第53話 全部お見通しのかなた。
かなたと昇が暮らし始めて4日が経った。
かなたは時間を見て、キチンと昇の祖父母に連絡を入れて健康状態を伝える。
今は昇が昼寝をしてくれているので電話ができている。
昇は、手詰まりになった自分の状況がようやく理解できていた。
その中でも、かつてどん底にいた自分の事と、春香に救われた事に報いたい気持ち、それ以上に一木幸平と上田優雅に泣かされた春香の顔を思い出して、これからは友達として支え助けたいと思うようになっていた。
だが、かなたと暮らして、かなたが向けてくれる愛情と、起きている間に自分の横で、優しく手を握って、最初の世界の事で、自分が春香にも話したこともない事を知っている事や、その時のかなたの気持ちを聞いていて、かなたが本当に最初の世界で婚約をしたパートナーだった事を理解していた。
それらが分単位で自分の中を駆け巡る。
手詰まりの状況を理解する自分。
春香の友達として優雅と一木幸平から支え助けたい自分。
かなたの夫として、かなたの為にも春香を忘れなければいけないと言い聞かせる自分。
その考えが次々に現れては消えて混乱していく。
そんな昇は固形物が食べられなくなっていた。
流動食にしても食事がろくに摂れずに眠りも浅い。
医者に行けば即座に適応障害なんかの診断が下りてしまうが、受験に差し障るのでそれはやりたくない。
最初の時はかなたも手を焼いて慌てたが、今は改善策を持っているのでそつなく対処してしまう。
電話先の祖父にはキチンとその点も伝えるかなたは既定路線に乗せながら会話をしていく。
「今のままだと夏休み明けがまずいから、明日私と茂くんで学校まで行ってきます。バイト先には前もってお願いした通り?」
「おう、出先で急な入院って事にした。学校は俺と婆さんも行くか?」
「助かります。そっちの日中は今回もですか?」
「おう、聞いた通りになったよ。小岩の坊主に伝えたから収まるだろうけどな」
かなたは礼を言って電話を切ると、次に担任の大久保の所に電話をかける。
「夏休み中すみません。3Aの桜かなたです。どうしても大久保先生にお願いがありまして、ご相談させてもらいたいのです」
担任の大久保は一年の時から昇とかなたを評価してくれていて話しやすい。
明日キチンと時間を用意してもらって一から説明したいが、取り急ぎとしてあらましだけ伝えると、大久保は唸りながら「わかりました。楠木とE組の山野の事は知っていましたが、そんな事になっていたんですね」と言ってくれる。
「はい。明日は楠木くんは連れて行けませんが、楠木くんのお爺様達と、B組の小岩くんとお邪魔します。夏休み中と夏休み明けの相談をさせてください」
「わかりました。ですが今の話だと楠木を1人にするのは危ないのでは?」
「小岩くんの家族の人に留守を頼んでいますから、少しなら平気です。今はそれよりも周りの足場固めが大事な時期で、先生しか頼れないんです。お願いします」
かなたのしっかりとした受け答えに、大久保は気をよくして「任せてください。それでは明日」と言って電話を切る。
かなたからすれば何回も話した内容で、なんの問題もないが、初めてのフリだけはやはり面倒だった。
翌日、昇には「少し出てくるから待っててね」と言って玄関で中野真由と交代すると、中野真由は「おっつー」と言って部屋に入って来て、「いいなぁ!私も茂とこんな暮らしがしたいなぁ」と言って明るく振る舞う。
どれだけ明るく振る舞っても、光を吸収してしまいそうな昇の暗さに、中野真由は「ねえ、もうネタバレしてるから私も昇君って呼ぶけどさ、昇君はかなちゃんとキスしたの?」と話しかけて暗さを吹き飛ばそうとする。
昇は頷いて「でも浮気になる」と漏らすと、「ならないよ。かなちゃんは未来の奥さんなんだよ?それで言えば幸せになる為に、他の子と付き合っても我慢して待つなんて良妻の極みだよね」と返すと昇は困った顔をする。
中野真由が「何困ってるの?どっちにも悪いって思ったの?」と聞くと昇は頷く。
「うんうん。でもかなちゃんは奥さんなのにキスだけなの?」
「うん。かなたはずっと俺としかした事ないって。だからこの世界でも初めてだからって…」
「悪くて抱けない?」
「うん、かなたは俺が誰にも話していない事とかも知ってて、本当に最初の時に婚約をして、別の時には結婚もしてくれたんだってわかったけど…」
ここで「なるほど〜」と言った中野真由はニカっと笑うと、「かなたは綺麗で優しくて、俺なんかに勿体なくて、かなたの話の通りなら、そんなかなたなのに俺は裏切って春香に心が揺れて傷つけたりする」と一気に言うと、昇は目を丸くして中野真由を見る。
「にひひ。かなちゃんお見通し〜」と言って中野真由はスマホの画面を見せると、[昇ならこう言うかな?何回か前の時は私が一人で説得して、抱いて貰うまでに何度もこの言葉を聞いて冬になっちゃったんだよね]という言葉の後で、今の言葉が続いていた。
「かなちゃんはずっと待ってたんだよ。ヤキモチ妬きたくても、幸せな終わりのために我慢してくれていたんだよ?まだ待たせるの?」
「…かなたは俺しか知らないって…。俺しか知らないから、俺の好みを知ってて、前の世界でも誰にも言ってない、俺好みのプレイまでしてくれるって…。恥ずかしいし、春香の事はもう終わったって思おうとしても、どこかでまだ本当に何も残っていないのか、今こそ信じるべきなのか、恋人とか関係なく助けなきゃとか、そんな考えが出てくる俺がいて、そんな考えじゃ浮気になると思うと…」
申し訳ない顔で話す昇に中野真由は「にひひ。それもかなちゃんお見通し〜」と言ってスマホを持って笑いかける。
「え?俺、前にかなたにその話とかしてるの?」
昇は本当にかなたに感謝するが、やはりあと一歩前に出られずにいる。
「ねえねえ、どんなプレイが好きなの?流石にかなちゃん教えてくれないんだよね。とりあえずさ秘事だからこれ以上聞かないけどさ、かなちゃんの愛は本物だよ。受け入れてみなよ。元気出るよ」
中野真由はそう言って鞄から避妊具を出して、「プレゼント。それ期限切れ間近だからさっさと全部使ってね」と言って笑う。
「あー、笑って喉乾いちゃった。お茶貰うね」
中野真由は冷蔵庫を開けてギョッとする。
「あ、ごめん。今固形物食べられなくてさ、お粥なんかもダメで、なんかかなたの作ってくれるチョコプリンだけ食べられるんだ」
そう、冷蔵庫は食材以外では、みっちりとかなたのチョコプリンに埋め尽くされていた。
「…一個食べていい?」
「うん。かなたは右上の奴、デコレーションされているのが中野さんの分だって言ってたよ。足りなかったらその隣のもどうぞって」
「そこまでお見通しなの?」
「みたいだね」
2人で改めてかなたの凄さに笑ってしまっていた。
笑うと昇の中でかなたの存在が更に大きくなってきていた。




