第54話 4回目の根回し。
所変わってかなた達は学校に来ていた。
祖父母は大久保に、本来なら孫と子供達が来る所を祖父母で申し訳ないと謝り、かなたが世界をやり直している事は言わずに、昇に起きた話を簡潔に説明する。
かなたや昇の祖父母に言わせると、昇の両親はよく言えば昇に似て我慢強く、悪く言えば少し気が弱く、土壇場まで日和見主義者で、トラブルが通り過ぎるのを待つタイプで、普段から昇の為になるのは祖父母だったりする。
慣れた説明に、横で聞く小岩茂は「何度もやってるから慣れてるのか…」と思っていた。
「ふむ。食事も摂れないくらいの落ち込みとは心配だね。今はご家族が交代で小岩君の家が管理している物件で休ませてくれていると」
「はい。今は山野さんが弁明からの復縁を迫っていますが、それすら楠木くんの毒になりますから物理的に距離を取っています」
「それで私は何をすればいいのかな?夏休みの課題の免除かい?」
「それは今日お爺様達に持ってきてもらったので、持って帰って一緒にやります。お願いは大きく分けて三つです」
「言ってくれるかい?」
「一つは山野春香との物理的な隔離です。新学期になれば学校の中で何かにつけて接触しようとするので、それは家族からの話としてもいいので止めてください」
「可能な限りと言ってもいいかな?」
「はい。次のお願いと合わせたらそれで十分になります」
「二つ目とは?」
「次は、理由は分かりませんが中学の時から楠木くんを付け狙っていた、榎取高校に通う一木幸平という男が居ます。彼が山野さんに同じく榎取高校に通う上田優雅との不貞を持ちかけ、山野さんは誘導されました。一木幸平はその全てを楠木くんに伝えて彼の心を壊しました」
かなたは目配せすると小岩茂が昇のスマホを取り出して、画面を出して見せると大久保は読み進めてから「極めて悪趣味だ」と言って顔を顰める。
「今、一木幸平がこの画像達を拡散して、楠木くんと山野さんの破局を広めているところで、同時に山野さんから楠木くんとの復縁、弁明の機会を求める言葉を収集し、それを周りに広め始めています。楠木くんの性格上、裏切られても山野さんが困っていれば我慢しようとします。余計な誹謗中傷に彼が晒されないように先生も私達と一緒に見守ってください」
「…確証はあるのかい?」
「既に共通の友達からは事実確認のメッセージが届いています。もう広範囲にばら撒かれています」
「成程、その一木がこの京成学院に繋がりはなくても噂なら広がるのだね。わかったよ」
大久保が頷いた所でかなたも頷き、大久保の目を見る。
その目には気迫のようなものが込められていた。
「そして三つ目が大久保先生にしか頼めません」
「なにかな?」
「彼の夢を助けてください。彼は本当に食品のバイヤーになりたくて頑張っています。今ここで提出物や出席の問題が出ると、折角見つけた第一希望への道が閉ざされます。そうならない為にもお願いします」
大久保はそれを聞いて、「桜さん、君は2年前、夢を追う人の手助けがしたいと言っていた。それはこの事も含まれているのかい?」と聞くと、「はい。私は彼の夢を応援しています。彼の食への熱意は本物です。こんな事で挫けて欲しくありません」とかなたは言う。
かなたを見て大久保は「では君の夢も助ける事になるんだね。やり甲斐のある仕事だ。是非やらせてもらうよ」と言って微笑むと、かなたは席を立って頭を下げて「ありがとうございます」と言う。
それに合わせて小岩茂達もお辞儀をした。
帰り道、あまりにスムーズな流れに、小岩茂が「なあ、桜?」と声をかけると、すまし顔のかなたは「4回目だから慣れっ子なんだよ」と質問を聞く前に答えた。
「お前、それなのに4回も昇が春香に近づくのを許したのか?」
「4回どころじゃないよ。もっとだよ。この筋道が4回目なだけ、それに許すとかじゃないかな。私にも色々あるんだよ。可能なら一番手から私にしたかったけど、それは何度もやったけどうまくいかないんだよ。中学1年の時の振袖と一緒。あれ、私が先だとベビーカステラの話が今みたいにうまくいかないからか、進路が東の京の高校に行く筋道になるの、だから電話をしてすぐの週末じゃなくて、後にするんだよね」
かなたは小岩茂の方を向かずに遠くの空を見てため息をつく。
「春香ってさ、こんな時になって言うのも良くないけど、凄い自己中なんだよ。バレンタインのチョコも、皆とは作る他に私が別で昇にあげてると知ったらあげたがるしさ、今回の筋道の時も牽制目的で、私に『チョコをあげながら告白したいんだ』なんて言うんだよね」
小岩茂はなぜそこでかなたが拒否をしないのか気になっていると、かなたが答え合わせのように口を開く。
「前に東の京に行った時、京成学院じゃないからか中学3年のバレンタインに春香は告白しないんだ。だから私が先に昇に告白して付き合ったの。お爺様達の前で言う話じゃないけど、高校1年の夏休みには恋人として結ばれたの。そうしたら一木に乗せられた春香が、昇を私から奪っていこうとする。一木は1回目の記憶を持っているから、春香を思い通りに誘導するし、結婚式前後の私と婚約していない、折角一度は振り切って薄れていた春香への想いが再燃してしまっている昇が、グラつく言葉なんかを全部知っている。それを使われたら初恋の呪いが残っている昇はまだやり切っていないって思うから、だから先に春香に渡してからじゃないと余計な邪魔が入るから仕方ないんだ」
小岩茂は聞いていて背筋が凍る思いがしてしまう。
「それ、早くて何年くらい待つんだ?」
「最短は高校1年の冬かな。高校を東の京にした時、昇と春香を先に付き合わせて、春香がファミレスでバイトをすると、ソッコーで一木が上田優雅を連れてくるんだよね。付き合ってすぐ、夏の終わりには雲行きが怪しくなって、アイツが中学1年の移動教室で言った言葉、『昇は桜かなたが好きだ』って言葉をまた使って疑心暗鬼を誘った所で上田優雅を使う。それで秋に昇が壊れて、私は今みたいに昇をケアして彼女になる。でも、もうそうなったら取り返しがつかなくてダメなんだよ。あの時は1年の三学期は滅茶苦茶だったんだ。それで結局最後は風が吹くの」
大樹珈琲の話が本当ならかなたは150歳近い感じになる。
その間ずっと最適解を求めていたのかと思うと、小岩茂は言葉を失ってしまった。
この後、かなたは直接帰らずに昇の祖母から受け取ったアルバイトの制服を返しに行く。
かなたはこの事態を見越してバイトを辞めていたので問題はなく、昇は受験シーズンで本来なら辞めていてもおかしくないのに、春香が戻ってくる事を信じて居場所を守ろうとしていただけなので、このまま辞めてしまう事にして、かなたが代わりに制服を返しに行き、祖父母と当たり障りのない説明をする。
これも4回目で流れ作業になっていた。




