第62話 春香の秋。
新学期の騒ぎから先は、あっという間に卒業になった。
新学期の騒ぎから翌週の全校集会では、大久保が壇上に立ち「京成学院にあるまじき行為」として春香の愚行について話す。
実名こそ出ていないが、聞いている皆は春香の事だとはすぐにわかる。
夏休みの誘惑について生活指導の教師のコメントを元に熱弁する大久保に、一木から情報が回ってきて、事実を知る生徒は「山野のせいでしめつけが厳しくなった」、「春香の奴」と不満を漏らす。
その春香だがこの日は欠席していて堕胎している。
全校集会なので無用のトラブルを避けるために、前もって休むように大久保に言われ、その日に病院を予約していた。
春香の親はかなたの電話の後ですぐに病院を探し、憔悴して帰宅した春香を問いただす。
逃げることを許さず、諸々の確認を済ませ、すぐ診てくれる病院を見つけると予約を取り、急いで診察を受け、学校にも両親揃って夜中に顔を出して報告をする。
教師たちから学院の名を汚す行為だとキツく言われて、両親達は涙ながらに頭を下げ続ける。
この時の春香は、また父に殴られて頬を腫らして憔悴しきっていた。
だが桜かなたが根回しをしていて、春香が卒業しないと楠木昇がおかしくなる事を伝えていて、大久保はその事を春香の両親に伝える。
「未だに他者からの介助が必要で、固形物も食べられない楠木が、誰よりも山野を案じていて、自らの心身の事よりも彼女の無事と卒業を願っています。受験も変わりなくサポートします。勿論卒業のサポートもします。なのでご家庭でもしっかりとお嬢さんの交友関係なんかを管理してください」
この大久保の言葉に、春香は泣きながら昇を求めてまた父に殴られ、両親は枯れてしまうほど泣いて謝り、2度と会う事も叶わないので先生から昇にお礼を言ってくれと頼んでいた。
窓口のかなたはそれを聞いて、「キチンと食事ができるようになったら伝えます」と返事をした。実際、昇がその事を聞けて安心するのは年が明けた1月の事になる。
春香の罪状は不純異性交友と、一木が優雅と共に学校を騒がせた事に対してだけで、優雅と一木にのせられて飲酒をしたことは、ムービーからでは推察にしかならず、飲んでいたものもピーチサワーなのか、ピーチソーダなのかわからないので、大久保がかなたの為にも春香の証言通りジュースと決める事で教師も不問にしていた。
コレに関してはいくら一木が裏で動いて匿名で行動してもファミレス側の本社回答は「店舗側に確認を取りましたが、キチンと未成年はソフトドリンクで参加をしました。飲酒を行ったのは成人以上のアルバイトと社員です」で済ませ、チェーン店側の居酒屋も「量が多いので、宴会場の出入り口に飲み物を提供しました。ひとりずつ手渡しは致しませんでしたが、高校生と思しきお客様はソフトドリンクを飲まれていました」となり、春香に学校を辞めさせて昇に追い討ちをかける事は不発に終わっていた。
これ以上突っ込むと優雅と一木にも被害が出て、厄介なことになるので大人しく引き下がるしかなかった。
「我々は、京成学院です。京成学院らしく振る舞い、先輩方が作った伝統を重んじて後輩達の模範になるんです」
大久保の言葉の端々には、昇のひたむきな気持ちを無碍にして、榎取高校なんかと関わり、上田優雅のような男に弄ばれるなという言葉がある。
その上田優雅は、未だに大橋礼奈が妊娠している事を突き止めきれずにいた。
もう少しして、取り返しが付かなくなってから大橋礼奈が両親に打ち明けて、上田優雅と結婚したいと言い出し、大橋礼奈の両親から、認知を求められて、曖昧な態度で逃げようとして訴訟騒ぎにまでなる事になっている。
前の前の時は大橋礼奈の名前を告げてもこのルートに入っていた。
そしてこのルートに入ってもその先が変わった事がないので、かなたは、どうせなら名前を告げない方のルートにして、ほんの少しだけ留飲を下げておきたかった。
もう1人の谷津綾乃は、大橋礼奈の妊娠発覚後、それも堕胎できなくなって一木から認知を求められた事を聞くと、大橋礼奈の自宅と上田優雅の自宅、榎取高校にまで襲撃してきて、最後には包丁を持ち出して上田優雅に関係を迫り警察沙汰になっていた。
かなたが小岩茂に頼んでいた事、それは小岩茂が運命の日に、春香の両親に「今日のことが本当だった時、俺と後日会って話を聞いてください」と言っていた事で、その話はみっつあった。
ひとつ目は春香に昇の家に行かないように釘を刺す事で、これは8月9日には春香のバイト中に春香の父に外で会って頼んでいた。
ふたつ目は、昇の為にも春香の退学を考えない事を、9月2日の夜に、春香の父に外で会って頼み、そしてその日に、みっつ目として、キチンと山野家からも上田家には責任を取らせる事なんかも約束して貰った。
責任と言っても治療費と少額の慰謝料だけだが、無いよりはマシだったし、これを知った一木幸平が上田優雅の家が負う金銭的損失に一人で大喜びするのだが、それは分けて考える事にしていた。
そしてその時、かなたからの言伝で、上田優雅と一緒になって春香のムービーを撮っていた一木幸平は、夏休み中に昇の居場所を奪う目的で、春香の事もアルバイト先、東中学校、京成学院の広範囲にばら撒いてしまっている事、春香は認めないだろうが、間違いなく、一木幸平に乗せられて、アルバイト先で昇の自慢をしたのに、唆されて女性にだらしない上田優雅と関係を持ち、最悪の形で昇を裏切り、保身優先で昇を壊してしまった事が広まっていて、地元に居場所がない事、可能であれば、大学への進学は地方を選択した方がいいと伝えて貰っていた。
その一木幸平だが、今回の攻勢で手札が無くなった事と、上田優雅が妊娠した相手を探せずに狼狽えながらも飽きる事なく女を求める事が楽しくて、上田優雅をオモチャにしているので、昇とかなたのそばには現れなくなる。
次の山場は10月。
10月は孤立しても学校を辞めるに辞められず、スマートフォンすら取り上げられてGPSを持たされて行動を監視されている春香の誕生月で、それを誕生月を思い出して、助けたい気持ちから落ち込む昇を連れて、かなたは小岩茂と中野真由の4人で旅をする。
宿をキチンと取らずにコテージを一棟借り切るタイプにして、自炊する事で食べられない昇に配慮した旅行にした。
かなたは本気を出して「主婦歴はまだまだちょっとだけど、未婚の時期も合わせたら結構あるから任せてね〜」なんて言って、ご馳走とチョコレートプリンをあっという間に作ってみせる。
「美味そうだけどなぁ…食べられないで戻したくないし、かなたに悪い」と漏らす昇に「吐いてもいいよ?口移しで食べさせてあげようか?」とかなたが言うと、昇は「茂と中野さんが見てるから!恥ずかしいよ!」と言って赤くなる。
かなたは「前は見せつけた時もあったよ?」と言って笑いかける。
それで言えば、かなたは何回も世界をやり直して居るので、隠し事はほとんど意味をなさない。
飲み物はジュースなのに、テンションが上がる小岩茂と中野真由を前にして、かなたはある秘密をわざと漏らす。
「昇、茂くんと真由さんはまだキスまでなんだよ。しかもキスは中学の時で、真由さんが明け方に茂くんの布団に入って、寝ぼけてアワアワする茂くんにキスをして黙らせただけなんだよ」
中野真由が見せる余裕と姿は、てっきりずいぶん昔に男女の仲になっていると昇には思えていたし、中野真由が軽口を叩いても小岩茂は否定してこなかった。
「え!?茂ってそうなの!?」
「桜!?知ってるのか!?なんで!?」
「えへへ。だって真由さんと私は旦那様が心友同士だもん。隠し事なんてないよ」
ここで昇はあの夏休みの日に中野真由から貰った避妊具の事が気になっていた。
「あれ?じゃあ前に中野さんがかなたと使えって避妊具をくれたのって…」
「真由さんはいつでも茂くんを待ってるのに、茂くんが『俺みたいな奴に真由はもったいねえ』って言って我慢してるんだよ。それであれは期限切れが近づいていたから貰ったの」
昇が小岩茂を指さして「うわー、茂って漢じゃん。男じゃなくて漢だよ」と言うと、真っ赤になって「指差すな。桜もバラすなよ」と言って照れる。
「えぇ、意味があるんだよ」と言ったかなたは、スマホを出してラジオアプリを起動すると、コテージの中に流行りの曲とも違う落ち着く曲がかかる。
「昇、料理を頑張った可愛い奥さんの肩を抱いて頭を撫でて」
「うん。いつもありがとう。毎日食べさせてもらってるのに、チョコプリン以外が食べられなくてごめん。でもチョコプリンは飽きないで毎日食べられてるよ。ありがとう。本当はかなたご飯を早く食べられるようになりたい」
「えへへ、もう少しこうしていて」と言ったかなたは、茂と中野真由を見て「茂くんも真由さんの肩を抱いて頭を撫でて?逆にする?」と言ってウインクをした。




