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はるかかなた。  作者: さんまぐ
【遥か彼方。編】◆絶望から始まるこれから・18歳秋~21歳。◇新学期初日。

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第61話 たとえ、助けたとしても。

かなたは今回もイレギュラーなく、順調に進んでいる事を理解しながら教室へ行くと、教室の中は自習中で、副担任が「戻ったかい?皆自習をしているよ」と声をかけてくれる。


昇がまだ眠っている事を知っているかなたは、「先生、自習なら楠木くんの所に行ってもいいですか?多分、今の彼は目が覚めて1人だと卒倒してしまって、保健室の先生に迷惑をかけてしまいます」と言うと、クラスメイト達は「行ってあげなよ」、「もう夫婦なんだからさ」と送り出してくれる。


副担任も大久保から全てを聞いていたので、「そうだね。行ってあげて。でも次は授業があるはずだから、起きなかったら戻ってくるんだよ」と言う。



かなたが皆からこんなにもすんなりと受け入れられていたのには、多少なりの理由がある。

元々は不思議な形の付き合いに見えても、キチンと自己主張をしながら我を通す真似は控えていたし、春香のワガママも優しく受け入れてきた。


それは楠木昇が山野春香を愛しているから受け入れるという立場にも見えていて、中にはその姿を良く思わずに、かなたに「負けヒロイン」なんてあだ名を付ける輩もいた。

だがかなたは今日まで昇を支えてきて、春香が壊した昇を助け支えて、今も昇を壊しにきた2人組を追い返していた。


今さっきの楠木昇の慟哭を見れば山野春香への愛の深さはキチンと伝わるし、それでも昇を受け入れて助け支える姿勢が高評価で、今皆はかなたと昇の仲を応援していた。


そしてかなたの評価が上がれば上がるほど、春香の評価は下がっていった。



かなたは保健室に行き、昇が起きるのを待つ。

14時10分前、昇は前もこの時間に飛び起きて、春香を案じ春香を探した。


かなたは時間丁度になると、眠る昇の手を持って撫でて起こす。

目を覚ました昇は「かなた?ここどこ?」と聞く。


かなたは「保健室だよ。左頬は痛い?」と聞きながら会話を運ぶ、落ち着くまで春香の話題を避けつつ状況を思い出させると、昇は「左頬?茂…」と言いながら自分の頬を触って痛みに顔をしかめる。


2人で顔を見ながら「うん。きっとすごく落ち込んでるよ」、「殴るの好きそうなのにね」と言ってクスクスと笑うと、かなたは保健医に昇が目覚めた事を伝えて、昇には教室に戻る事を提案する。


ベッドの上で昇は少し真剣な顔をしてかなたを見る。


「かなた、一木達と何話したの?」

「一木が嘘を言いふらしていたから、論破して私と昇が婚約した事を言ったんだよ」


昇はかなたを心配そうに見る。

その目を見れば何を考えているか、かなたにはわかる。


一木は前の世界でもかなたを泣かせる真似をしたし、昇と婚約をしたと聞けば、更に何をされるかわからないと思っている。


そして気になるのは、あの場に出て崩れ落ちた春香の事だった。

もう、恋人同士に戻れない事は昇でも理解できている。

それでも一木に壊された自信を取り戻すきっかけになった春香の事は気になっていた。


その一端は最初の時、子供の昇に祖父が「恩というものは、小さなことでも感謝を忘れんな。大きなもの、命を助けて貰ったような時は、何が何でも返せ。それが男だ」と教えたことがある。


それをかなたは昇からではなく、昇の祖父から聞いていた。

最初の時、昇は春香の為にも不貞の追求ではなく、ただ我慢を選んだ事。

一木に連絡先が漏洩した時、取引先や生産者、勤め先に迷惑がかかる恐れもあったからとは言え、春香に来てくれと言われたから結婚式に行き、その後も一木によって孤立する春香を案じた事。

やり直して東中学校を選択して春香の最初になって、春香を幸せにしようとしている事。

中学1年の夏休み明けに昇の祖父母に打ち明けた時、春香に執着する昇の話を始めてした時に、祖父が頭を下げて、「…すまない。それは俺がまだガキの昇に言った言葉が原因だと思う…」と言って、かなたに謝ってくれた時に知った事だった。


かなたはその時「今までの状況は確かに辛いです。昇さんが山野春香をスッパリ切り捨ててくれていればもっと楽なものでしたから、でも、私が好きな昇さんの考え方や生き様の一部にはお爺様の言葉もあるはずだから、昇さんは本当に亡くなられたお爺様とお婆様が大好きでした。私は辛くても昇さんが好きで、昇さんが食品の仕事を始めるきっかけになってくれたお爺様とお婆様に感謝しています。だから謝らないでください」と言った。


それもあって祖父は昇に「ああいう子がお前にはいいんだよ。大切にしとけよな」と言っていた。



だからかなたはこの筋道の最初の時ですら昇が何を言うかわかってしまっていた。


「春香は?」

「帰ってくれって言いに来てた」

「崩れ落ちてたよ」

「うん。色んなことを誤魔化して、逃げたくて、逃げるためについていた嘘が全部バレたからだよ」


かなたには昇が次に言う言葉はわかってる。

「助けなきゃ」だ。


終わりを目指すために可能性を信じて尊重した事もある。

だがそれをしても春香は昇を裏切る。


今ここで交際関係を解消したうえで友達として復縁をして、昇はかなたと婚約をしたのに春香に誘惑をされる。

それはどちらかと言えば脅迫で、誘惑とは言い難いが、友達以上の事を求める春香を突き放せない以上、かなたからしたら誘惑でしかない。


これまで昇が大切にしてくれたのに、一度の過ちで汚れたと言って落ち込む春香は昇に堕胎した事を曖昧に隠す。


そんな春香をおかしいと思っても、昇は祖父の言葉に従って、最初の時の恩返しだと言い、今までと違い、言葉や行動の端々に。呪いのように優雅がチラつき、近くにいる事すら辛いのに、我慢して堪えて盲目的に癒し、表面上は良い友達に落ち着く。


春香に悪気なんてものはないが、友達としてやり取りをするメッセージ内で、春香が[昇は]と言う度に優雅と比較されている気になり、[やっぱり]と昇を良いと評価する事を言われる度に、何とかできなかったのかと後悔に襲われる。

それでも我慢して堪えて盲目的に癒そうとする。


かなたは知らぬフリをしたが、大学生になると、年に2回くらい誘惑に負けて昇は春香と肌を重ねる。


断りたいのに断り切れない昇。

春香は一木の流した動画や写真で、地元に居場所を失い、進学先にも映像や悪名を流されてしまい、大学の構内で見ず知らずの人間から後ろ指を指され、自分がしたことを棚に上げて、辛さと寂しさに打ちひしがれて「もう死にたい」と言って泣く。

そんな春香を見捨てられずだが、昇はここで突き放して春香に死なれるくらいならと思って自分を殺して「会って」と言われると受け入れてしまう。


そこまでしたのに4年後、昇が研修に行くと、また一木が暗躍して、筋道によって違いはあるが、誰一人の事も認知せずに逃げている優雅や、一木が用意した優雅のような軽い男、そいつらがしてくるソフトな拉致や乱暴な誘いを春香は断れずに受け入れる。


それを一木が昇に伝えて風が吹く。


あの風が何故吹いたのか、あの時のかなたにはわからなかった。

あの頃のかなたは終わりを目指していて、今更春香が昇にする、命の盾をかさに着た脅しに負けて、昇が嬉しくなさそうに会いに行き、辛そうに春香を抱く事を咎めたりしない。

逆にあのテンションでよく抱けたなと思ったし、文句を言えるなら「やったなら開き直って風を吹かさないでくれ」だった。


それよりもあのルートになると風が吹く。

かなたにはそっちの方が重要で、更にあのルートに行っていた頃は、薫と香を産んでないかなただから終わりを目指すのみだったが今は違う。

薫と香を26歳で産めないそのルートには進ませない。


「茂くんの言葉を思い出して?春香を忘れて。また一木達からなにかされたら、今度は昇が死んじゃうよ?私を1人にしないで。薫と香に会わせて」


かなたの必死な顔を見て、昇は辛そうな顔をした後で「うん。忘れるように頑張る」と言って教室に戻る時、階段でかなたは昇にキスをする。


既定路線。

コレをすることで何故かタイミングよく戻れる。


昇とかなたはわざと遠回りをしてB組の前を通る時に、小岩茂にアイコンタクトを送る。

自習中なのであまり問題はないが、心配そうに席を立とうとする小岩茂に、昇は元気よく「座れって!」とジェスチャーをした後で、左頬を指さしてさすりながら泣き真似をして、かなたが昇の頭をなでる。その仲睦まじいやり取りに呆れる小岩茂に、かなたと昇は2人で笑顔になって手を振る。


教室は2人で戻れば沸き立って、男子は「すぐに戻ってきて、保健室でイチャイチャしねーの?」なんて揶揄ってくるが、「俺たちはそんな真似しないよ。するなら帰ってからにするし。でも制服着てる時はしないよ。俺達はこの学校の生徒だもん。皆に迷惑がかかる真似はしないよ」と昇は言う。


中には「ちっ、余裕ぶりやがって」なんて言う連中もいるが、副担任のウケはいい。


「でも昇?今日はまだ火曜日で、それぞれの家に帰るんだよ?夏休み中みたいに二人暮らししていないんだよ?」


かなたの言葉に教室がどよめくが、それ以上に昇は「マジか!?忘れてた!?今晩は独りぼっちか!?辛すぎる!!」と叫ぶと身体をくねらせて悶える。


そのコミカルな姿に男子は呆れて女子が笑うと、かなたは「ふふ。お休みは泊まりにおいでよ。もう少し食べられるようになったらチョコプリンパフェを作ってあげるね」と言うと、「ほら、試験近いんだから勉強しよう」と言って席に座らせた。

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