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はるかかなた。  作者: さんまぐ
【遥か彼方。編】◆絶望から始まるこれから・18歳秋~21歳。◇新学期初日。

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第58話 お昼ご飯の襲撃者。

京成学院は始業式から授業がある。

春香は昼になると今までは昇達のいるA組で弁当を食べていたが、行き場がなくてE組で食べる羽目になる。

たが、今になると完全に浮いていた。


母親の態度は冷たいものだったが、それでもキチンと弁当を作ってくれる。

今日のメニューも決して手抜きではなく、春香の好物が入っていた。


よく昇は春香の弁当を見て「おばさん、レイアウトがうまいよね。バランスがいい」と褒めていたし、好物が入っていると「それ食べて午後も頑張りなよ」と言ってくれていた。


だが、ここはE組で、誰も声をかけてくれない。

どこにも行き場がない。

味なんてわからなかった。



そんな時、昇の昼はかなたの作るチョコプリンだった。


「朝作った出来立てだよ」

「ありがとうかなた」


これだけでクラスは沸き立ち、小岩茂は少し拗ねながら弁当を片手に「お前、本当に1ヶ月コレだけなのか?前行った日も言ったけど、食材だって用意しておいたのに」と言うと、「かなたのごはんってどれも匂いは旨そうなんだけど、ひと口も無理でさぁ」と笑い飛ばす昇。


昇はかなたに「作り置きでも美味しいから平気だよ」と言ったが、「ダメだよ。お腹空いた時用に冷蔵庫にはストックしておいたけど、昇は作り置きだと『あれ?味覚変かな?』って気付くもん」と言う。

その姿はもう、夫婦の会話にしかみえない。


「夜の分も朝のうちに仕込んだから、帰ったら持って行くし、嫌じゃなきゃ今日はウチで食べてもいいんだよ?」

「俺、部屋で食べてるからウチがいい。爺ちゃんが『とりあえず食ってみろ!』って肉とか皿に入れてくるんだよ。口に運べって睨んでくるし、頑張って口に入れたら吐くし」


「私の部屋にする?」

「かなたの夜ご飯は邪魔したくないなぁ」

「ならウチで食うか?」


前までならここに春香も居たがもう居ない。


春香の事は随分と振り切れている昇でも、今のような嫌な間の空き方をすると、無意識に春香を思い出し、自分の行動に疑問を持ち、そこから優雅と一木幸平が連想され、今こうしている間も春香が泣かされてしまうかも知れない事に、昇の顔色が悪くなる。

これを見逃さないかなたは、昇と手を繋いで落ち着かせてから、周りを気にせずに抱きしめて「落ち着いて。いいの。今度はここに真由さんもいるようにして、4人で仲良くしようね」と声をかけると、昇は多少おだやかになる。


小岩茂は辛い顔をしないように気を付けて「真由の奴、早く産まれやがってな。せっかちが」と軽口を叩いて、昇が「茂?俺達がグズグズしてるって言われちゃうよ」と話に乗ると、かなたが「本当だよね」とそこに合わせた。



昇は大きいサイズだがプリン一つすら食べきれずに、「かなたごめん」と謝ると、かなたは残りをペロリと食べてから、「茂くん、昇の心友としてここに居て。絶対、お願い。前に言っていた鬼になってもって言葉を信じてる」と言うと、荷物をまとめて、「ちょっと行ってくるね」と言って教室から出ていってしまう。


「かなた?」

「便所だろ?詮索すんなよ」


小岩茂はかなたがトイレに行っている間に春香が来るくらいに思って身構えながら、「なあ桜と1ヶ月2人きりでどうだった?」なんて質問をすると、皆興味津々で聞き耳を立てている。


昇が「普通だよ。子供の頃となんも変わらない。かなたってご飯作るのもなんでも手早くて、いつ休んでるの?ってくらい凄いんだ」と返すと、「違うそうじゃない!」というクラスの心の声が小岩茂には聞こえてきていた。


だがどよめきと共にその会話は終わる。



窓の外を見ていたクラスメイトが異変に気づくと、校門には一木幸平と上田優雅が居た。

入学式の日に榎取高校の校門の前で撮られた写真と違い、制服は着崩され、輩とその取り巻きにしか見えない上田優雅と一木幸平。


一木幸平は近くの生徒に「いひひひ。楠木昇って知ってる?自殺未遂の楠木昇。来てる?来れてる?」と質問をしていて、昇の携帯に届いたムービーで上田優雅を見ていた小岩茂は、昇を壊した2人を前に「クソがぁ」と言ってブチギレた。


かなたに頼まれた暴力の禁止を破りたい。

今すぐ一木幸平のにやけ顔を徹底的に潰して、上田優雅を再起不能にしてやりたい。

小岩茂はその気持ちに溢れてしまった。


だが、「一木…優雅…、春香は!?春香を守らなきゃ!」と言って卒倒する昇を見た時に、我先に飛び出して殴りかかりたい気持ちを抑えて、「昇!見んな!あいつらを見るな!お前には桜がいる。俺たちがいる!見なくていいんだ!」と声を張って、「お前達も昇と居てくれよ!頼む!」と言うと、クラスメイト達は昇に声をかけて励ましていく。



そんな中、「毎回毎回懲りないなぁ」と言いながらかなたが校門まで行って、「こんにちは。一木君、上田優雅君」と挨拶をした。


かなたを見て「いひひ。桜だ。昇って来れてる?」と言った一木幸平を無視して、かなたは上田優雅に話しかける。


「春香とあなたの事はもう知らないよ。昇ならあの日から連絡もとらせていないし、スマホも解約したの。後、あの日から今日までの間に私と昇は婚約したから、あとはご勝手に」


かなたは何度やり直しても尽きない怒りと恨みの相手が目の前にいても、努めて冷静に一瞥しながら話を続ける。


「ああ、春香が『昇が未練たらたらで、別れられないから付き合えない』とか言ってるんだっけ?それ一木君が話を合わせて春香が嘘をついてるだけ。だって春香は、あの日から昇に電話一つできないし、会えてないもの」


一気に言い切ったかなたは、「しつこい男は嫌われるんだよ。いい加減諦めろだっけ?全部ハズレ」と言って、返事を聞かずに振り返り校舎に戻ろうとする。


「しつこい男は嫌われるんだよ。いい加減諦めろ」は、初めてこの筋道に入り、かなたがこの状況に備えられなかったとき、ボロボロの昇に向かって上田優雅が言った言葉。

その時の春香は、昇に赦してもらっていても、この状況でどっちつかずの曖昧な態度を見せて保身に走っていた。


かなたは過去のこの日、備えられなかった日の自分の考えの甘さと、ボロボロの昇を思い出して静かに苛立っていた。そもそも最初の時も、一木幸平に踊らされる上田優雅と、踊らされても曖昧なまま保身で逃げ道を残す春香がいなければこんな事にはなっていないと思っている。


「しつこい男は嫌われるんだよ。いい加減諦めろ」

それは余程横の一木幸平に怒鳴りつけてやりたいが、怒鳴りあげるわけにはいかない。

既定路線から外して、想定外の風を吹かせる訳にはいかない。


そう思って心を落ち着けながら校舎に向かおうとすると、春香が出てきて、「なんで来るの!?来ないで!もうアンタなんて知らないわ!」と声を荒げた。


よく言ったものだ。

何度聞いても腹立たしい言葉。

乗せられて、受け入れて、勝手に自滅した。

今回の筋道みたいに孤立した、後がない状況だから言えるだけ。

放課後、一木がいてもいなくても、逃げ場のない中で上田優雅に会えば、どうせ押し切られてしまう癖に…。


かなたがカウンターを放てなかった新学期は、出てこようともせずに校舎の中で隠れていただけだった。

昇に心の友として殴りかかる事を止められた小岩茂が春香を詰問しても「本当は嫌だった」、「でもあの場で断りきれなかった」、「断ったけど、いいからって言われた」、「一木が送別会のムービーを学校に流すって言ったし逆らえなかった」、「昇は信じるって、許すって言ってくれた」、「だからもう終わった事だもん」と言って話にならなかった。


その間に、校門まで出向いたボロボロの昇は上田優雅から「しつこい男は嫌われるんだよ。いい加減諦めろ」と言われていた。


かなたはその時の事を思い出した苛立ちを隠しながら、冷酷な声で、「3回。結局断れなくて上田優雅に3回も身体を許した。それでも別れたくて諦めて欲しくて、そのくせ嫌われて恨まれるのが怖くて、昇を言い訳に使った。会えてもいない昇を悪く言って断ろうとした。同罪だよ」と言った。


春香は真っ青な顔で「なんで?かなたが…一木?」と続けるが、かなたは「いいえ、私は連絡なんて回ってこないしブロック済みよ。一木君の事で言えば、嫌な奴だとわかっていても、アルバイト先から東中の皆に全部言いふらされても、更に言いふらされて居場所がなくなる孤独が怖くて、悪人だという事実に目をつむって、自分に嘘をついて相手している」と言い、春香の方にも振り返らずに話をつづけた。


「3度とも良くなんてなかった。乱暴なだけだった。昇しか知らないから試してみろって言われて、その場のノリで応じただけ。2度目からは昇の方が良かったと言って断っても、そんな訳ない。それならもう一回試してみろって言われたし、それよりも孤独が怖くてどこにも居場所がなくて断れなかっただけ。3度したけど昇の方が良かった…だよね?」


かなたはそう言うと、ゆっくりと振り返って冷たい目で春香を見た。

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