香にご執心だったので昇は無事だったりしている。


話を戻すと、本命は春香なのか相手達なのかわからないが、相手の女は高校三年の冬にバイト先に乗り込んできて、営業妨害さながらに春香を責め立てた。

これにより優雅はクビになり、春香と優雅は関係解消になる。


そして春香は優雅とのデートの予定を取り止めずに、昇を代わりに誘っていた。


かなたは昇の喜ぶ顔を見て胸が痛かった。

それはかなたも昇を誘っていたから、昇は快くOKをしてくれたが、あくまで友達でしかなかった。

自分の時にはあの顔をしてくれなかった。


その後は春香から関係解消を突きつけられた上田優雅が、冬になって昇と春香が付き合った事を一木幸平のタレコミで知ると文句を言ってきた。

だが浮気をした優雅が悪いと皆から言われる形で春香との事は終わった。



昇は日々自信を取り戻す。

アルバイトでも春香との事でも自信を取り戻した昇はかつてのように明るくなっていく。

その時、一木幸平は地方の大学に行き、表立って何もできなくなっていた。



育まれる昇と春香の仲。


このまま結婚もあり得ると自他共に思った頃、昇は夢を叶えて食品のバイヤーになった。


勿論春香も夢を応援し、就職を喜んでいた。


昇は自信溢れる顔で3ヶ月の研修生活に行き、その翌週には地元に戻り就職をしていた一木幸平が、昇以外のメンバーに声をかけて飲み会を催した。


名目は同窓会。

一木幸平は4年間地方暮らしで滅多に戻って来れず、戻ってきても大した真似は出来なかった。

だからこそ、一木幸平は優雅と春香を再会させて、その晩、春香は昇を裏切った。


その後のグループトークは無茶苦茶だった。

心配そうにする昇を挑発するように、春香と優雅の仲が良かった事を一木幸平は散々書いた。

そしてそれは社会人生活を始めたてなのに、ストレスでおかしくなった連中も一木幸平に飲まれて、娯楽のように遠方に居て手も足も出せない昇を揶揄い続けた。


そして3ヶ月後、昇は春香に振られた。

正確には3ヶ月前、同窓会の夜に春香は優雅に寝取られた。

研修から戻った直後に昇は、ハッキリと春香に交際解消を突きつけられ、それが一木幸平の手によって知人友人地元に知れ渡ると、連絡先を変えて、かなた達の前から消えた。



春香の返信には目を疑う。

目以上に正気を疑った。


[優雅が盛大にやろうって言ってるから、大学の友達とバイトの友達、共通の高校の友達、あとは親族を呼ぶつもり]


かなたは嫌悪感に顔をしかめた。


[アルバイト先?皆の連絡先とか今も変わってないの?]

[うん。そこは一木が集めてくれたんだ。昇も呼ぶ事になって、連絡先が変わったのも一木がなんとかしてくれたから、優雅が電話で参列してくれって打診する事になってる]


嫌悪感と共に湧き上がる驚きと喜び。

かなたは一瞬嫌悪感よりも昇に会えて、連絡先が手に入る事に小さく喜んでしまった。


[じゃあ、バイトの皆が来れるなら行くね。そうじゃないと共通の知り合いが少なくて行きにくいよ]


かなたの返信に春香は[うん。ありがとう]と返してきた。




その後、昇が行くと発表があったのは1月末。

それもトークルームに優雅と一木のメッセージのスクリーンショットを添えてだった。


一木らしいやり口。

皆にも言ったから、皆も昇に会いたいってさと今度は期待する皆のスクリーンショットを昇に送る。


昇に会えるのは嬉しいが、このやり取りで昇が疲弊するかと思うと胸が締め付けられていた。

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