第64話 21歳の春。
成人式。
かつての春香が着たがっていて、昇がその想いを汲んで予約までした赤紫の振袖は前撮りだけで当日は着なかった。
それはかなた達に合わせる顔もなく、一木幸平が昇を苦しめる為にも、単純に性格の悪さから春香を苦しめたくて、コレでもかと流した噂に尾鰭がついて、春香は地元ではまともに外に出られなくなっていたからだった。
春香の母は、かなたの言葉に従い、娘の身を案じて地方の大学に通わせたが、やはり男関係が心配で、春香の父と別居を選んで、春香の母も春香と遠方に住む事でなんとかしてはいた。
だが一家は修復不可能に思えるレベルでボロボロになっていた。
かなたは予定通りの振袖姿で「4年後には着られなくなるから、たくさん写真撮らなきゃ」と言って昇や小岩茂達と写真を撮る。
久しぶりに会った町屋梅子達はかなたの婚約を知っていて、驚きを口にするが祝ってくれるし、決して春香の名前は出さない。
かつて小岩邸に集まったメンバー、春香はいないが皆で集まって、小岩邸で集合写真を撮ってから皆で宴会をした。
そんな事があって、あっという間に21歳になっていた。
ある春の土曜日。今日は曽房修の結婚式。
晴れれば屋外でやれる形式の結婚式で僅かばかりの肌寒さもあるが、暖かな日差しが降り注ぎ、その場所にいるだけで幸せな気持ちになる。
参列者というより身内として受付が始まる前にきた昇は、中野真由と式場を見渡して自分達の時にはどうしようかと、お互いのパートナーをそっちのけで盛り上がっている。
それはかなたは結果を知る人で、小岩茂は照れて話にならず、「真由、全部お前の好きにしていいぞ」なんて無責任な事を言っている。
そんな中、パーティードレス姿のかなたとスーツ姿の小岩茂は、並んで用意された席に座っていて、「桜が修さんのキューピッドなんだな」、「うん。曽房さんに私がやり直してる人だって説明して、信じてもらう為には、華子さんの事を言うしかないしね」と話している。
かつて、小岩邸で最初のバレンタインデーのチョコレート作りを執り行った日。
かなたは曽房の要望で写真プリントの為に外に出た時、いつもの幼い感じを隠し、本性を見せるように「曽房修さん、私の秘密を話します。それは小岩茂くんの将来にも関わる事です。でも今すぐには曽房さんは信じられませんよね?でも昇に関して抱いている違和感の正体を私なら説明できます」と言った。
初めは演技力のある子供の戯言とかなたを疑った曽房だったが、かなたが知るはずもない曽房の恋人、高嶺華子の名前を出されて、ここ最近の高嶺華子の不調の原因と対処法を言い当ててしまったかなたを前に、曽房は「桜さん、そのお話は華子の事が真実だと分かった時に信じさせてください」としか言えなかった。
かなたは「それで十分です。私は嘘をついていません」と澄まし顔で言うと、今日この後起きる事、中学卒業までに小岩茂に起きる事を全て言い伝えながら写真プリントと額縁を用意してしまい、「帰りが遅いと言われて心配されていますから、写真プリントとアルバムと額装です」と話してしまう。
そしてそれはすぐに証明される。
翌週、即座にかなたに言われた病院を予約して高嶺華子を連れて行く。
高嶺華子は病を患っていて、それはかなた抜きで発見された時には手遅れで、余命宣告をされてしまう。
かつてやり直す中で、仲間になってくれた曽房が「桜さん、万一、また戻された時、私が桜さんをすぐに信じる為にも、お願いです。華子を助けてくれませんか?」と申し出て、それが正解の筋道だとわかって以来、毎回かなたは曽房に高嶺華子の話をしていた。
高嶺華子が病を患っていて、それはかなた抜きで発見された時には手遅れで、余命宣告をされてしまう事を伝えて、治療できる病院名と医師名、医師の居る曜日、病名と患部の場所、伝えるべき内容を説明したら全てかなたの言葉通りで、高嶺華子は一命を取り留めていた。
後日、治療が決まった段階で曽房は改めてかなたに会い、「桜さん、あなたは華子の命の恩人です。楠木さんと坊ちゃんのお話を信じます。どうぞ桜さんの秘密をお話しください」と言う。
「ありがとうございます曽房さん。私は約20年後から、この世界に戻ってきてしまいました。しかもそれは一度や二度ではありません。別の世界では茂くんと昇は仲良くならずに、茂くんが獰猛高校に通う事になったり、人を傷つけて刑務所に入る事もありました」
これだけでも異常な話だが、曽房からすれば信じるに値するものだった。
驚きを隠さずに「桜さんは未来から来られた?」と聞くと、かなたは「ふふ。信じられませんよね。でも真実です。別の世界の曽房さんから華子さんを助けて欲しいと頼まれました。勿論、私も助けたかったから助けました。今回も前の前の世界通りなら、華子さんが治ったら8年後、曽房さんは30歳で結婚です」と言って微笑む。
その笑顔は13歳の少女に出来る顔なんかではなく、曽房は完全にかなたを信じていた。
曽房が「それでは、何故桜さんはまたこの世界に戻られたのですか?何か理由があるのですか?」と心配そうに聞くと、かなたは困り顔で「戻りたくて戻ってきたわけではないんです」と言う。
そして遠くを見て「私の願いは戻る事なく終わらせる事、知識がある方に聞いてわかったのは、誰かがこの世界に戻りたい、やり直したいと願ったらしく、私はその巻き添えです」と言う。
「その願った者を見つければよろしいですか?そのお手伝いさせて貰えれば?」
「いいえ、目星はついています。1人は楠木昇。私の未来の旦那様」
「楠木さんが?」
「はい。昇の1回目は西中に通って、一木幸平のせいで成績を落とし、茂くんに目をつけられて、3~4ヶ月くらいいじめられます。それでもなんとか成績を上向けて、微劣高校に行って大学生になって、夢をかなえるために社会人になります。その後は色々あって私と婚約までしてくれる。でも昇は戻ってきたから東中を選びました」
「西中に坊ちゃんが居たからですか?」
「いえ。…それも少しあります。でも大半は山野春香と添い遂げる人生を過ごす為です」
曽房は、小岩邸で昇と談笑をしている時の山野春香の顔をイメージして、「え?ですが楠木さんは桜さんとご結婚…」と言うと、かなたは本当に困った顔で「少し複雑なんです」と言う。
そのまま、全てを伝えず曖昧に、怪しいと目星をつけているのは、最初と違う動きをしている昇と一木幸平だと思い、狙いを絞っている事、昇は毎回最初の記憶しかなく、一木幸平は正直二度くらいは記憶を持っている感じだと伝え、かなたが見つけた既定路線から少しでも外れると、一木幸平が昇を壊す為に春香を誘導して昇への誘惑と、まだこの世界では会ってもいない上田優雅による寝取られが発生する事、そこで放置すれば12歳前後に戻され、そこからどんなにリカバリーしても、現段階では30前後でやり直しが発生して、結局12歳前後に戻される事を伝える。
「では、桜さんはあえて最良に導くために、楠木さんと山野さんを付き合わせて、京成学院へ坊ちゃんを含めた4人で進学されるんですね?」
「はい。それが数多くの試行錯誤で導いた、現段階での最良の筋道で、そこで運命の時が訪れます。運命の時はまだ口にしたくないので高校3年になったら説明に伺いますね。曽房さんと茂くん、巌さんと房子さんにはいつも助けて貰っています。今回もよろしくお願いします」
曽房は頷くと「ですがあの坊ちゃんが京成学院ですか?にわかには信じられません」と言う。確かに茶髪で勉強を嫌い、学校にもマトモに通わない小岩茂を見ていればそうも思うわけで、かなたは嬉しそうに「ふふふ。いつも曽房さんはそう言いますね」と言って笑った。
「いつもですか?」
「はい。前の時も、その前の時もです」
かなたはその日のことを思い返しながら小岩茂と話す。
曽房の結婚式ということで、堀切拓実と王子美咲、会田晶と町屋梅子が呼ばれていた。
結局、王子美咲の宣言通り山田真と王子美咲には何もなく、山田真は大学で彼女を作ろうと奮闘していて、そこに昇と春香のこともあって、会話に気を遣う煩わしさから集まりに参加しなくなっていた。代わりに堀切拓実が付き合うわけでもないが、集まると王子美咲と共に居るようになっていて今日も無事に呼べていた。
今も昇より少し遅れてやって来たメンバーが受付が始まるまで、曽房や昇、中野真由と談笑している。
「なあ桜」
「何?」
「この会話もやったのか?」
「うん。毎回しているよ。結婚式ってある程度のパッケージなのか、少し違う筋道でも同じ会話になるんだよね。同じ会話でもしようよ。しないでルートが外れるとまた未知の事が起きて、やり直しになっちゃう」
困り顔のかなたは遠くを見て、「本当に子供の頃は辛かったなぁ。今は茂くん達には私が何回もやり直している事を打ち明けているから、まだいいんだけど、子供の頃は高校生の時以上に成功した筋道の会話を無理矢理つぎはぎして使っていたから、所々で会話がおかしくなってるんだよね。あれは毎回そこからズレないかドキドキしたし、話していてストレスだったなぁ」と漏らす。
「だから何回やり直しても、あの夏の日は昇にいつの日から戻ってきたのかを聞いたのか?」
「そうだよ。あれは毎回壊された昇に使った言葉。怖くて変える真似なんて出来ないよ。あの日付近って、やり直しの筋道が多いいんだよね。昇の誕生日を祝ってあげられないのもそれで、昇を後回しにする春香を無視して、私と昇の2人だけでも、茂くんと真由さんと4人でもダメだった。これだけで2回、12年だよ?笑えないよ。だから極力道からは外せないし、知っていても『やっぱり』って言ってるんだよね」
誕生日の時、仮に昇の誕生日を祝うと、昇はかなた達に祝ってもらった喜びから運命の日の落差で風を吹かせるし、一木幸平は運命の日に春香から誕生日をやらなかったと聞いてホクホクになるはずが、かなた達と誕生日を祝っていたと運命の日に春香から聞いて、昇への責苦が足りない、望んだ結果にならないと感じて風を吹かせる。
あの日の最良は耐える事でしかない。
困り顔のまま話すかなたに、小岩茂は「終わり良ければって言葉があるよな?」と聞いた。
「うん。そうだよ。昇と私の関係なんて正にそうだよ。春香と昇が付き合ってからじゃないと、今みたいにキチンとした形で昇と結ばれられないんだもん」
かなたは慣れた口調で軽快に話す。実の所かなたはここの会話が好きだったりする。




