第6話 動物園デート。
動物園デートに堀切拓実も参加した。
堀切拓実はかなたが選ぶだけあって、昇から見てもいい奴だったが、勘違いが凄く昇とかなたをいい仲にしようと奮闘してしまう。
それとも堀切拓実は春香狙いなのかと昇は思ったがその素振りもない。
だがまあ、かなたは問題無かったりする。
かなたの趣味は父親譲りのカメラで、高校はカメラ部目当てで進学先を選んでいた。
当然今日もカメラを持ってきているので、堀切拓実が無茶振りをしても、かなたは「後でね」と言った後は、「フラミンゴ!」なんて言って写真を撮っている。結局、昇は春香と過ごす時間も増え会話も増える。
コレまでのことは全部おさらいで、すでに聞いていることが多くて相槌も打ちやすい。
春香は「不思議。楠木君は凄く話しやすいね」なんて言ってくれる。
昼は再入場が可能な事を利用して、近くのバーガー屋に入る。
それぞれ好きなセットを頼んで席に着く訳だが、昇は春香を見て春香がよく食べるチーズバーガーのセットで飲み物はコーラにしていて懐かしい気持ちになる。
着席と同時に、自分のハンバーガーのパンの部分を開けて「ピクルス入れなよ」と言ってしまう。
それは散々付き合った時のルーティンで、この世界の春香とはまだやってない。
春香が驚いた顔で「え!?」と聞き返した時になって、昇はしまったと失敗に気付く。
だが取り繕うように「小さくピクルス…って言ってたから嫌いなんだと思って」と言うと、春香は「あ、口から出てた?」と照れくさそうに笑うと、「助かっちゃった。歯触りが苦手なんだよね」と言って昇のハンバーガーにピクルスを乗せてくる。
堀切拓実も「あ、助かる。俺のもよろしく」なんて言ってピクルスを入れられて、昇は「ピクルス責めだ」と笑うと皆釣られて笑ってしまう。
食べ始める時になってかなたが「はいケチャップ」と言って、ケチャップを開けて渡してくる。
昇が「お、ありがとう」と言って、ポテトにケチャップを付けて口に運んだところで、「あれ?かなたって俺とバーガー食べたことあったっけ?」と聞くとかなたは、「前にも『ポテトにはケチャップがないとな』って言ってたよ」と言われる。
実際子供の頃の記憶なんて曖昧だし、6年生の時に戻って来た頃は、夢だと決めつけて懐かしむばかりで、注意力が散漫になっていたから話していたのかも知れないと納得をした。
食後は腹ごなしついでの散歩から動物園に戻ると、またかなたはカメラマンへと変わってしまい3人を放置してしまう。
「桜さんって人が変わるのな」と呆れる堀切拓実は、「迷子になられると困るからついて行く。のんびりついてきて」と言って離れてくれると春香との時間になる。
昇はさっきの失敗を二度としない為にも気をつける。
油断すると、あの頃のように腕を組んだり、肩に手を回してしまいそうになる。
ごく自然の流れで更に気をつけるのは、今は「春香」と呼ばずに「山野」と呼んでいる。
今日は何度か春香と呼びそうになってしまっていた。
あの頃と変わらない顔。
幼さは残るが、もう春香として完成されていた。
それに対して自分ときたら、ガキ丸出しで情けないったらないが、身だしなみに関しては仲間の祖父ですら、「やめとけ。悪目立ちする。年相応のクソガキでいろ」と言って身だしなみを必要以上に整える事を認めない。
まあ昔はおろそかにした爪の手入れや、ハンカチなんかの部分は呆れ顔で「それはやれよ」と言ってくれていたので、実際にはあの頃よりはマシだったりする。
「どうしたの?」
昇が長々と顔を見ていたせいで春香が不思議がってしまう。
「いや、こうやってクラスメイトや同じ委員会の人と出かけるって初めてだから、大人になったなって思ったんだよね」
昇の返しに春香は、「わかる。男の子と出かけるなんて言ったらお父さん驚いてたよ」と言って笑う。春香のお父さんはとてもいい人で、結婚式の日も周りの目を盗んで昇の元に謝りに来てくれて、参列してくれてありがとうと言ってくれた。
「バカな娘だよ。だがバカでも娘だから、どうしても最後には許してしまったんだ」
散々春香から優雅の愚痴を聞いていた春香の父は、昇ではなく優雅を選んだ事に対して反対をしてくれていたが、最後には許してしまい、その事を言ってくれたが後の祭りで、何を言われても虚しさが込み上げるだけで、昇に言えたのは「俺も春香さんの幸せを願っています」の一言だけだった。
昇はなんとか知っている話題を出させる事で、先ほどのピクルスのように自分が知ってしまっていて、まだ春香が話していない内容を補完してしまう事にして、父親の話題で盛り上がる。
結局かなたはデジカメのバッテリー切れまで写真を撮り続けていて、撮り終わると合流してきて最後に動物園をグルっと回って帰る事になる。
春香は「じゃあ今度は私が桜さんと話す番ね」と言って、電車の中でかしましく話し始めて、昇は堀切拓実と東小学校の事や、同じクラスで東小学校出身者の事なんかを聞いて行く。
「俺とかなたは中央小から来てるから変に浮いてない?」
「浮いてないよ。でもなんか楠木っておっさん臭い時が時たまあるから、皆が陰で「アニキ」とか「オジキ」って呼んでるかな。桜さんは「アネキ」とか「オカン」ね」
「マジで?家だと爺ちゃんからガキくさいなんてよく言われるけどマジかー」
「あ、でも今みたいなのは同い年感があっていいと思うよ」
前の世界では味わえなかった中学校生活。
楽しい時間を過ごして駅に着いた時、春香と堀切拓実と昇には緊張が走る。
何故そこにいるのかわからない。
わかるのは関わってはいけない。
この場から逃げなければならない。
だった。
改札の向こう側、恐らく駅向こうのゲームセンターの帰りか、駅ビルでたむろをしたのだろう。
西中に行った不良が数人の舎弟を連れていた。
あの歩き方は帰るためではなく、たむろする場所を探そうとしていて、ヘタをすると改札を塞ぐか帰り道に出くわして絡まれる。
そして良くないのは何故かそこに一木幸平の姿が見えた。
時間稼ぎをする為にも昇が「俺トイレ」と言うと、堀切拓実も「あ、俺も」と言い、春香も「桜さんも行こう」と言う。
昇はなんとか回避する方法を考えながら、わざと「なんか改札の向こうにすごい声の大きいのが居たよね」と話題を振ると、春香が「…あれが小岩茂。西中に行った反社の息子」と言い、堀切拓実が「会ったら何されるかわからない。どうする山野?」と春香に聞く。
春香は「どうするって」と困った時にかなたが「ねえ、あの中に東中の子も居なかった?」と聞いてくる。
「マジで?それだと見られたら完全アウトだよ。俺と山野だけじゃなくて楠木と桜さんまで巻き込む事になるかも」と言った堀切拓実は、「親を呼んでも結局改札で会ったらアウトだし、家までつけられたら面倒な事になるな」と続けて肩を落とす。
昇は時間を見てまだ常識的な時間だった事もあり、「無ければ俺が金出すからさ、ひと駅先まで電車に乗って、そこから歩いて帰らない?そうしたら回避できないかな?」と提案をすると、「うん。昇くんの意見に賛成」とかなたが言い、続くように堀切拓実と春香も賛成してくれた。
ひと駅と簡単に言っても、国道を挟むので30分は歩く事になるのだが、誰も嫌な顔をせずに歩き、それどころか楽しくなってきてしまい、「またこの4人で遊ぼう」と春香が言うと、かなたも堀切拓実も賛成してくれていた。
無事に帰宅して風呂に入った昇は、風呂の中で遭遇しないで済んだ事は良かったが、問題はあの小岩茂と一木幸平が一緒に居た事で、かつての面倒事が舞い込んでくる予感がしていた。
一木幸平があの頃と同じなら、今日みたいな出来事を目の当たりにすれば、徹底的にかなたと春香に対して、昇と堀切拓実のネガティブキャンペーンをしかけてくる。
大勢の前で怪しいとはやし立てて、話せなくなるまで揶揄ってくる。
しかもそこに小岩茂までいればタダでは済まない。
どうするべきか悩んでいると長風呂になってしまい、のぼせた所に祖父がやってきて「お前が風呂で死ぬぞバカタレが!」と怒鳴りながら麦茶を渡してくれた。