第56話 噂まみれの新学期。
新学期。
直前の週末まで2人で暮らした昇とかなたは夫婦同然にまでなっていて、昇の家族はかなたに感謝をする。
「私はそんなにです。まだ昇さんは固形物が食べられなくて…」
「それだってひでー時ならもっとだろ?」
「はい。冬までかかる時もありました」
「それなのに1ヶ月経たないなんて凄い事よ、ありがとうかなちゃん」
昇は部屋が片付けられていて、春香との思い出の品が全滅している事に驚いたが、かなたから「これからは私のものを増やして?部屋の彩りはすぐに蘇るよ」と言われて受け入れていた。
思い出の品が全滅していても落ち込まない昇を見て、昇の家族はますますかなたに感謝をする。
昇の家族はかなたから、運命の日の前にこの日までの全てを聞いていて、祖父母はまだしも両親は運動会の事、中学校生活の事もあってこれまでは信じていたが、あまりの内容に、流石に運命の日に関しては信じられずにいた。
「信じられないのも当然です。でも、それまでにお伝えした通りになったら信じてください。そして実際にその日を迎えるまで決して口外せず、昇さんを見守ってあげてください」
かなたは最初にそう言っていた。
それは次々と実現する。
運命の日が迫ると、春香とのすれ違いで日々落ち込んでいくのに歯を食いしばって我慢する昇。家族は全員その姿に心を痛めていたし、春香のこれまでの付き合いと、その結果の裏切りに、昇には一日も早く春香を断ち切ってもらいたいと思っていた。
だが、案外強情な性格で、突き進みだすと止まらない昇の性格を理解して見守る事しかできずにいた。
最後の週末に機種変されたスマホを渡されて、昇は「そこまでする?パスワードだって…」と言った時にかなたを見ると、「私達に秘密はないから昇のパスワードも知ってるよ。機種変はお爺様と茂くんで、茂くんが昇としてチャチャっとね。駅ビルのショップの店員は、本人確認を怠るんだよ」とドヤ顔で言う。
「マジで?」と言いながらスマホを見ると、こちらも春香の痕跡はない。
「電話番号も変えた。堀切君たちとの連絡は私がやるからね。昇の番号を知っているのは、私とお父様達とお爺様達と茂くん。それ以外は皆私に貰える事にしたから」
「徹底してるね。これからどうするの?かなたと結婚するならかなたのお父さん達に挨拶とか」
「ふふ。もう家で待ってるよ」
「え!?前の時もなの!?」
昇は既にかなたから話を聞いていた両親と祖父母を連れて外に出ようとすると、かなたはタクシーを手配していて、タクシーでかなたの家を目指す。
歩ける距離なのになんでタクシーを使うんだと思ったが、昇は後部座席の真ん中に座らされて、左側の祖父から「こっちみんなガリガリクソガキ」と言われてしまうと、右側のかなたを見る事になって「正装とかしてない。緊張してきた」としか言えず、かなたは「そう言っててもいつも上手くいくから平気だよ」と言っていた。
昇は気付かなかったが、祖父が左側にいた事で、たまたま通りがかった春香を見ずに済んでいて、祖父は本当に春香がいた事で、改めてかなたに感謝をした。
突然の顔合わせはつつがなく終わる。
皆がかなたの言葉を信じていて、かなたの両親は昇の手を取って「本当にここまで大変だったね」、「頑張ってた。かなたの言った通りになった。これからは大変な時もあるけど、全部上手くいく。幸せになってね」と言って顔合わせが始まったが、夕方5時きっかりに会は終わる。
何も知らない昇と昇の両親は「え?」、「えぇ!?」と困惑したが、祖父母は「急げ帰るぞ!」、「早くね」と促して帰る。
かなたは玄関で「今日から離れ離れで寂しいね。明日もご飯持って行くね」とわざと言って昇を抱きしめてキスをする。
これも既定路線から外さない為の筋道で、春香は今ファミレス勤務していてキスをせずに別れると、帰りに別店舗だがファミレスを見たせいで、昇にその気がなくても春香がフラッシュバックしてきて不眠が再発してしまう。
もう既定路線から離れない為に、かなたはできる限りの手を尽くしていた。
新学期、学校は沢山の事件で騒然とした。一木幸平が知り合いの知り合いを使って流した噂により、【昇が酷い振られ方をして、諦めきれずに春香に縋り付いたが、相手にされずに自殺未遂までした】と言うものだったが、かなたは既に知っているので、カウンター的に大久保に話を通しておいて対策も取ってあるし、春香には8月7日以来メッセージ一つやり取らせていない。
そして固形物が取れなくなってガリガリに痩せてしまっている昇を見れば、何かがあったのは確かだが、昇の心はなんとか繋ぎ合わせていたからクラスメイトとも普通に会話をする。
昇が心配で、なかなか自分のクラスに帰らない小岩茂にも、今までのように「茂、俺って痩せたからイケメンになってる?」なんて聞いていて、「なってねえ。前の方がいい」なんて軽口を叩きあうし、誰かが昇に真意を探ろうとすると、小岩茂が元々のガラの悪さを呼び起こして威嚇する。
それは昇を目指す春香も同じで、朝イチに「便所」と消えた小岩茂はE組に行っていて、春香に「2度と俺達に近付くなクズ女。お前のせいで昇は壊れかけて今も苦しんでいる。俺と桜達でなんとか壊れないように繋ぎ止めたんだ」と皆の前で恫喝してくれていた。
春香からすれば、知らない間に不貞は親バレしていて周りにも広まり、一方的に昇に連絡が取れなくなっていた。
知りたい事、聞きたい事、話したい事もあったが叶わなかった。
慌てて「なんで!?茂くん!?」と言うが、小岩茂は「名前を呼ぶな。心が腐る。お前を幸せにする為に、昇はどれだけ歯を食いしばってきたかも見なかったくせに、一木なんかに乗せられやがって」と言って睨みつける。
春香は今にも泣きそうな顔で小岩茂に一歩近づき、小岩茂がそれを手で制止する。
近づかせないジェスチャーに更に泣きそうになる春香、その顔には悲痛さが漂っていて、一瞬でも気を抜くとズルズルと許してしまいそうな何かがあった。
「教えてよ…わかんないよ…、あの日から何もかもが変わったの…、お父さんも口をきいてくれない。お母さんもずっと泣いてる」
「お前が昇を裏切ったからだ。俺たちが昇のスマホを解約させたから連絡は届かない。家にも近付かせない。もう別の人生だ」
小岩茂は言っていて泣きたくなる。
昇が心血を注いで育んできたものを裏切った春香が憎いが、それ以上に心血を注いだ相手の春香だから酷い言葉を投げかけたくなかった。
春香の泣き顔がそのまま昇に直結しているように錯覚してしまう。
小岩茂は言うだけ言って、戻りながらトイレで顔を洗って鏡を見て表情をつくる。「ふー、出た出た」と演技をして戻ると、大久保は既に居て穏やかな微笑みで小岩茂に頷く。大久保はキチンと小岩茂の事も見守っていた。




