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はるかかなた。  作者: さんまぐ
【遥か彼方。編】◆絶望から始まるこれから・18歳秋~21歳。◇新学期初日。

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第57話 婚約発表と針のムシロ。

皆は大久保がいる事で噂の真相は聞けないが、少しでも話題に関わりたくて心配そうに話しかける事にしていた。

もうすぐ体育館で全校集会になる時、かなたは立ち上がって「茂くん、昇をお願い」と言う。


それだけでクラスはどよめく。

今までかなたは昇をくん付けで小岩茂は小岩君だった。


それが休み明けには昇と茂くんになっていた。


2人も意味が分からずに「かなた?」、「桜?」と聞き返すのだが、かなたはそれには答えずにスッと歩き出すと、大久保の前で「大久保先生、お話があります」と言った。

その顔は年不相応のしっかりしたもので、大久保は年下のはずのかなたが、親より年上に見えてしまっていた。


「なんですか?」

「今この場でご報告をさせてください。彼はまだ本調子ではないので2人並んでではない事を許してください。私、桜かなたと楠木昇は先週末に婚約しました」


水を打ったようにシーンとなる教室。


「えええぇぇぇぇっ!?」と1番に驚く小岩茂と、「かなたぁぁ!?」と言う昇。


そこから一斉にクラスは爆発したような騒ぎになり、廊下で聞いていた他クラスの生徒達も「婚約!?」、「桜と楠木!?」、「楠木って山野にメタクソ振られたって!」と騒いでいるのが聞こえる。


それはE組で噂に晒されて死んでしまいたい春香の耳にも入ってくる。


何が何だかわからない。

あの日、優雅に連れられてラブホテルに行ってから世界線が変わってしまったようだった。

本当なら今すぐにもA組に駆けて行って真実を聞きたい。

だがすぐに担任が来て、始業式をするから体育館へ行くように促される。

E組の担任も大久保から根回しされていて春香から目を離さない。



大久保は少し驚いたが、ごく普通の顔で「突然ですね」と言った。

それもそのはずで、1年の頃から恋人のように見えていたが恋人ではない桜かなた。

そのかなたが、楠木昇の為に奔走し、あえて口にはしないが、8月12日の来訪時には、共に生活をし、24時間体制で楠木昇に尽くしている事が出ていた。

好意がなければ親の説得も含めて到底できるものではない。

ただ、あっても次は交際の報告くらいに思っていたのだが、それを飛ばして婚約の報告だった事に大久保は少し驚いていた。


「はい。夏休み中、私は介助しないと何もできないくらい憔悴した彼を、小岩くん達と助けてきました。夏休み中はずっと一緒にいました。沢山話しました。小学校の時から長い時間を共に生きてきて、彼の夢に触れて私の気持ちは固まりました。なのでこんな時ですが、私から結婚を申し込みました。彼は真剣に思い悩んでくれて、ようやくいい返事をくれました」


かなたの目と声と気迫。


それらすべてに大久保は「力強い。これからは君のような女性が活躍する世界になるのかも知れませんね」と言葉を贈ると、かなたは首を横に振って「いえ、私はあくまで夢を追う彼のサポートに徹します」と言って微笑んだ。


「素晴らしい。芯を曲げないなんて本当に素晴らしい。おめでとう桜さん、楠木くん。さあ小岩は教室に戻りなさい。皆、浮足立たずに体育館へ行きますよ」


一木が流した噂のくだらない空気は一瞬で吹き飛び、お祝いムードになる。


小岩茂は「桜!なんで俺知らねーの!?」と聞くと、「茂に言わなかったの?しかも今言うの?」なんて昇まで聞く。

かなたは「茂くんって演技派じゃないから、朝から言われると良くなくて」、「昇、大久保先生には夏休み中にお爺様とお婆様、茂くんと昇の事で相談に来ていたんだよ。お話も済んでるから報告したの」と言う。


かなたは笑顔で「ほら、体育館行こう。歩ける?」と昇に声をかけて、「肩貸してやる」と言う小岩茂に、かなたは「B組さんは帰らないと怒られるよ?」と言うと、「昇、いつもみたいに私が支えるよ」と言って昇の介助をする。


昇は決して歩けないわけではないが、突然の婚約発表で足が震えてしまっていて、かなたの手を借りると周りから祝福と冷やかしが起きる。


昇が歩けないこともあって体育館に遅れて到着する3年A組。

もう無茶苦茶だった。


春香と昇の噂に加えて小岩茂が春香に突きつけた絶縁宣言。

そして突然の婚約発表。

全て中心にいるのは楠木昇。


見た目がガリガリになっていて、心に傷を負ったのは誰が見てもわかる。

そしてかなたが肩を貸す事で、2人の仲は本物で、婚約発表が間違いでない事は周知される。


これは計算されていた。


その事を知らない大久保が昇の為に色々考慮して、「楠木と桜は最後尾にいなさい。体調が優れなかったら、私達に声をかけず、すぐに保健室に行きなさい」と言って後ろに立たせるのもまた、春香からすればタチが悪い。



かなたからすれば、視線の端にも今は春香を入れたくない。

入れてもいいことはない。それは実証済みで、間にBからDまでのクラスがいても昇はつい春香を探す。一木幸平と上田優雅に泣かされていないか、元気にしているかを気にしてしまう。機微を見逃さずに自分の体調を無視して心配をしてしまう。


「ほら、フラフラだから寄りかかって」

「俺重いから悪いよ。かなたこそよりかかる?」

「2人で倒れちゃうよ」


そんな小声のやり取りで、せっかく薄れている、昇の春香への意識を向けさせないようにする。


春香からすれば、斜め後ろにいるのに振り向くわけにもいかない。

それなのに周りからは「山野が浮気して振って」、「ああ、あの楠木を悪く言うムービー見たけど、ひでーよな」、「あれ、飲酒してなかった?」、「やべーじゃん山野」、「エゲつないの頼むよな。酒かジュースか見た感じじゃわからないんだよな」、「楠木、あんなにガリガリだったっけ?」、「それだけ山野の事が本気で大切だったんだろ?」、「でも桜と婚約」、「あれ、廊下で少し聞いてたけど、桜から申し込んだんだって」、「何回も言ったみたいで、ようやくって桜が大久保に言ってた」、「じゃあ楠木は弱ってて返事しただけかな?」、「でもさ。どっちの意味でも今更山野には戻れないよね」なんて聞こえてきて針のムシロだった。


一木が徹底しているのは、相手にあわせて写真や動画を流出させていて、堀切拓実達には春香が昇を悪く言うムービーや上田優雅を弱く拒むムービーを流したが、飲酒をしているムービーは京成学院の生徒たちだけに回るように流していて、今この場で突然聞こえてきて、春香は冷や汗をかいている。


あれだって、自分は最初はピーチソーダを頼んだ。

だが、春香が知らないだけで、一木と優雅が間違えたフリをしてピーチサワーにしていて、ひと口飲んで酒だと気づいて慌てた。同席していた社員に言ったが、一木と優雅にかき消され、こっちで処理するなんて言いながら「勿体ないから飲めって」、「別に平気だよ」なんて逃げ道を塞がれて、飲んでみたら飲めただけで、あの一杯で後はキチンとピーチソーダにしていた。


だが、周りからすれば事実は何でもいい。

山野春香は飲酒をした。

この部分だけを切り取られていた。


そんな春香は夏休み中に堀切拓実達から、一木が流出させた一連の写真や映像、スクリーショットに関して聞かれていた。

返事に困り、返事をする前に、なんとか先に昇に弁解したくて昇の家に行ったが、祖父母からは「ここにはいない」、「全部知ってるからもう来ないでくれ」と言われ、数日すると堀切拓実達からの連絡はなくなり、逆にこちらの質問にも無反応。中には既読すらつかないものもあった。そして母親から食事で声をかけられる以外で、久しぶりに話しかけられたと思ったら、「楠木さんの家に行くのはもう辞めて」の一言だけだった。


訳がわからなかった。

一木幸平に流出させた写真や映像、スクリーンショットについて事実確認をすれば、それすら拡散された。

バイト先も一木幸平に乗せられて、もう辞めるのだからと言い、一木に乗せられて今まで散々自慢していた彼氏を悪く言い、裏切り、女癖の悪い上田優雅に寝取られた女だと、好き勝手に春香を悪く言った。

それは勿論、春香の耳にも入ったし、入らなかった分も一木幸平が丁寧に収集して、春香が気になるように仕向けて、見たいと言わせてから見せていた。


そこまでされても孤立が怖い春香は、一木幸平ですら拒むことができなかった。


地獄のような1か月を過ごした春香は新学期にかけていた。

なんとか新学期、昇に謝ってリセットしたかった。


リセットできれば何もかもなくなってやり直しができる。

両親も昔のように優しく語りかけてくれる。

小岩茂にクズ女と呼ばれず、東中学の友達達ともまたメッセージをやり取りできる。


心を入れ替えて、昇の誕生日をキチンとして、旅行に行って、謝って、許してもらって、またこれでもかと愛して貰おう。

そんな事を思っていた。


春香自身、一木幸平は嫌な奴だが、不登校になりかけた姫宮明日香はかなたと昇のお陰で不登校が回避され、関谷優斗だって、昇の活躍でイジメに発展せずに志望校のランクを落とさずに進学ができた。

だから高校入学からこっち、一木幸平に遺恨なんてものは残していなかった。

会うと面倒くさそうで嫌がりはしたが、遺恨は残していなかった。

自分が残さないのだから、周りも残さない。

そう信じていた。


だから自分も謝れば、許して貰えればこの地獄からリセットできる。

そう信じていた。


だが何一つうまくいかない。

もう、ボロボロになっていた。



だがまだ終わっていなかった。

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